102作品目

05話.[関係ないわよね]

「むぎゃ！？　……な、なに？」

「たまには私が相手をしてあげないといけないから止めたの、あんたどうせ今日も先輩のところに行こうとしていたんでしょ？」

「そ、それならいきなり掴まないで言ってくれればよかったのに……」

「それだと邪魔しているみたいで嫌じゃない」

　邪魔ではないけど結局止めていることには変わらない、だから彼女のそれは正しいとは言えなかった。

「で、先輩とはどうなのよ？　ちなみに私達の方はこれまでとなんにも変わらない感じだけどね、ちっ」

「兄だからね、すぐに変化が起きるわけじゃないよ」

　ただただ仲を深めるためだけにしているのならなかなか残酷な話だった。

　でも多分、もしこのままだったとしてもいることはやめないんだろうな。

　自分の内側にあるごちゃごちゃした感情を抑えつつ、そんなの相手の自由だからと無理やり自分を納得させていそうだ。

「で？」

「連絡先を交換してからは毎日やり取りをしているかな、あ、名前で呼んでくるようになったよ」

「あんたは呼んでないの？」

「私はまだ恥ずかしくてちょっとね……」

「なんであんたが恥ずかしがってんのよ、そういうのを一切気にしないのがあんたじゃない」

　わ、私だって普通の人間なんだから恥ずかしくてできないことだってある。

　というか、そういうところばかりを見せてきたはずなのにその発言はなんでなのと言いたくなる。

　なんでも気にせずにできるのであればいまみたいにはなっていないだろう。

「つか、初なの？　やり取りをしたぐらいでなによ」

「さ、最近知り合ったばっかりなんだから普通の反応だよ」

　長く一緒にいたわけではないからゆっくりやっていく必要があるのだ。

　私達には私達のペースというものがある、だから相当焦れったくならない限りはこのままでいい。

　簡単に言ってしまえばいまの緩さでも仲良くなれているからだ、もしそうではなかったら……どうしていたんだろうね？

「あ、教室にいたんだー」

「親友に止められまして、ところでなにか用があったんですか？」

　あれからは私の方から行くようにしていたからなんか懐かしい感じがした。

　佐藤先輩とだって何回も話した結果、単純な私にとって苦手な人ではなくなった。

　まあでも、これぐらいの人間性の方が上手くやっていけそうだから気になってはいなかった。

「それがやたらと豊崎君に絡み続ける女の子がいてねー、あっ、これはなぎさちゃんに教えなきゃって思ってねー」

「優しい人ですからおかしくないですよ」

「ふむ、そういう対応をするんだ」

　それでも特に用という用もなかったようで安心している自分も本当はいるんだよ。

　なにかしなければならなくなるとやっぱり変わってしまうからそういうことは少ない方がいい。

　ちなみにそういう報告はいらないと言っておいた、ただし、先輩になにか異変を感じたりした場合には教えてほしいとも言っておいた。

　同じ学年というわけでもないからどうしても情報を把握しようとする際に遅れてしまう、なにかがあった後では遅いから協力してもらうしかない。

　そう頻繁に席替えをするというわけではないから当分の間は隣のままだろう、それだったら簡単に見ることもできるわけだから佐藤先輩の負担も少ない……よね？

「私にそうしてほしいならなぎさちゃんも私のために動いてくれるよね？」

「あ、はい、自分にできることならしますけど」

「それなら付いてきて、あ、ゆみこちゃんも行く？」

「んー、そうね、少し興味があるから付いていくわ」

「それなら行こー」

　どこに連れて行くんですかとか聞かなくても分かってしまう。

　先輩と女の人が会話をしているところを見せて私の反応を見ようとしている。

　本当にそういうのは自由でこちらが嫉妬とかすることはないのにそんなことをしても意味がない。

「じゃーん！　実際は上戸君と話す女の子でし――」

「はあ！？」

　ゆみこはかなり怖い顔でそんな場面を見ていた、それから「ちっ」と舌打ちをして戻っていってしまう。

　佐藤先輩がわざとそういう風にして煽っているというわけでもないため、私はそれについては特になにかを考えたりしなかった。

