06話.[やらせてもらう]
「カタツムリだ」
六月になってからは毎日雨が降っているからいまは気持ちがいいのかもしれない。
昔はカタツムリとかに気にせずに触れることができたけどいまはそうもいかない、触れられたくもないだろうから見ているだけが一番だ。
ちなみに雨が降っているのにこうして外にいる理由は帰路に就いている最中だったというだけで、家を追い出されてしまったとかそういうことではなかった。
「昔はナメクジを自由に這わせたりしていたけど色々知ってから触れなくなったな」
「そういえば寄生虫が云々という話がありましたよね」
「そうそう、そういうのを聞くとどうしてもね」
生物だって自分らしく生きているというだけなのに勝手だという見方もできる。
まあ、どっちにとっても不干渉を貫くというのが一番平和に終わるからいい。
「それよりそろそろ帰ろう、このまま外にいたら風邪を引いてしまうかもしれないからね」
「あれ、そもそもどうして一緒にいてくれたんですか?」
「えぇ、一緒に帰っていたんだから相手が止まったら止まるしかないよ……」
「ちゃんと言って先に帰ったらよかったんですよ、佐藤先輩のときといい豊崎先輩はあれです」
先輩は「あ、あれって?」と聞いてきたけど特に答えたりはしなかった、だって絶対「そんなことしないよ」とか言うから、届かないからだ。
こういうところは本当にもっとしっかりしてほしいと思う、嫌なことならしっかり嫌だと断ってほしい。
全部付き合おうとする必要はない、他はともかく私はそんなことを求めていないのだから勘違いしないでほしかった。
「途中で別れたら素直に家に帰らずにふらふらしそうなので家まで送ります」
「そんなことしないよ……」
「じゃあ私が一緒にいたいからしているだけ、そういうことにしてください」
また、誘ってくれなければいつもあそこで別れることになっていたから寂しかったのもあるのだ、そういうのをなんとかしたくてしているというのもあった。
いやもう六月だしさ、四月に出会ってからは毎日一緒にいたんだからそういう風に感じてしまうのは普通のことだ。
寧ろ二ヶ月ぐらい一緒にいるのに別れたところで全くなにも感じない状態だったらそれこそ寂しいだろう。
「着いたね」
「はい、それじゃあまた明日もよろしくお願いします」
家に帰ったらささっと課題を済ませてゆっくりしよう。
雨が降っているというだけで何故か疲れる、必要だとは分かっていても梅雨が早く終わってほしいと考えてしまう。
それに七月になればテストがあるとはいえ初めての夏休みになるわけで、既にわくわくしてしまっている自分というのが存在していた。
「あ、あのさっ、どうせなら……上がっていかない? あ、今日は母さんもいないからゆっくり過ごせるよ?」
「ということはふたりきりということですよね? 豊崎先輩は屋内でふたりきりになるとすぐに逃げるじゃないですか」
「じ、自宅なら逃げることはできないでしょ? 安心してよ、すぐに離れたりとかしないから」
それなら先輩の家で課題を終わらせることにしようと決めた。
多分それならなんか落ち着かなくて逃げようとすることはない。
あれはかなり複雑な気持ちになるからこっちもなにか対策というやつをする必要がある、だからとりあえずそうやって過ごしてみようというわけだ。
「あの、課題をやってもいいですか?」
「うん、大丈夫だよ」
「ありがとうございます、豊崎先輩は私のことを気にせずに自由に行動していてください」
見られていても気になるという面倒くさい人間だった、それでも集中できなくなるのは嫌だから言わせてもらった形になる。
「……着替えてくるとか言ったら逃げたことになる?」
「いえ、気にしないで着替えてきてください」
特別多いというわけではないからその間に終わらせることにした。
普段からちゃんとやっておけば手が止まるということはない、そうなれば止まるときというのは終わったタイミングで、ということになる。
「終わった?」
「はい」
忘れてしまったらやった意味がなくなるからしっかりしまって先輩を見る。
ただ、あそこで別れるぐらいが丁度いいのかなと今日ので分かってしまった。
物足りなかったな程度で抑えておくのが一番いい、こうして欲張ってしまうと困ることになると分かっていたら私は来ていなかった。
「あのさ、そろそろ名前で呼んでほしいんだ」
「分かりました、えっと、しん先輩と呼べばいいんですよね?」
「うん、よろしく」
私の内のこれはどうすれば変化するのだろうか、このまま仲良くしていけば自然と変わるときがくるのだろうか。
こんなことを考えている時点であれなのかな、もしそうだとしても違和感というのもあんまりない気がする、けど。
「ひとつ聞いてもらいたいことがあるんですけど、いいですか?」
「うん、言ってみて」
「私は今日クラスメイトから相談されたんです、順調に仲良くなれているのにそういう方面には全く進んでいなくて困っていると」
結構なんでも言う、なんでも聞く人間だからこういう風にやらせてもらう。
今回もこのまま持ち帰ると駄目になりそうだったから仕方がない、直接「どうすればいいんですかね?」なんて聞いているわけではないから困らせることもない。
「えっと、今回も聞いても答えられないのかな?」
