第15話「新しい仲間?」


「ふぅ〜〜」


 団長が息絶えたことを確認すると、青年──ライムントは気の抜けた吐息を漏らした。


「やっぱいい気はしないなぁ……」


 確かに今手にかけたのは、人を殺すことをなんとも思わない外道たちだ。

 多くの人命と金品を奪い、その邪悪性から首領にはかなり高額な手配金がつけられている。


 頭では、分かっている。

 だがやはり人を殺すのは、胸に楔を打ち込まれたような気分になるものだ。


「…….こうしている場合じゃないな」


 そう独言すると、彼は鞘にしまわれていた剣を抜き出した。


 手配金を入手するためには、手配者を殺害もしくは拘束したという証拠を示す必要がある。

 それの最も有効な手立てが──生首を示してやることだ。


 死体を解体するのは決して気持ちのいい作業ではないが、自分が生きるためである。

 多少のことはグッと飲み込まなければならない。


「首、ありがたく頂かせていただきます」


 そう言って彼はその銀色に輝く刃を団長の首元に押し当て、グッと力を込めた。

 サクッと刺身を切り分けるような感覚と共に首がゴロリと床を転がり、辺りにドクドクと血が溢れ出す。

 

 そしてガッと髪の毛を掴んでダラダラと血の垂れる生首を持ち上げると、ライムントはそれをしまうのに手頃な箱はないかと辺りをキョロキョロと見回す。


「お、あったあった」


 その言葉と共に、彼は部屋の隅で白目を剥いている女団員に隠れるように置かれていた箱を取り上げた。

 頭を入れるのにちょうどいい大きさである。


 ダラリとだらしなく舌の垂れた生首をそっと箱にしまうと、ライムントは蓋を閉めてそれを小脇に抱えつつ、逃げるように血の匂いが充満する部屋を出た。


「ついでにお金になりそうなもの探さないとな……」


 盗賊の本拠なら、きっと盗まれてきたものがどこかに保管されているはずだろう。

 他人のものを自分のために使うのはどうかとも思うが、何より自分が生きるためだ。


 人もこれだけ殺してしまった以上、どんな善行をしても自分が悪人であることには変わりない。

 悪人らしく生きる覚悟を決めなければならないだろう。


(自分でこの道を選んだんだからな……)


 自らこの地獄のような道を選択したのだ。

 これくらいで精神をすり減らしていたら、自我が持たないだろう。


 父の言う「スイッチ」を切り替えなければならないのだ。

 気持ちを切り替えるように両頬をパンっと叩き、彼は要塞の中を行く。


 要塞はかなり広く、城と言われても疑わない。

 部屋数も相当なものだが、ライムントはそれを丹念に一つ一つ調べて行った。


 そしてやがてキッチンと思われる部屋に着いた。

 食材やら調理道具やらが散乱している。


「ここにはないよなぁ……」


 すぐさま後にしようとするが、彼はふと思いついたように部屋の中を物色し始めた。

 そして10分くらい経ったころ、「おぉ!」という歓声と共に彼は大きな袋を取り出した。


 中に詰められていたのは──食塩。


 彼はその真っ白い粉末を掬い上げると、おもむろにそれを生首のびっくり箱の中に詰め込みだした。

 肉が腐るのをなるべく防止しようと言う魂胆である。


 メテラルシアまでまだ後1週間近くかかることが見込まれるため、頭部の原型はなるべく残していたい。


 やがて詰め込み終えたライムントは、次なる部屋を目指してキッチンを後にした。




**




「はぁ……」


 気だるそうにライムントはため息を吐く。

 探しても探しても、お金になりそうなものがまるで見つからないからだ。


 死体の山をいくつも乗り越えかれこれ3時間近くさまよっているのだが……。

 金になるものは既に売られてしまったのだろうか。


「ついてないなぁ……」


 作業が全て無駄になったことを嘆くように、ライムントはまた「はぁ」とため息をつく。


 そして彼はほとんどすべての部屋の探索を終えてしまいら最後の希望となる、地下へと続くだろう階段の前へとやってきた。

 怪しげに光る松明の明かりが、階段がずっと奥まで続いていることを示している。


 ライムントは半ば諦めつつも、その階段を降りていく。

 階段は彼が思っていたよりもずっと長く、かなり奥深くまで続いていた。


「どこまで続くんだよ、これ」


 思わずぼやくライムント。

 だがそれから間もなく、階段は終点に到着した。


 地下にあったのは牢屋だった。

 階段からまっすぐ廊下が伸び、その両脇に牢屋が5個ずつずらりと並んでいる。

 見たところ、人なんかが入っている様子はない。


(牢屋に金品を置くわけないよなぁ)