　……直前に分かってしまうとか考えておいてこれだから恥ずかしかったというのも実際にはあったけど……。

「勘違いしないでね、私は煽りたいとかそういうわけじゃないから」

「はい、分かっていますよ」

「んー、それにしても上戸君の方はよく女の子が近づいてくるものだねえ」

「豊崎先輩は違うんですか？」

「私ぐらい？　話すとしても係の仕事とかそういうことで話しているところしか見たことがないかな」

　そうなのか、先輩のことだからひとりだけで十分とか考えていそうだ。

　ちなみに私もそれは同じだ、ゆみこがいてくれるから積極的に同学年の他者と関わろうとはしていない。

　だけど無駄だとか切り捨てているわけではないため、たまにクラスメイトと話せるとおおとなることが多かった。

「上手くいってくれればいいけど、どうなるんだろうね？」

「分からないからこそ怖くもあり、ちょっとしたわくわく感とかもありますよね」

「ははは、見ている側の私には怖さとかなにもないけどね」

　こういうときだけはそれが羨ましく感じた。

　でも、恋に興味がある人間としてはやっぱり恋をする側の方がいいよと終わらせたのだった。

「むかつく！　同級生だからってほいほい近づくんじゃないわよっ」

　グラスをちょっと乱暴に置いてこっちを見てきた、今日の彼女からは顔からも分かりやすく「私むかついています」というのが伝わってきていた。

「兄にむかついているというわけではないの？」

「は？　そんなの当たり前じゃない、……そもそも自由だって分かっているしね」

　彼女は頭をがしがし掻いてから「注いでくる」と歩いて行った。

　今日はもう既に四杯目だ、いつもなら私がケチくさい思考でそうした際に注意する側なのに全く冷静になれていない。

　私としてはたかだか女の人と話していた程度でそこまで荒れる必要があるのかと言いたくなる。

　だって仮に話されていたって関係が初期化されるというわけではない、その人よりも積み重ねてきたものがあるということを忘れてはいけない。

「会話をしていた程度でなんで、とでも言いたげな顔をしているわね」

「うん、それぐらいで慌てる必要なんかないよ」

　隠すつもりはなかった、喧嘩になってしまったら嫌だけどなんでもかんでも抑え込めばいいというわけではない。

　彼女は睨んできたりはしなかった、それどころか違う方を見て「これまで一緒にいられたからって勝てる保証なんてないでしょ？」と言ってきた。

「それはそうだけど、ちょっと大袈裟に反応しすぎかなって」

「はぁ、やっぱりこういうことに関してはあんたの方が強いわね」

　失恋ダメージをなんとかするために一ヶ月全部使うことになった人間が強いと言えるのだろうか？

　また、それこそいまは恋をしていないからという見方もできてしまうことだ。

「だってあんたは先輩が女の人と話していると言われても全く動じていなかったじゃない、私にはできなかったことをしたじゃない」

「そういうつもりで意識していたら同じ反応を――」

「いや、あんたはそんなことをしないわ」

　謎の評価を受けている、私は強いということになっているらしい。

　隠さずに言えるというところとかがそれに該当するということなら、違うとかそういう風に言う必要もないのかもしれないけど。

「ごうさんのこと以外は関係ないわよね、大事なのは私が頑張れるかどうかということなのよね」

「うん、振り向かせられるかどうかだから」

「そうね、よし、こんな変なのはいま捨ててまた頑張るわ」

「うん、応援してる」

「……あんたも頑張りなさいよ、応援じゃなくて自分の気持ちを優先してね」

　少ししてからお会計を済ませて退店し、今度は私の家でゆっくりすることにした。

　ここなら自然と兄とも話せるから彼女的にはいい場所と言えるだろう。

「おかえり」

「ただい、え、なんで豊崎先輩がいるの？」

「ふたりがどこかに行ってしまったから付き合ってもらうことにしたんだ、色々と話も聞きたかったからな」

　なるほど、ちょっと過保護な兄だから妹とどこまで進んでいるのか気になってしまったということか。

　だけどそれなら丁度いい、したい話とかも終えている状態だと思うから先輩の腕を掴んで客間まで移動した。

