第2話「怪しい動き」


 ケラントが父との修行でボッコボコにされている頃。


 ベラトーク帝国の首都バスチコの中央にそびえる、聖ヤハラン教会のバール大聖堂。

 普段はガルド教信者が静かに祈りを捧げる場となっているが、今日はここに皇帝に召集された各大臣が集まっていた。


 教会で大臣が? と首を傾げるかもしれないが、皇帝は国の長であると同時にガルド教の教皇という役割も担っている。

 ので、このバール大聖堂は宗教と政治両方の中心地となっているのだ。



 全ての大臣が集まり、会場がざわつき出した頃。


 教壇上に、皇帝であるベヤンド10世がその姿を見せた。

 綺麗に整えられたは口元を完全に覆い、体つきはまるでプロレスラーのよう。

 その茶色い髪の上には、様々な宝石の装飾が施された王冠がのっている。


 そして皇帝が、この会合のために特別に用意された玉座に座るのに合わせて。

 全ての大臣がザッと一斉に膝をついた。



『『主ガルドの懐の下に。全ての大臣、ここに集結』』



 呪文のように息をぴったり合わせて唱えられる。

 そして皇帝が物々しく口を開いた。


「我が貴様らをここに呼んだのは、他でもない──」



「テルヘン王国について話し合うためだ」



 大臣達に間に動揺が駆け巡る。

 無理もない。


 以前の軍事行動の失敗から、国民の皇帝に対する信頼は低下。

 これを受け、国はしばらく王国への進軍を停止することにしていた。

 にも関わらず、皇帝はかの王国について話し合おうと言う。


 この皇帝は決して無能ではないのだが、どうも喧嘩っ早いところがあり、すぐに他国と開戦したがる節がある。


 その悪い癖がまた出てしまったのだろう。

 大半がそう考えた。


「御言葉ですが陛下、かのへの進軍が失敗してからまださほど時間が経っておりません。今は失った国民の信頼を回復するのに徹するべきかと……」


 大臣の一人が口をきく。

 彼の言葉に、皇帝は神妙に頷いてみせた。


「分かっておる。我は何もあの蛮国と開戦するとは言うておらん」


 皇帝は一同をぐるりと見まわしてから言葉を連ねる。


「前回の失敗から我は考えた。何故あんな野蛮人に負けたのか、とな。そして気づいたのだ。軍隊で攻め込むから負けるのだと」


 皇帝の言葉に再び場がざわめく。

 

 軍隊で攻め込むから負ける?


 訳のわからない皇帝の珍言に対し、彼の正気を疑う者すら現れた。


「静粛に」


 だが皇帝の背後に佇んでいた執事風の白髭の男の一言により、場は再び静まり返った。

 そして聖堂が静寂に包まれたのを確認すると、皇帝がさらに言葉をつづけた。


「我が国が大軍を挙げて攻め込んでも負けるのは何故か? それは、我々が向こうの土俵に乗ってしまっているからだ。

 認めるのは癪だが、確かにあの蛮人どもは強い。の運動能力もそうだが、奴らの考える作戦も一級品だ。

 だから我はこう思う。軍なぞ送らずとも、王家さえ皆殺しにすればあの国は征服できるだろう、とな」

「では、軍を送らずにどうやって……?」


 大臣の質問に、皇帝はニヤッと笑いながら答えた。


「スパイだ。少数精鋭のスパイを魔王の懐に忍ばせ、隙をついて殺させる。それに合わせて我が軍が攻め込めば──」

「我が軍の大勝となる……」


 皇帝の聡明な判断に一同は頷く。


「そして誰を派遣するかは既に決めておる」


「入るがよい」という皇帝の掛け声に合わせて、聖堂の大扉が開かれる。

 そしてそこから入ってきた者たち。

 その顔ぶれを見て、大臣たちからは「おぉ!」と感嘆の声が溢れ出た。


 冒険者グループ、『バイヤーズ』。

 最強の魔獣の一つに数えられる《赤い魔竜レッドドラゴン》をたった4人で討伐したとされる、この国では知らない者のいない最強のパーティだ。


 剣の技術では右に並ぶ者のいない金髪リーダー、ゼンゲル。

 口数は少ないが腕は確かな斧使いの大柄坊主漢、バール。

 そのずば抜けた美貌と魔法の才能で男を魅了する魔法使い、ヘレン。

 身体は小さいが性格は冷酷無比な毒使い、バイロン。


 4人は皇帝の足元まで歩いてくると、他の大臣と同じように地面にひざまずいた。


「この度はこのような名誉ある討伐依頼を授けて下さりましたこと、心より感謝申し上げます」


 口を開いたのはリーダーのゼンゲルだ。


「このバイヤーズ、必ずや悪しき魔王の首を討ちとめてみせましょう」


 その言葉に皇帝は満足げに頷いた。


「ですが、よろしいのでしょうか? このような有名人をスパイとして送り込んでは、見抜かれてしまう可能性が……」


 大臣が不安げに訊ねる。

 そんな彼の質問を見越していたかのように、皇帝は詰まることなく答えた。


「その点については心配せんで良い。我が国はかの蛮国とは断交しておるし、あちらには帝国ギルドの支部もない。こちら側の冒険者の情報が洩れる可能性はまずないだろう」


 皇帝は再び一同を見渡す。


「ほかに意見があるものは?」


 手をあげる者はいない。

 皆納得したようにうなずいている。


「……よかろう」


 そして皇帝はパーティに視線を移す。


「では、依頼内容を再び告げる……テルヘン王国に侵入し、国王を暗殺せよ。期限は12年後、王国が建国500周年を迎えるまでだ。方法は問わぬ。援助も惜しみなく行おう。そして報酬は──」


「一生望み通りの生活を送らせること」


「ただし失敗したら死刑とする。以上だ。異論はあるか?」

「──ございません」

「では行くが良い。良い成果を得られること期待しておる」



『『『はっっっ!!!』』』



 そして3日後。

 パーティはテルヘン王国に向けて旅立って行った。


 

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