第14話「壊滅」
「リゴルドの奴、やけにおせえな……」
森の奥深くにある【白兎団】の拠点たる要塞。
かつては王国と帝国の戦争で用いられていたものだがやがて放棄され、そこを陣取っているのである。
そんな要塞の唯一の出入り口を見張っていた犬の獣人──バイルは、ボーッと天井を眺めながらポツリと独りごちた。
獲物がいなかったのならとっくに帰ってるはずだし、いたのだとしてもそろそろ帰ってくる頃。
「…….なんかあったのかなぁ」
椅子の前足を浮かせ天井を見上げながら再び呟く。
ちょうどその時。
コンコンコン……。
木造りのドアが3回、控えめに叩かれた。
「お? やっと帰ってきやがった」
椅子から立ち上がると、彼はすぐさまドアを開けてリゴルドを迎え入れようとする。
「よぉ、遅かったな。今日は獲物でも──」
バールは労いの言葉をかけようとしたが、途中で声をウッと詰まらせた。
戸口に立っていたのは間違いなくリゴルドだった。
だが彼は──泣いていた。
右手は完全に消失し、左手は指が全て取れていて、なんと片耳もなくなっていた。
「どうした!? 何があった!?」
バールは思わず声を荒げる。
だがリゴルドはそれには答えず、ただ代わりにボロボロと泣きながら言った。
「ごめん、兄貴。俺──裏切っちまった」
その直後。
一瞬カシュッと金属を擦らせる音が響いたかと思ったら──リゴルドの頭が右顎から左耳に向けて真っ二つに切り裂かれた。
少し間を置いたのちリゴルドの頭が切断面をずり落ち、彼は血を噴水のようにあげながらその場に崩れ落ちた。
「……え?」
状況を飲み込めず、バールは気の抜けた声を出す。
彼の視線はリゴルドがかつて立っていた場所の後ろに向けられていた。
リゴルド以外、その場には誰もいなかったはずなのに。
そこに、男がいた。
男は両手で剣を持ち、その鋒をちょうど地面スレスレのところでピタリと止めていた。
刃にはべっとりと血が付いている。
「案内ご苦労様」
剣先を今度はバールに向けながら、青年が言う。
「……褒美にその苦しみから解放してあげましょう」
ドクドクと血が溢れるリゴルドの死体。
頭部の原型を失った遺体を見下ろしながらバールはしばらくの間ガクガクと震えていたが、ふと我に帰ったように懐から短刀を取り出した。
「よ、よくも俺の弟分を! ぶっ殺してやる!」
震える声で彼は相手を威嚇する。
だが青年にはなんの効果もなかったらしい。
青年はただ目を丸くしながら言った。
「そうか、この人はあなたの弟分でしたか。なら──」
次の瞬間。
5メートル近く離れていたはずの2人の距離を、青年は目にも止まらぬ速さで縮めた。
(え、速──)
青年の動きが速すぎて、バールの動きがまるで追いつかない。
そして特になんの抵抗もできないまま、直後に彼は首元に異常な熱さを感じた。
そのまま視界がグラっと歪み、それからすぐに彼は首から血飛沫を上げながらリゴルドと並ぶように地面に転がった。
彼は、死んだ。
「……2人仲良くあの世に送ってあげますよ」
剣を鞘に仕舞いながら、青年はポツリと言った。
そして気持ちを切り替えるように彼はパンっと両頬を叩くと、すぐにキッと前を向いた。
「さて、首領はどこにいるかな……」
そう言い残し、彼は徐々に血の海が形成されつつある部屋を後にした。
**
「きゃっ、そんなところ触ったらいやーよ♡」
部屋に響く女の甘ったるい声。
要塞の中央に建つ本棟の最上階に、白兎団の団長室はある。
団長は団員をまとめ上げるのが最大の職務だが……。
今は女団員と戯れることにお忙しいらしい。
「どうだ? 寝室は隣にあるぞ?」
「んーもう♡ 今夜だけよぉ?」
団長が女を抱え上げた──その時。
部屋のドアが勢いよくバンと開けられた。
「部屋を開けるときはノックをしろ、何度も言わせるな!!」
団長が声を荒げるのにも構わず、ドアにその身を預けながら息を途切らせつつ男が言った。
「団長! し、侵入者です!」
「あ? んなもん、見張り隊で相手できるだろ?」
「それが……向かった者は一人残らず全滅、まっすぐこちらに向かっているとのことです!」
全滅。
その言葉の響きに団長は顔を青ざめさせた。
「……それはなんかの冗談だよな?」
「そんなタチの悪い冗談はつきませんよ! お願いしますもう相手できるのは団長しかいないんです! どうかお杖をお取りください!!」
団長は「うーむ」と俯き気味に唸った後、絞り出すように答えた。
「……分かった。杖を用意しよう」
だが言い終わる前に、彼は「ビョーン」と前方から妙な音を聞き取った。
なんだ? と彼はドアの方に目をやり──絶句した。
ドアにもたれていた男の頭に、剣が突き刺さっていたのだ。
「ここが団長室かぁ……」
若い男の声。
それからすぐに、ドアの前へ姿を現した者がいた。
全身はローブで包まれ、頭にはフード。
長年戦いの中に身を投じてきた団長は──瞬時に彼が只者でないことを見抜いた。
「……杖をとってくれ」
男が突き刺さった剣を抜く間、団長は女に命じる。
女は小刻みに震えつつもコクコクと頷き、机の引き出しからそっと、先端に青色の石が嵌め込まれた、かなり使い古された様子の杖を取り出した。
