07話.[褒めてください]
「私はいま不機嫌なんです、放っておいてください」
喧嘩をしたとかそういうことではなく、小さなことで失敗したことが嫌で嫌でいまは微妙な状態だった。
笑われたとかそういうことでもない、ただ、私がそれを許せないというだけだ。
「だったら尚更いなきゃね」
「やっと自分が意地悪な人だと認めたんですね」
「意地悪じゃないよ、僕がいたくてしていることだ」
「……真似しないでくださいよ」
「いいことなら真似をしてもいいでしょ? 隣に座るからね」
小さな失敗なんて既にこれまで何度もしてきた、だからいまさらそんなことで悩むなよと言いたいのかもしれない。
一旦冷静になってしまえば落ち着くものだ、で、今度はそうやっていつも通りではいられなくなってしまったことが恥ずかしく感じるようになる。
つまり私はいま、猛烈に恥ずかしい状態、ということになるわけだ。
「今度は凄く恥ずかしいのでいまだけは勘弁してくれませんか?」
「え、嫌だけど」
「な、なんでも言うことを聞きますからっ、それでどうですか?」
「じゃあここにいることを許可してほしい。大丈夫、別に変なことをしようとしているわけではないんだから」
そんなことは分かっている、こういうときになにかしてくる人だったら六月現在まで一緒にいることはなかった。
私が言いたいのはせめていまだけはやめてほしいということなのに、うん、先輩からは絶対に離れてやらないという気持ちが伝わってきていた。
「じゃあ寄りかかってもいいですか?」
「うん、いいよ」
「じゃあ……」
……なんかこれだと結局こうしたくて面倒くさい絡み方をしていたみたいに見えるじゃないか。
ゆみこに見られていなくてよかった、もし見られていたら確実に笑われていた。
というか先輩、こういうときは結構支えられるんだと新しいことに気づく。
飛び出した際にぶつかって倒れてしまうのは仕方がないとしてもちょっと押された程度で倒れてしまう人だから意外だ。
「手にも触れます、嫌ならちゃんと言ってください」
「僕は大丈夫だけど」
他の男の子のことを分かっているわけではないけどやっぱり女の子みたいな手ではない感じがした。
「しん先輩の家に移動しませんか?」
「なんでこのタイミングで? もしかして家なら……という考えなの?」
「はい、適当にこうしているわけではないですから。嫌ならこれも断ってくれればいいですから、しん先輩が友達のままでいたいということならこんなことはない方がいいですからね」
静かに離れて先輩を見る、じっと見すぎてしまっていたら急かすみたいになってしまうから途中からは別のところに意識を向けた。
とはいえ、心臓というのはこういうとき無意味に活動的になるもので、なんか心配になるぐらいには速かった。
「それならなぎさちゃんの家にしようか、その方が安心できるだろうから」
「気にしないでください、しん先輩がしなければいけないことは受け入れるか断るかということだけなんですから」
「いや、それでもだよ、僕がなぎさちゃんが不安にならなくて済むようにそうしたいだけだから気にしないで」
「もう、頑固なんですから……」
これ以上はやばいからそういうことにして移動を始めた。
兄とゆみこは最近、部屋でゆっくりしようとしないから完全にふたりきりということになる、けど、多分こういう日は帰ってきたりするものだからそう緊張する必要はないと考えることを終わらせた。
実際はそこまで乱されずに冷静に対応できる人間であるのと、このドキドキは悪いものではないからだ。
「じゃ、しますね」
「うん」
あの場所でも寄りかかることや手を握り続けておくのは余裕だった、だからここまできてその程度で終わらせるわけがない。
簡単に言ってしまえば焦れったくなってしまったのだ、佐藤先輩になにかを言われたからではなくて私は自分の意思で先輩にこうしていることになる。
「煽られたというわけではないんです」
「佐藤さんはそんなことをしないからね」
「はい、そうですね」
寧ろ色々と説明したら「教えてくれてありがとうっ」と嬉しそうな顔をしてくれたぐらいだった。
いやでも私の方が先に変わるなんて思わなかったけどな、で、これをぶつけても拒んでこない先輩というのも不思議だ。
先輩も私と同じでただ友達として仲良くなりたいだけじゃなかったのだろうか?