 金目のものがなさそうなことに、ライムントはがっくりと肩を落とす。


「こんだけ階段下らせといた結果がこれかよ……」


 しおしおと踵を返し、階段を再び登ろうとした──その時。

 彼の耳が、牢屋の奥から鳴る何かのを聞き取った。


(なんだ?)


 再び体の向きを変え、彼は声の発生源となっている1番奥の牢屋へと向かった。

 声を聞くに、人間ではないらしい。


 恐る恐る牢屋の中を覗き込むライムント。

 そこで彼が目にしたのは──


 部屋の隅で怯えたように震えている、モフっとした白い大きな犬の姿だった。

 

「なんだ? こいつ……」


 ライムントは首を傾げる。


 体長は3メートルほどか。


 元は白かったと思われる毛は汚れによって若干茶色に変色しており、いかなる扱いを受けてきたかを伺わせる。

 だが変色こそすれど、身体を丸々と包むその毛がモフモフとしているのは遠目でも分かった。


 ただ、逃げないように壁と鎖で繋がれた首輪がキュッと首あたりの毛を圧縮し、なんだか瓢箪のような形に見えるのが少し面白くもある。


 顔はまん丸とし、さらに丸いクリクリとした目には、今は怯えの色が浮かび上がっている。

 身体を縮こませ、唸ることもせずただ「クゥン」と鳴いている様は、なんというか──


「……可愛い」


 抱きつきたい。

 あの毛の中に飛び込んで、思いっきりモフりたい。

 殺伐とした気持ちでいたライムントの心に、素直な欲望が湧き上がる。


 そんなライムントの心中なんて知る由もないワン公は、彼に助けを求めるようにまた「クゥン、クゥン」とまた鳴く。


 そのか細い声にら完全にグサリとやられたライムントは、鞘にしまわれてた剣を抜き出すと、それを持ってしてやや錆びついた鉄の嚆矢を一瞬で切り刻んだ。


 その音にワン公は一瞬体をビクッと震わせたが、すぐにまた大人しくなった。


「今助けてやるからな」


 ワン公の頭を撫でてその柔らかな感触を楽しみつつ、ライムントは優しく声をかける。


 そして剣をまた構えると──


 彼は、ワン公を壁に繋いでいた鎖を真っ二つに切断した。


「終わったぞ」


 体毛をなるべく切らないよう気をつけながら首輪も切った後、ライムントは声をかける。

 その声に反応するようにすくっと立ち上がると、ワン公はぶるぶると体を震わせた。


「おぉっと」


 その時に埃やらシラミやらが巻き散らかされ、ライムントは反射的に口鼻を覆う。


 そしてワン公はおもむろに体の動きを止めると、そのつぶらな瞳でライムントを見つめ──


「ワフッ!」


 と吠えながら彼に飛びついた。


「おわっはぁ!」


 ドタンと地面に尻餅をつき、顔をぺろぺろと舐められながらライムントが妙な声をあげる。

 ペロペロされつつ、彼はワン公のまん丸い頭をワシワシと撫でた。


(うーむ、幸)


 戦いの後の気の緩みもあってか、ライムントはふにゃーっと腑抜けた表情を見せた。

 

