第8話「決行」
ケラントが試験に合格した日の夜。
2人が戦った森は音もなくひっそりと静まり返っており、時々聞こえる魔物の鳴き声だけがまだ聴覚がしっかりしていることを教えてくれる。
そんな静寂の森の中に、松明片手に闇夜をかき分けて進んでいく4人の男女の姿があった。
何度も同じ経験をしているらしく、慣れた手つきで薮を切り分けながら進んでいく。
先頭で穴を振り回しているのが巨漢のバール。
その後ろに松明を持ったゼンゲル、そしてヘレンとバイロンが続いている。
「なぁ、どこまで行くんだ?」
単独で襲いかかってきた魔物に毒瓶を投げつつ、バイロンが訊ねる。
「そうだなぁ、もうそろそろ着くとは思うんだけど」
そう答えながらゼンゲルは辺りをキョロキョロと見回し、やがてぴたりとその動きを止めると、目印でも見つけたのか、
「あ、あったあった」
と、バールに進路を右に変更するよう指示をした。
そして進路を変えてからすぐに、木のまばらな開けた土地に出た。
中央辺りに棒に突き刺された魔物の死体が晒されており、これを目印にしていたのだろうとバイロンは推測した。
ゼンゲルはその哀れな死体を炎系魔法で燃え上がらせると、彼はクルリとヘレンの方に振り返って話しかけた。
「なぁ、ヘレン」
「……何よ」
「空に目印になる花火を打ち上げてくれないか?」
「そんなことして怪しまれない?」
ゲイゼルは肩をすくめて答える。
「こんな森の奥に人なんかいないよ。いたところで魔獣の仕業って思われるさ」
「……分かったわ」
ヘレンは懐から先端にキラキラと輝く石が仕込まれた杖を取り出すと、それを空に向かって掲げた。
この石は『増幅石』と呼ばれるもので、魔法の威力を増長させる効果を持つ。
また色が付いているものはある決まった分野の魔法をさらに強化することができ、例えばヘレンの持っている赤色の魔石は炎系の魔法を強化する。
ちなみに魔法は、
《火・水・草・土・風・光・闇》
の全部で七属性あり、回復魔法や結界魔法などは《庶務魔法》と総称される。
また体内の魔力総量によって魔法使いのランクが定められていて、上はSランクから下のFランクまで7段に分けられており、ランクが上がるほど強力な魔法が使えるようになる。
上のA、Sランクは
特にSランクともなると、精霊の中でもたった7人しかいない《大精霊》の力が必要となり、ここ数百年でSランクの魔力量を手に入れた者はいない。
だが天才であるヘレンは──
精霊の力に頼らずとも、Aランク魔法まで扱える。
ちなみに付記すると、ケラントが神眼なしで扱えるのはFランク魔法までだ。
杖を宙に掲げ、大きく息を吸ったヘレンは意識を研ぎ澄ませるために目を閉じる。
そして脳内のイメージをそのままの形で排出しつつ、彼女は叫んだ。
「ファイアーボールっ!!!」
その瞬間。
杖の先に半径50センチほどの眩い球が出現した。
それはちょっとの間空中を浮遊したのち、バビュンと空に向かって勢いよく飛んでいった。
そしてワンテンポ置いた後。
空に可憐な花びらが散った。
「……これでいいかしら?」
「うんうん、完璧だよ」
ゼンゲルが満足そうに頷く。
それから数分後。
森の中の空き地は、僅かな時間の間に屈強な男どもで埋め尽くされてしまった。
帝国から派遣された精鋭部隊である。
150人といったところか。
この森は王国と帝国の国境まで続いており、その国境を超えてやってきたのだ。
大部隊で移動すればいくら森の中とは言えさすがに勘付かれるが、この程度の人数なら問題ない。
部隊は散り散りになってやってきたが、全員揃ったと同時にピシッと整列した。
そして先頭にいた男が一歩前へと歩み出て、敬礼の姿勢をとった。
「帝国軍5番隊隊長、カラガール=ベストルト! 皇帝陛下の命を賜り、魔王討伐の援助に参りました!」
「わざわざご足労頂きありがとうございます。バイヤーズのリーダー、ゼンゲルです」