そうでなくてもきっかけがなんとも言えない感じだから違うと言われてもそれを守るためにいてくれていると考えていたのに……。
「僕は正直に言うとなぎさちゃんの強さに惹かれたんだ」
「あ、それって物理的に、ですよね?」
えぇ、それってどうなんだろう……。
ただ好きだと言われるよりはいいのかもしれないけど、物理的に強いことを好かれても正直喜びづらい。
い、いやっ、いま一番仲がいい相手で気に入っている存在から言われたのだから素直に喜んでおくべきか!
だってこれなら告白だけして振られてしまったときとは違うということになる、私はまた失恋ダメージを負うことはないということだからだ。
「最初はそれだね、だけどいまは物理及び精神的にかな」
「小さな失敗をした程度で今日みたいになりますけど……」
「誰だって失敗をしたら気になってしまうものだよ」
なんか落ち着けたから離そうとしたら逆にぎゅっと抱きしめられてしまう。
特に嫌だとかそういうことではないけど、せっかく落ち着けたのにいまので駄目になってしまったから意味がない。
ちなみに先輩はすぐにやめて「ありがとう」といい笑みを浮かべて言ってきた。
「ま、まさかしんちゃんが女の子を抱きしめているなんて、しかもそれが一年生のなぎさちゃんなんて思わなかった!」
「そうですか? 豊崎君はずっとなぎさちゃんといたから違和感というのは全くないですよ?」
「いやでもしんちゃんがだよ!?」
「私は高校生以前の豊崎君を知りませんから」
一応先輩の方を見てみたらなんかすごい顔で固まっていたからすぐに想定外のできごとだということは分かった、私はそのおかげで慌てないでいられているから感謝しかない。
「あ、でも、二年生の後半から関わり始めましたけど、女の子といようとはしていなかったから確かに意外かもしれませんね」
あ、いつから一緒にいるのかは聞いたことがなかったけどそういうことらしい。
だけど佐藤先輩が名前で呼ぶことを選ばなかったのは意外だ、やっぱり自分がそういう対象になるつもりはなかったからかな?
「でしょ!? もー、しんちゃんももっとなぎさちゃんを連れてきてよ!」
「そ、それよりなんでいるの……? この時間はいつも働いている時間じゃ……」
「なんかびびっときたの、人が多いのもあったからそれで先に帰らせてもらったらこれでさ!」
これぐらいの反応をしてもらえるとなんか気持ちがいいということが分かった、最近は色々なことを学べていっているからいい時間を過ごせていると言える気がする。
とりあえず先輩を放置してにこにこ笑みを浮かべて見てきていた佐藤先輩に話しかけたらサムズアップをされてしまった。
まあ、私のためにしていただけだけどこれで役に立てたということなら悪くない。
「私、しん先輩のことが好きなんです」
小さななにかがあれば変わると考えたあの後にお風呂でさらに考えた際にあっさり出てきてしまったのだ。
焦れったくなってしまったのはそういうこと、私を優先してくれるのになにかを求めてくるわけではなかったから嫌だった。
隠したりする人間ではないから今日出させてもらったことになる。
「そっか」
「はい、お母さん的には大丈夫ですか?」
「当たり前だよ!」
い、いきなり通常のテンションに戻すのはやめてほしい、正直いまのがなかったら泣いていた可能性だってあった。
意地悪なのは親譲り……なのかな? 一度もお父さんとは会ったことがないけどなんとなく似たような人しか想像できなかった。
「ありがとうございます、それでも今日は佐藤先輩とこれで帰らせてもらいます」
「分かった、あ、しんちゃんに送ってもらえばいいよ。ここでぼけっとしているぐらいだったらなぎさちゃんを送れた方がいいだろうから」
タイミング的にはあれだけど私としては出られて一安心だ。
