1章:成長

第1話「背景、そして修行」


竜の大陸ドラゴニア』は中央に広く横たわる『竜の山脈』に分断され、3つの平野に形成されている。


 北部の『雪の大地』

 東部の『竜の平野』

 西部の『緑の草原』


 この中で、竜の平野一帯を支配する『ベラトーク帝国』が最大勢力となっており、それに次いで緑の草原を手中に収める『バスコー連合国』が豊かな国力を誇っている。


 では雪の大地を治める『テルヘン王国』はというと、国力はあまり強くない。豊かな土壌に恵まれず、また緯度も高いため平均気温がかなり低いからだ。


 だが代々優秀な国王に恵まれ、平等的な良政と優れた軍隊で知られる。これにより、他の2国と同等の勢力を展開しているのだ。


 そしてこの王国の最大の特徴は、亜人の国であることだ。


 人類は大まかに、最大勢力を誇る『人間』とそれ以外の人種である『亜人』の2つに分けられる。


 基本的に両者は対等な関係を結んでいることが多いが、帝国は国民の大半が信仰する『ガルド教』の教えに基づき、亜人に対して排他的な姿勢を示している。


 これにより帝国と王国は、古くから対立関係にあった。そしてこれには宗教以外の理由がある。


 元々テルヘン王国は初代国王が帝国の亜人排他主義に反旗を翻し、雪の大地を奪い取って成立した国だ。

 そのため、帝国側はなんとか領土を奪い返そうと躍起になっているのである。


 これに対抗するべく王国は、同じく帝国と対立関係にあるバスコー連合国と友好的な関係築いている。

 なので、状況はほとんど国同士の一騎打ちと言えるだろう。


 こんな調子で三国のこう着状態は長らく続いていたが、そんな関係を揺るがす情報が飛び込んだ。


 テルヘン国王の後継者問題である。


 現国王が後継者に恵まれず、王家は断絶の危機に立たされた。

 もし、国民に愛される王家が断絶したら。

 当然王国の統治は揺らぎ、そこに攻め入る隙が生まれる。


 元より王国最大の脅威は、国王家だ。

 その国王家が断絶したら、王国を乗っ取るなんて赤子の手をひねるようなものである。


 そのため帝国は、その統治体制が揺るがされた瞬間を狙うことにした。

 その後着々と帝国による軍備配備は進み、両国の関係は急速に緊張状態となる。


 そして数年が経ち、帝国がそろそろ進軍してくるだろうという噂が立ち始めた頃。

 第一皇子、ケラント出生のニュースが駆け巡った。


 当然王国はこのニュースに沸き立ち、対して帝国側は大きな衝撃を受けることとなった。


 その後小さな衝突こそあったものの、テルヘン王国の勝利という形で帝国の軍備配備は中断され、進軍の危機はとりあえずのところ去った。



 こうして全くの無意識のうちに王国を救ったケラントも、今日で3歳になった。

 身内と使用人だけで慎ましく誕生日を祝ったのち、彼は父に呼ばれた。

 

 着いてこようとしたケラント専属の使用人を追い払ったのち、彼らは2人きりで城を歩く。

 近頃のケラントはわんぱくで目を離した隙にすぐいなくなるので、逃亡しないよう手を繋ぎながらの移動である。


「どうしたの?」


 ケラントが父を見上げながら訊ねる。

 息子の質問に、国王である父──タンドラは優しく微笑みながら答えた。


「お前に渡すものがある」


 渡すもの?

 ケラントは幼いなりに考えてみる。


(なんだろう、渡すものって)


 誕生日に渡すってことは、きっと何かのお祝いだろう。

 欲しいものが貰えるとか。

 そういえば、馬が欲しいとずっと頼んできたな。

 どんなに頼んでもダメだったけど。

 もしかして……?


「分かった! 馬がもら」

「違う」


 秒速で否定されてしまい、ケラントはしょぼんと肩を落とした。

 そんな息子を見かねて、タンドラが苦笑混じりにフォローを入れる。


「そう落ち込むなって。馬ではないけど、同じくらい役に立つものだよ」

「ほんと!」


 つい2秒前までの不機嫌はどこへやら。

 ケラントはパッと目を輝かせた。


「え、なになに? どんなもの? かっこいい?」

「待て待て、すぐに分かる」


 そんな単純な息子を連れてタンドラが向かったのは、城の中庭。


「ここだ」


 父にそう言われると、ケラントはキョロキョロと辺りを見回した。


「何もないけど……?」

「焦るな。ちょっとここで待ってろ」


 そう言ってタンドラは1人で庭の中央にそびえる大木へと歩いて行った。


 その間もケラントはプレゼントの中身に頭を巡らせる。


 王家の子供なら、欲しいものはなんでも手に入るはずだろうと思うかもしれないが、王国が豊かではないこともあり王家は決して富んではいない。

 贅沢する暇があるのなら国民につくせ、というのが代々の思想だ。


 なので、欲しいものが手に入ることなんて滅多にない。

 幼いケラントのテンションが上がるのもしょうがないことだろう。


 そしてタンドラが両手に木陰から取り出したを持ちながら戻ってきた。


「ほら、受け取れ」

 

 ヒョイっと「何か」がケラントに投げられる。

 ケラントは慌ててそれを受け取った。


 長さ1メートルほどのひょろ長い木棒。

 しかし細いながらも頑丈なことは伝わってくる。


 これは──


「木刀……?」

「そうだ」

「え〜〜〜〜」


 ケラントが目に見えて落胆する。

 それはそうだ。

 木刀なんてカッコよくもないし、何かの役に立つわけでもない。

 ただ上下に振るだけの道具の何がいいのだろう?


 肩を落とすケラントに苦笑いを漏らしながら、タンドラが口を開いた。


「まあ、そう気を落とすな。それはお前にとってとても大事なものだ」

「大事って、こんな木のぼっこが?」

「そうだ。それを毎日使い続ければ、お前は強くなる」

「強く……?」


 タンドラが力強く頷く。


「お前はいずれ国の長となるだろうが、それには大きな責任が伴う。守るべきものが増えるからだ。そして強さがなければ何も守れない」


「国も、家族も」


「だから私が、私なりの強さを教えてやる。お前はそれを全て吸収しろ。一つ残らず私を奪え。そして私を超えろ。これはその最初の一歩だ」

「そんなこと言っても……」


 父の熱い言葉に、ケラントはあまり乗り気な表情を見せない。

 だが次の言葉が、そんなケラントの態度を変えた。


「それに、強かったら女の子にモテ」

「やります! やらせてください!」


 こうしてケラントの修行の日々が始まった。

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