「いえ、今回は大丈夫です、色々な人の意見が聞きたいと言っていましたから」
ふむ、いま考えたにしてはなかなか自然にやれている気がした。
表情が変わったとかそういうこともないし、ばれているわけでもないだろう。
まあ、仮に私のことだとばれてしまってもそれならそれでやりようがあるからどうなっても構わなかった。
「じゃあ、その子はそもそもその相手とそうなれるようにと望んでいるのかな?」
「分かっているのはそういうことに興味があるということです、あと、その相手がそういう存在になってくれるのなら嬉しいけど、とも言っていました」
現時点では先輩としか関わっていないわけだから嘘は言っていない、距離感が近づきすぎると出てくる問題というのもあるだろうけど相手になってくれたら的なことを考えることもあるから本当のことだった。
「え、相手になってもらえたら嬉しいと考えているのにあくまで友達として好きだと思っているの?」
「そうみたいですね、まあ、地球には色々な人がいますから」
言っていて分かった、なにか小さなきっかけでもあれば簡単に変わるということが分かってしまった。
根拠はない、だけどすぐに好きになれる時点で他の人とは違うのだ。
「なにかがあったらすぐに変わりそうだね」
「豊崎先輩もそう思いますか? 私も同意見です、ちなみにそれはもう言っておきましたけどね」
そう考えたら急いで帰る必要もないという気持ちになったので、許可を貰ってから足を伸ばさせてもらった。
一緒にいて安心できるというのは大きい、兄以外の男の人にこう感じているのは初めてと言ってもいいから先輩としても悪くはない――って、違うよね。
これこそ一方通行では意味がない、もしまたあのときみたいになってしまったらと考えるとどうしても踏み込みにくくなる。
「あのさ、最初から上戸君と上手に仲良くしているから船生さんのことではないとは分かっていたんだけど、それってもしかしてなぎさちゃんのことだったりする?」
「ふふ、なんでそう思ったんですか?」
自分が強いのではなく色々なことが分からないだけと分かった日でもあった。
だからゆみこは安心すればいい、あの子の方が私よりもよっぽどしっかりしているからだ。
「なんとなくかな、でも、考えてみれば船生さんか僕らとしかいなかったなぎさちゃんがそういう相談を持ちかけられるようには、さ」
「あはは、しん先輩は相変わらず酷いですね、友達がいないと言いたいんですね」
「ち、違うよ、僕が毎回一緒にいるせいで自由な時間が――」
「言い訳みたいで怪しいですよ、なんて、冗談ですけどね」
本当のことを言っているだけだから間違っているというわけではなかった、まあ、それはやっぱり先輩がいてくれるからだと思う。
だってあれからはゆみことだってあんまりいられていないのにそのことで寂しくはなっていないからだ、それどころか兄との時間を増やしてほしいとすら思うから私にとって相当なことになる。
「ちょっと寄りかかってもいいですか?」
「あ、もしかして体調が悪くなっちゃったの? それなら布団を敷くから寝なよ」
「……調子が悪いならここに寄らないで帰っているんですけど」
敢えて仲良くしたいということを何度も言ってきていたのはなんだったのかと言いたくなるからここでそれはやめてほしい……って、私は普通に友達として仲良くしたかっただけなんだからこれでいいでしょ……。
「え、あ、もしかしてそういう……?」
「もういいです、課題も終わりましたから帰ります」
「待って待って! 僕なら使ってくれればいいから!」
駄目だ駄目だ、自分から口にしたくせにこのままだと微妙になる。
自分の中にある変なソレを直視しつつだと暴走しかねないから今日はもう帰ることにした。
「豊崎先輩が悪いわけではないですから」
「そ、それならこっちを見て言ってほしいんだけど……」
「大丈夫です、豊崎先輩さえよければまた明日もよろしくお願いします」
頭を冷やすためにわざと濡れながら――ということはせず、しっかり傘をさしながら家まで急いで帰って部屋に引きこもった。
それから三十分が経過した頃、実は家に来ていた
「うぅ、ゆみこお」
「今日は甘えん坊ね」
「だってなんか微妙だから……」
「ま、ごうさんともいっぱい話せたからいまからはあんたに付き合ってあげるわ」
「ありがとう、やっぱりゆみこが一番だよ」
ちなみに彼女は「私はごうさんが好きよ」と。
そんなことはもう分かっているんだから合わせてくれればいいのにいとこうして付き合ってくれていても寂しかった。
「佐藤先輩」
「お、隣の男の子じゃなくて私の方に話しかけてくるなんて珍しいね」
「佐藤先輩とも仲良くなれたらと思っていますからね」
ちなみに隣の男の子はなんとも言えない顔でこっちを見てきていた。
昨日のことがまだ気になっているのかもしれないけど、ちょっと酷いところがあっただけで特に先輩が悪いというわけではない、だから気にする必要もない。
「あ、分かった、昨日なにかがあったんだね? 多分、なぎさちゃんじゃなくて豊崎君がなにかやらかしちゃったんだ」
「違いますよ」
鋭い、そして気づかなかったふりをしてくれないのが佐藤先輩だ。
それにしても先輩は下手くそすぎる、昨日と言われたときにびくっと反応していたらなにかがありましたよと言ってしまっているようなものだった。