やっぱり先輩や佐藤先輩とだけいるのとお母さんがいるのとでは全く違う、こういうところを見れば精神的に強いなんて言えないと思うけどな。
「なんでなぎさちゃんもこのタイミングで帰ろうとするのかねえ、好きなら堂々としておけばいいと思うけど。あのまま『今日は泊まらせてもらいます』ぐらい言ってもよかったんじゃないの?」
「が、頑張ったんですから許してくださいよ、一年生の人間にいっぱい求めすぎなんですよ」
今日踏み込んだのは全部こっちだ、相手の気持ちを知ることができた後に、というわけではないのだから少なくとも悪く言うのは違う。
そもそも私が頑張っていなければ佐藤先輩の中のなにかを満たすことすらできなかったのだから感謝されこそすれというやつだ。
「だからってこのタイミングはなあ、豊崎君だってほら、複雑そうな顔でこっちを見てきているよ?」
「好きなのに『好きなわけがないじゃないですか!』とか言ったわけでもないんですよ? 素直に行動したんですから褒めてください」
が、最後まで褒めてくれることはなかった。
納得がいかないことではあったものの、確かにああ言い切ってから一度も先輩に意識を向けていなかったのも事実だから……。
「もしかしてまた悲しくなったりしちゃっていますか?」
「……そうだね」
「今日は頑張りました、だから責めるのは明日で――」
そういうのもできればゆっくりとしてからがよかったんだけど……。
「送るよ」
「よろしくお願いします」
先程して初めてというわけでもないのに抱きしめるという行為には相手をなにも言えなくさせる力があった、この場合の相手は私だから先輩には効かないことを考えるともやっとした気持ちになった。
それでもそれは言わずに送ってもらって、家に着いたら速攻で部屋に移動してベッドの上で暴れたのだった。
「は? あんた付き合い始めたの?」
「え、話……聞いてた? 好きだと言っただけだけど……」
「でも、先輩は断らなかったんでしょ? 付き合い始めたようなものじゃない」
彼女は私のベッドに寝転ぶと両手を広げて「やってらんないわ」と言った。
前から行動してきた彼女と違ってこっちがあっさりそういう風になってしまったからだろう。
ぼんぼんぼんとベッドを叩いていて、正直、この前の私よりもよっぽど暴れているゆみこさん。
「ごうさんなんて手を握ってくることすらないのよ?」
「それはしん先輩もそうだったよ」
積極的にアピールをされてこっちが受け入れた、というわけではないから勘違いしないでほしかった。
というか、それだっていま全部説明したのに意識は全部兄に持っていかれてしまっている状態で……。
「それでもあんたはいいじゃない! だって抱きしめられたんだから!」
「ま、まあまあ、横に兄がいるんだから聞こえちゃうよ?」
「逆に聞いていてくれていなかったら嫌よ、あれからこっちとずっといてくれているのになんで同じ距離感のままなのよ……」
兄には兄のペースがあると言いたいところだけど、ずっと昔からいることを考えるとさすがに慎重すぎるように感じた。
で、こうなってくると恋愛感情そのものがないんじゃないかと感じてくる。
ただこれまでと同じで仲良くしているだけ、兄にとってはこれぐらいが一番落ち着くのかもしれない。
「……無理なのかもしれないわね、諦めるべきだと思う?」
「それはゆみこ次第だから」
私が決めてしまうのは違う、いや、なんか言いたくなかっただけか。
そう選択した理由に自分まで含まれてしまうのが嫌だった。
それに彼女も本当は「そんなことないよ」と言ってほしくて口にしていると思うのだ、だからそうした方がいいなんて言ったら多分喧嘩になってしまう。
「なんてね、そんなことを誰かに聞くなんてありえないわよね、お前で決めろって話よね」
「自分の中にあるものからは目を逸らせないよ」
「そう、なのよね、寧ろ見ないようしようとすればするほど駄目になるのよ」