ゼンゲルも一歩前へと歩み出て、ベストルトに右手を差し出し、2人は固い握手を交わした。
「あなた達の噂は本国でも耳にしております」
「ははっ、いつまで経っても依頼をこなさない無能ども、と言ったところですかね」
「いえいえ、まさか……」
手を振りつつ彼らは和やかに談笑する。
そしてゼンゲルは規則正しく並ぶ兵たちを指差して、
「少々彼らに話をしてもよろしいでしょうか?」
「ええ、どうぞどうそ。是非とも士気を高めてやってください」
その言葉に頷くと、ゼンゲルは列の1番先頭に立って部隊と向き合った。
男どもは言葉交わすことなく、ゼンゲルの方へと視線を向けている。
そんな彼らを見回しながら、ゼンゲルは口を開いた。
「えー、まずこんな汚れた国に身を挺して足を運んでくれたこと、心より感謝したい」
そこで一旦間を置き、彼はさらに言葉を続ける。
「諸君らが何故ここにいるか。当然把握はしていると思うが、もう一度口から伝えておきたい。──私たちは明日、かの邪悪な魔王の首をとる」
おぉ、っとあちこちから歓声が漏れる。
「そのために、諸君らにやってもらいたいことはたった一つある……大混乱を起こしてくれ。
人を殺してもいい、建物を壊してもいい、金を掻っ攫ってもいいし、女も好きなだけ犯していい。どんな方法でも構わないので、ひたすら破壊してほしい。
その際に注意していただきたいことが一つ」
ゼンゲルは再び一同を見回す。
部隊の人たちは皆、彼の話に聞き入ってるようだ。
彼はさらに続ける。
「決して容赦はしないでいただきたい。あの国にいるのは全員人の皮を被った悪魔だ。ゴミクズだ! 魔物以下の存在だッ!
そんな奴らに情けを見せようものなら──」
「私が迷わずその者の首を打つ」
ニコッと笑いながらゼンゲルは言う。
だがその目はまるで笑っておらず、この表情のアンバランスさが不気味な調和を生み出した。
辺りから唾を飲み込む音が響く。
「……だが諸君らは幸運だ。歴史が変わろうとする瞬間に立ち会える……いや、当事者となれるのだから。
国に戻ったとき、君たちは英雄として迎えられるだろう。魔王を討伐した者たちとしてな」
そしてゼンゲルは腰に装着した鞘にしまっていた剣を取り出すと、それをまるで空を突き刺すかのように掲げた。
魔物が燃える灯りに照らし出された剣は、妖しげに艶々と輝いている。
「私は誓う! 明日、諸悪の根源を断ち切り、我等が帝国に勝利と希望をもたらす事を! 主ガルドの名の下に!」
ゲイゼルの叫びと共に兵士たちも剣を取り出し、それを宙に掲げる。
そして隊長の掛け声に合わせて、彼らも同じ言葉を復唱した。
『『『主ガルドの名の下に!!!』』』
「……化け物どもを血祭りに上げてやろうじゃないか」
ゲイゼルがニヤリと笑いながら言う。
兵士たちも怪しげな笑いを浮かべながら答えた。
「「「おぉう!!!!」」」
**
「やっぱすげえな、ゼンゲルは」
ゼンゲルが話す後ろで全てを見ていたバイロンは、横で腕を組んで立っていたヘレンに話しかけた。
兵士たちは今、出発に向けて諸々の準備に取り組んでおり、ゼンゲルはその指示に駆け回っていた。
「……なんでそう思うのよ」
「え? いや、一瞬で部隊の指揮権を得るし、さっきの演説で結束も固まっただろ? そういう、人をまとめる才能はあるんだなって」
「確かにそうね。性格はあんなに腐ってるのに、人だけはホイホイ寄ってくるんだから」
ヘレンはため息をつきつつ呟く。
「あんな奴の下につく人の気が知れないわ」
「確かにあいつの性格はクソだ。でも、ああいうやつにこそ人って集まるもんなんだろうな」
「……そうかしら」
「根っからの善人が、あそこまで人をまとめる能力を持てるとは思わないぜ」
「……人は、人の悪い部分に惹かれるもんなんだろ」
それから間もなく。
準備を整えた兵たちは、首都キュートルへ向けて進軍を開始した。
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