俺の両親を惨殺した奴らがなぜか『勇者』って崇められてるんで、復讐します
春世レン
孤独の日々
序章
プロローグ
寒い冬の日のことだった。
少年は坂を駆け、我が家に向かっていた。
初めて剣術の先生から一本を取れたことを、一刻も早く母親に報告しようとしているのである。
(きっといっぱい褒めてくれるんだろうな)
そんなことを考えて顔を綻ばせつつ、少年は白い息を吐きながら猛スピードで坂を駆け降りた。
少年の家は坂を下ったところのすぐ脇にある。
坂の終わりが近づくと少年は少しずつ走るのを遅くし、家の門まで来たところでピタリと止まった。
決して大きくはない、むしろ小さな家。
中には母がいて、きっと夕飯の準備をしているのだろう。
少年に父はいない。
彼が産まれて間もなく、他国との戦争で命を落としたと言う。
祖父母も死んでしまい、親戚も特にいない少年のとって母は唯一の肉親だった。
「たたいまー!」
ドアを開けると共に少年は言う。
そして普段通りだったら、キッチンから「おかえりー」という声が聞こえてくる──はずだった。
だが彼の言葉に返事が返ってくることはなかった。
「……お母さん?」
買い物にでも行ったのか。
しかし、それにしては時間が遅すぎる。
家の様子を訝しく思いつつ家に一歩踏み入れた時──彼の鼻が、猛烈な異臭を嗅ぎ取った。
「ウッ」
吐き気を催す、生臭い臭いだ。これは──
「血……?」
少年の胸中に嫌な予感が掠める。
まさか……。
「お母さん?」
再び声をかけつつ、彼は臭いの震源地であるキッチンへと向かった。
そこに近づくにつれて臭いは段々と濃くなっていき、少年は胃液を吐き出さないよう喉に力を込めながら廊下を歩き、やがてキッチンに着いた。
「いるの、お母さん?」
そう言いつつ、少年はキッチンにひょっこり顔を出し──
そして、パッと頭が真っ白になった。
床に転がっていたのは──紛れもない母の姿だった。
胸元がはだけスカートが捲り上げられており、明らかに何かがあったことを強く訴えかけている。
だが何より目を引くのは、その頭部。
なんと、頭がぱっくりとふたつに割れていたのだ。
そこから血がドクドクと溢れ、そこが臭いの発信源となっているらしい。
少年ははっきりとしない意識の中フラフラと彼女の元に向かうと、ドッと力が抜けたように頭の側で屈み込んだ。
「……母さん?」
何度めか知れない問いを呟く。
しかし返事はない。
「母さん」
返事はない。
「母さん」
返事はない。
「母さん母さん母さん母さん母さん母さん母さん母さん母さん母さん母さん母さん──」
現実を受け入れまいとするように、現実を改変しようとするかのように。
少年は何度も何度も同じ言葉を繰り返した。
しかし、現実はいつだって無慈悲だ。
母は──死んだのである。
「誰が……こんな……」
ふと「母さん」と呟くのを止め、しばし宙を茫然と眺めていた少年は絞り出すように言った。
母の衣服の様子。
少年とて15歳だ。
彼女の身に何が起こったのかを察せないほど、彼は初心ではなかった。
母はいつだって優しかった。
敵なんているわけがなかっただろう。
なのに死んだ。
殺されたのだ。
一体誰が? 何故こんな惨い手口で?
次々と湧いて来る疑問。
だが疑問は頭の中で何回も往復するばかりで、それが答えというゴールに辿り着くことはない。
少年は天井を眺めながら、現実からなんとか意識を逸らそうとその「なぜ?」としばらくの間戦っていたが、突然。
2階から、何か物音が聞こえてきた。
「誰……?」
力なく、心ここに在らずという声色で呟く少年。
床がギシギシとなるこの感じ。
間違いなく人だろう。
そう判断した少年は、フラフラと立ち上がると台所に置かれていた長包丁を手に取り、それを背後に隠し持ってそのまま階段へと向かった。
一段、二段と階段を登るに連れて物音は大きくなっている。
そして登り切ったところで、彼は部屋からちょうど部屋から出てきた一人の男を視認した。
男は獣のような顔を持ち、全身は黒い体毛に覆われていた。
きっと、いや間違いなく獣人の一瞬だろう。
手に皮袋を持っているのを見るに、きっと強盗目的だろう。
男は力なく俯く少年を見つけると一瞬ビクリと体を震わせたが、少年が小柄であることに安心したのかすぐに落ち着きを取り戻した。
「……お母さんを殺したのはお前か?」
少年が問う。
男はキョトンと目を瞬いた後に、ニヤッと気味の悪い笑みを浮かべながら言った。
「あぁ。ありゃいい女だったぜ……あんまり抵抗するもんだからうっかり殺しちまったがな」
「そうか……」
俯いたまま言う少年。
だが突如その顔をクッと上げると、その目にはっきりとした殺意を宿らせながら彼は大きく一歩を踏み出し、強盗向けて勢いよく飛び上がった。
「──死ね」
これ以上ない殺気を含んだ声で少年が呟いたのは、その長包丁が強盗の心臓を突き刺したのと同時だった。
「ガァァアァア!!」
断末魔を上げながら強盗は後ろへと倒れる。
少年は仰向けになった強盗に馬乗りになると、心臓から包丁を一気に引き抜き、血の噴水が上がるのも構わず何度もその刃を強盗の顔面向けて振り下ろした。
「死ね! 死ね! 死ね!」
無我夢中で叫ぶ少年。
強盗は何度か体をピクリと震わせたが、すぐに動かなくなった。
だが少年は構わず刃を振り下ろし続けた。
……どのくらいの時間が経ったのだろう。
ふと少年が手元を見た時、そこにはただの肉塊しかなかった。
「あ、あ、あぁ」
包丁をポロリと落とすと、少年はその血まみれの手で頭を抱えた。
やってしまった、と言う思い。
だがそれと同時に湧いたのは──どうしようもない達成感だった。
母はなぜ殺されなければならなかったのか?
答えは簡単だ。
獣人が──いや、亜人がこの世に存在するからだ。
亜人がもしこの世にいなかったら、母が死ぬことはなかっただろう。
だが母は死んだ。
亜人がこの世に存在してしまったからだ。
そうだ、父が死んだのも亜人との戦争の最中じゃないか。
亜人がいたから、両親は死んだのだ。
全ては──亜人のせいだ。
この時、少年にたった一つの目標ができた。
あまりに残酷で、切実な目標。
「……皆殺しにしてやる」
そう声を振り絞ると同時に、少年はワンワンと泣き出した。
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