八つ当たりをしようとしない彼女は立派だ、私はあのとき優しくしてくれた彼女に似たような行動をしてしまったからなおさらそう感じる。
「ごうさんがそういう人だって分かっていたはずなのに恋ってあれね、一緒にいるときはそういうことが全部吹き飛んでしまうのよ――あ」
「ん? どうしたの?」
彼女はばっと上半身を起こしこっちを見てきた。
なにか失言をしてしまっただろうかと考えていたら「だからあんたは自分から動いたってことよね?」と言われて考えることをやめる。
「昔からそうだけど、私は待つタイプじゃないから」
相手がなにかをしてくれるまで待てるような人間ではないと言うのが正しかった。
そんなことを期待するぐらいなら自分から動いてしまった方が精神的にも楽だ、心臓には負担をかけてしまうけどなんであのときああしなかったんだろうと後悔することはなくなる。
まあ、なんであのときあんなことをしてしまったんだろうとなるときもあるから一長一短ではあるけどね。
「しん先輩は何回も仲良くしたいとか一緒にいたいとか言ってきていたけど、なんにもしてこなかったから勢いだけで行動した形になるかな。そうしたらなんか断られずにこの前は帰ってこられたことになります」
先輩のお母さんがああ言っていなかったら付いてきていたのかが気になる、いや、結構頑固な人でもあるから付いてきていた可能性の方が高いか。
「……私に足りないのはそれね、ひたすら待っていただけだった」
「人それぞれ違うからなにが正解かなんて分からないよ、もしかしたらいっぱい待ったことで相手がもやもやして私みたいに行動しないとも限らないんだから」
「じゃあなぎさ、あんたごうさんを見たときもやもやしているような感じが伝わってくる?」
「あー、あくまで普通の兄かな、なにかがあるならさすがの兄でも全部隠し切ることはできないからあれは……」
鈍感というわけでもないからきっと彼女の好意にだって気づいているはず、もし気づけていないなら彼女は相当大変な存在を好きになってしまったということになる。
救いなのは優先してくれていることだろうか、だからこそもやもやすることも多いだろうけど全くいられないというそれよりははるかにいいだろう。
「このままじゃ気持ちよく過ごせないわ、私のために動く必要がある」
「うん」
「たまにはあんたの真似をして頑張るわ」
「協力しようか?」
「いい、妹大好きのごうさんがなぎさから頼まれたら断れないだろうから、そういう強制力があったら駄目なのよ」
おお、いい顔をしている。
それならこっちはまた報告してくれるまでとにかく待つだけだ。
こっちも曖昧な状態だということには変わらないからそもそも自分のことに集中するべきだと思う。
「なぎさ、たまにはご飯でも作りましょ」
「分かった」
いつもしているわけではないけどたまにはこういうこともいい、それに彼女が手伝ってくれるのであれば家族としても安心できるはずだ。
「お、作ってくれていたのか」
「これまでなにをしていたのよ?」
「ちょっとベッドに寝転んで考え事をしていたんだ、今日はゆみこが来てくれなかったから寂しくてな」
あー、こういうところは兄の悪いところだとしか言いようがない。
彼女と決めているうえでの発言ならいいけど、なんかこの感じだとそういう風には見えてこない。
「なぎさ、ゆみこを借りてもいいか?」
「もうご飯作りも終わるからいいよ」
「ありがとな、じゃあすぐ終わるから付き合ってくれ」
「はいはい、じゃあさっさと行きましょ」
が、全然すぐに戻ってこなかったからひとりソファで座って待っていた。
このときになってやっと先輩の気持ちが分かった気がして、今度からは自分がされたくないからやめようと決めたのだった。
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