 だがワン公は突然顔を舐めるのをやめると、テクテクと檻の外へと行き、階段の方を口先で指しながら「ワンッ!」とまた吠えた。


「なんだ、外に出たいのか?」

「ワンワン!」


 尻尾をブンブン振りながらワン公は小さくジャンプをする。

 そんなワン公に「やれやれ」と言わんばかりにのっそりと立ち上がると、ライムントはワン公を連れて階段を登り始めた。




**




 外に出ると、ちょうど夜が明けようとしているところだった。

 朝の太陽が木々の合間からその姿を覗かせ、その風の吹く森の音が心地よい。


「……いい朝だな」

「ワンッ!」


 彼の独り言に反応するようにワン公が吠える。


「さて……まずその体を洗わないとな」


 ワン公はライムントを見上げつつ、首を傾げながら「クゥン?」と鳴いた。


(うん、可愛い)


 最近は死体ばかり見ている目を保養させつつ、彼は盗賊の男を押さえた川へと向かった。


 小川はあまり深くなく体を洗うのには少し頼りない感じがしたが、川に沿って少し下るとすぐに手頃な深さの淵を見つけた。


「ほら、飛び込め」


 彼が言い終わる前に、ワン公は水の中にバシャンと飛び込んでいた。

 3メートル近い巨大な物体が飛び込んだことで大きな水飛沫が上がり、水辺に腰掛けようとしていたライムントを襲った。


「うっひゃ、冷たっ!!」


 彼は思わず叫ぶ。


 季節は晩春。

 険しい【竜の山脈】の雪解け水の混じった川はひどく冷たく、容赦なくライムントの体温を奪っていく。


「……お前はすげぇな」

「ワフワフ♪」


 体をガクガク震わせつつ、彼は上機嫌に淵を泳ぐワン公を見て感嘆の言葉を漏らした。


 日は完全に上がり、森は優しい陽の光で満ちている。最初は凍えていたライムントだったが、次第に柔らかで暖かい光でときほぐされていった。


(あー、気持ちいぃ……)


 それに合わせて瞼も次第に重くなる。

 あんな凄惨な現場を見た後だし、さらには徹夜明けだ。眠くなるのも仕方ない事だろう。


 魔物のことが一瞬頭を霞むが、【迷いの森】のようなかなり特殊な場所でない限り、魔物は夜にしか活動しない。

 特別気を配る必要はないだろう。


 久しぶりに言いようのない安心感が胸に湧く。


 そして気づかないうちに、彼はコテンと地面に横たわって眠っていた。



 ……それからどれくらい眠っていたのだろう。

 彼が次に目を覚ました時、日はすでに傾きだしていた。


(ちょっと寝過ぎたな……)


 少し罪悪感を感じつつも、ひさしぶりに気持ちの良い昼寝ができたことに満足感を感じるライムント。

 そして寝ぼけ眼で辺りを見回し──気づいた。


 ワン公が、いない。


「おーい?」


 声を出してみるが、返事はない。

 軽く辺りを捜索してみたが、その姿はどこにも見当たらなかった。


「まじかー……」


 ライムントはしょんぼりと肩を落とした。

 可愛いとはいえ、動物は動物だ。

 きっと野生に帰ってしまったのだろう。


 少し寂しい気もするが、それが生き物。


 諦めて街道に戻ろうとした──その時。


 遠くから、段々とこちらに近づく何かの鳴き声がしてきた。

 反射的にそちらの方を見る。


「……なんだよ、焦らせやがって」


 そう言うと共に、ライムントは安堵の吐息を漏らした。彼の視線の先にいたのは──


 口にウサギの死体を咥えた、泥まみれのワン公の姿だった。




**




 パチパチパチ……。


 日はすっかり暮れ、辺りには焚き火の乾いた音が響いている。

 ライムントは焚き火の側の切り株に腰掛け、ワン公はガツガツとこんがり焼き上がったウサギに喰らいついている。


「……そう言えばまだ名前決めてないな」


 火で暖まりつつライムントは独りごちる。

 その言葉にワン公が飯から顔を上げ、「クゥン?」と首を傾げた。


「何がいいかな」


 ワン公の頭を優しく撫でつつ、ライムントは頬杖をついてはをボーッと眺めながら考えを巡らせる。

 白くて、丸くて、なんか可愛らしい名前……。


「……だんご」


 彼はポツリと呟くように言った。


「お前の名前は今からだんごだ」

「ワンッ!」


 新たな名前を気に入ったように、尻尾を振りながらワン公──だんごは、元気よく吠えた。

 

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