「佐藤先輩、今日の放課後はドリンクバーでも飲みに行きませんか?」
「ははは、なんかその誘い方は面白いね。あ、私ならおーけーだよ、この隣の男の子も連れて行く?」
「はい、特になにもなければ豊崎先輩にも参加して……ほしいですね」
「ん? なんでいま途中で止まったの?」
「あ、いえ、なんかじっと見られて止まってしまっただけです」
揶揄してくることは絶対にないと分かっているものの、なんとなくここでしん先輩とは言いづらかった。
止まったのは豊崎先輩と言った瞬間に分かりやすく表情を変えてくれたからだ。
顔に出やすいというのは分かりやすくていいときもあるけど、悪い方にも働くということがよく分かった。
「今度こそ分かったよ、なぎさちゃんが名前で呼んだ際にがばっといっちゃったんだねこれは」
「違います、豊崎先輩が酷い対応をしてきただけです、色々と適当に口にしているだけなんですよ」
友達として仲良くしたいはずの私だったからこそなんとかなっているだけで、先輩のことが好きで近づいている人間だったら昨日ので確実に怖くなっていた。
誰がどう考えても露骨な態度でいるのにいざ実際に求めたら「なにをしているの」とでも言いたげな態度で接してくるというのはありえない。
どう対応しようと自由だとは分かっていてもそれならそういうのはやめてくれと言いたくなってしまう。
「うーん、豊崎君が悪いようなそうではないような、という感じかな」
「優しいのは分かっているんですけど、それでもこっちがちょっと頑張ろうとしたときにそれですからね……」
「言ってからにした方がよかったね」
寄りかかってもいいですか、だけでは足りなかったということなのだろうか。
だけど○○だから○○していいですかなんて全部言うのは恥ずかしい、仮にそのときに断られたら多分私は二度と自分から行動しようとすることはないと思う。
「それよりお姉さん、お友達の話が本当なのかどうかが気になるんだけど」
「友達の話ですよ、自分のことを言っていたらアホじゃないですか」
「へー、どうしようもないからそういうことにして本人に聞いたわけじゃないんだ」
十分話せたから教室に戻ることにした、ゆみこを連れて行くということを忘れたことをいまさら思い出したというのもあった。
それでも親友は友達と楽しそうに話していたから邪魔をせずに大人しく席に座っておくことにする。
「あれ、いつの間にか戻ってきていたのね」
「私もこのクラスですからね」
朝から疲れた、放課後に佐藤先輩が離れてからどういう反応をされるのかが気になって落ち着かないというのもある。
だって今日はまだあの人の声を一度も聞いていないからだ。
「恋って難しいね」
「そんなの当たり前じゃない、簡単にどうにかなることなら私がここまで困ることもなかったわよ」
「兄としん先輩は似ているかもしれない」
「そういうことね……」
ふたりで朝から大きなため息をついた。
だけどこのままだと雨が降っているのもあって気分が滅入るので、しっかり切り替えて授業などに向き合うことにした。
今日よく分かったのはお昼休みは最高、食事は最高ということだ、これがあるからこそ毎日やっていけている気すらしていた。
「それ、私も行っていい? 今日はごうさんといられないから」
「いいよ、佐藤先輩もゆみこに興味があるみたいだしね」
仲間は多い方がいい、それに自分からそう口にしてくれたのは大きい。
本人が嫌だと言っているのに何度も誘うのは違うからだ、まあ、一回無理だと言われたら大人しく諦める人間だけどね。
「佐藤さん、ちょっと船生さんと先に行っていてくれないかな」
「分かった、それじゃあ行こー」
「そうね」
ま、まさか先に仕掛けてくるとは、先輩も先輩で焦れったかったということなの?
「なんで朝、名前で呼んでくれなかったの?」
「ち、近いですよ、あ、私は恥ずかしくてできなかっただけですけど……」
「なんで名前で呼ぶことが恥ずかしいの?」
不安になって黙っていたのではなくて怒りで黙っていたみたいだ、先輩にしては本当に怖い顔をしているから多分そうだ。
なんかそんな顔をされていると分かったらむかついて先輩を軽く押す、が、こうされると考えていなかったのかそれで倒れそうになってしまったから慌てて支えるしかなかった。
「なんでそんなに弱いんですか……」
「い、いや、いきなり押されたら誰だってこうなるよ……」
大丈夫ですかなんて聞いたらマッチポンプになってしまうから言わせてもらった。
先輩はもっと鍛えた方がいい、いまだってかなり弱い力で押したのにこれだから困ってしまう。
「って、先程までのあなたはどこにいっちゃったんです? いつもの豊崎先輩になっちゃっているじゃないですか」
「僕は僕だからね、それにさっきのあれだっていつもの僕のままだけど」
「怖い顔をしていましたよ?」
「え、僕は単純に悲しかっただけだけど……」
そ、そんなことがあるか! はぁ、これは話を逸らそうとしているな。
それでもとりあえずふたりを待たせているから向かうことにした。
離れてしまったら嫌だからしっかりと腕を掴んで、だけどね。
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