ドアの死体がズルズルと力なくずり落ちるのと同時に、その杖が団長に手渡される。
「あなたが団長ですか?」
剣を抜き取りそれを構えると、青年は訊ねた。
「……そうだ。部下たちを随分と殺ってくれたそうだな」
「部下……あぁ、あの雑魚たちですか。えぇ、抵抗されたらそりゃ殺しますよ」
「そうか……」
団長は憤怒の表情を浮かべつつ、杖を青年に向けて構えた。
「──殺す」
「威勢がいいですね」
「これでもAランク魔術師なもんでね」
Aランク魔術師としての圧倒的な強さが、彼が団長たらしめる最大の理由だ。
今日まで部下たちが良くついてきてくれたのも、彼の圧倒的な強さに感服したからである。
Aランク魔法はかなり強力で、一国の軍隊並みの力を有する。
ので、彼が負けたことは今まで一度もない。
今回の相手はかなり強力そうだが、どうやら魔法を使えるような相手ではないらしい。
大抵、魔法を使えない剣士は魔法使い相手では不利なことが多い。
今回は自分に分があると言えるだろう。
勝利への自信が湧くと共に、団長は自然と落ち着いてきた。
「言っておくが、私は部下たちとは比べ物にはならないほど強い。泣いて詫びたところでもう遅いからな?」
「好きに仰ってください」
「……そうか。苦しみながら死ぬがいい」
体心を落とし、杖を前に構えて団長は叫ぶ。
「
強烈な水球の雨が、青年の体を貫く──はずだった。
だが杖先に水が出現することはなかった。
「あ、あれ?」
思わず自分の手元を見る団長。
手順はあっていた。魔力も間違いなく装填された。
なのに、魔法が発動しない。
「くくくくくっ」
そんな団長の様子を見ながら、青年は耐えかねたように笑いだす。
「何をしたッ!?!?」
声を荒げる団長。
そんな彼に答えを示してやるように、青年はゆっくりとフードを脱いだ。
「お前……!」
そんな彼を見て団長が絶句する。
褐色の肌に、黒い髪。
右眼は銀色に爛々と輝き、左眼は──空っぽ。
こいつは……。
「エプシル……!」
「ご名答です」
そう言って青年は剣を持っていない左手を前に差し出した。
その上には煌々と輝く小さな球が浮いている。
「それは……?」
「魔力です。あなたが発動しようとした、ね」
「そんなこと、できるわけが……!」
「ありえないことなんてないんですよ、団長様」
そして青年が「水球」と呟くのに合わせて、球がその形を変える。
「自分が出そうとした魔法を自分で喰らう。これほど滑稽なことはないですよね〜」
「……やめろ」
「
「やめてくれっ!!」
団長の静止も虚しく。
数多もの水球が、四方八方へものすごいスピードで発射された。
「ぐあぁあぁあああぁぁあぁああ!!!!」
体に幾つもの穴を開けられ、溜まらず団長はその場に崩れ落ちた。
隅でうずくまっていた女は頭に穴を開けられ、白目を剥いたままコテンと倒れた。
「ヒュー、ヒュー」
肺に穴が空いたのか、息がまともにできない。
視界が目眩で覆われる。
仰向けになりながら、団長は天井を眺める。
何度も眺めてきた天井。
直感的に、彼はこれで見るのが最後になることを察した。
そんな団長を覗き込むように、青年は彼のすぐそこに立つ。
「なぜ、こんなことを……」
苦しそうに息をしながら、団長は訊ねる。
「一体俺たちになんの恨みがあって……!」
「恨みなんてないですよ」
「だったらなぜ!」
声を張り上げる団長に、青年は呆れたように言った。
「何故って……あなた自分が懸賞金かけられてることを知らないんですか? お金が欲しいんですよ」
「そんな理由でお前はこんな凶行を?」
「そうですが?」
団長は吐き出すように言った。
「悪魔め……!」
「悪魔、ですか。ふふっ、それもいいですね。大勢人を殺してるあなた方に言われる筋合いはないですが」
「それとこれとは話が違う!」
「何も違いませんよ。僕もあなたも悪魔なんです」
ハア、と青年はため息を吐く。
「もうそろそろ逝ったらどうですか? 時間がないんです。何なら手を貸しますが?」
「……いい。もうじき死ぬ。たしかに俺も色んな人を殺してきた。こんな汚い死に方をすることもしょうがないことだよな」
団長は諦めたようにフンッと笑う。
「……最後に名前を教えてくれないか? 仲間たちとあの世で精一杯呪ってやるからよ」
青年は「ふーむ」と顎に手を当てた。
「名前、ですか。ついこの間捨てたばかりなんですが……あえて名乗るとしたら」
母は自分の名前を【神話の時代】の英雄から取ったと言う。
だが当時の青年には、その英雄の話よりもっと好きな物語があった。
親を殺された男が復讐に燃える、と言う子供には向いていない鬱ストーリー。
しかし幼い青年は、なぜかそれに強く惹かれた。
今思えば未来を暗示していたのかもしれないが……。
母に従い、この物語から名をとろう。
その主人公の名は──
「……ライムント」
「こう名乗っておきましょうか」
「…………」
団長が返事をすることはなかった。
こうして【白兎団】は、構成員全滅という結果で壊滅した。
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