　なんとなくふたりきりにしてあげたかった、一緒にいる時間を増やせば複雑さなんてどこかにいってくれるはずだった。

「なんか兄がすみません、結構ああやって急に行動しようとしたりするんですよね」

「それはなぎさちゃんもそうじゃない？」

「え、私は違いますよ」

　私で言えば情報を把握しようと意識して佐藤先輩と過ごそうとするということだ、

そんなことは一回もしたことはないから先輩の発言は間違っているとしか言えない。

「船生さんとどこに行っていたの？」

「ちょっとファミレスに行ってきました、ジュースを調子に乗って三杯も飲んでしまったからたぷんたぷんですよ」

「あるある、なんか少しでも飲んでやろうと考えちゃうよね」

　私がお金持ちなら「一杯で十分よ」と言っていただろうけど、残念ながらそうではないからとにかく飲んでおこうと考えてしまう。

「それならちょっと歩かない？　あ、ちゃんと送るから安心していいよ」

「豊崎先輩ってここが嫌いなんですか？　そうやってすぐにどこかに行こうとしますけど」

「違うよ、なんとなく外の方が話しやすいだけなんだ」

「それならいいですけど。着替えてくるので待っていてください」

　気に入っている場所だから嫌われてしまうのは嫌だった。

　そりゃまあ慣れない場所だろうから落ち着かないのかもしれないけど、それでも嫌いになるほどでもないと思うのだ。

　両親がうざ絡みをしてしまったとかそういうことでもないのだから、うん、好きにならなくていいから嫌いにもなってほしくなかった。

「わがままなのかなあ」

　人によって違うということは分かっているから難しくなる。

　これこそ人それぞれで考えるだけ無駄だと言われることかもしれないから終わらせて先輩のところに戻った。

「はい、今日は私がちゃんと集中できるかどうか見守ってて」

「いるだけでいいんですか？」

「そう、なぎさちゃんのお仕事は近くにいることだけです」

　いまどきないと思うけど「代わりに課題やって」とかそういうことではないのか、それだったら全く構わないからゆっくり座っておくことにする。

　ただ、何気に先輩の席に座っているのもあってなんか気になり始めたところで、落ち着かなくて立ち上がろうとしたときに両肩を掴まれて強制的に座らされることになってしまった。

「私がここに座れと言ったわけじゃないんだよ？　右隣だって空いていたのに迷いなくなぎさちゃんはその席を選択したんだ。いつもこの教室に来ているから分かっているはずなのに、だよ？」

「そ、それは知り合いの席の方が座りやすいかなーと思いまして……」

「でも、なんか落ち着かなくなっちゃって違うところに移動しようとしたよねいま」

「ひ、酷いですよ、分かっていても気づかないふりをするのが必要だと思います」

　今日に限って先輩がいないから「まあまあ」と止めてくれる人もいない。

　苦手な人ではなくなったけど圧倒されることも多いからやっぱりまだまだ他の誰かに近くにいてほしいと考えてしまう。

「そんな反応を見せるくせに『私はあくまでお友達として仲良くしたいんです』とでも言いたげな感じだよね」

「結局、仲良くなれなければ付き合うことだって不可能じゃないですか」

「そうだね、だけど頑なに違う自分に意識を向けたりしようとしないところがもう恋をしている子あるあるなんだよね」

　仮にそうなっても私は構わない、ただ現時点ではそういうつもりではないというだけの話でね。

「どうなの？」

「い、いいから課題をやってください」

「あー、そうやって逸らすんだー」

　や、やっぱり駄目だ、……今度からはゆみこを連れてくることにしよう。

　幸い、今日みたいに放課後に来ることはめったにないからゆみこの恋路を邪魔してしまうということもない。

「おーわりっと、なぎさちゃん、まだ時間ってある？」

「はい、この後しなければいけないこととかありませんからね」

「じゃあ付き合って、お姉さん相手をしてもらえないと寂し死しちゃうから」

「分かりました」

　嫌だー、佐藤先輩とこれ以上ふたりきりで行動するのは嫌だー。

　でも、突拍子もないことを言ってくるというわけではないからそこまで過剰に嫌がる必要もないかとすぐに片付けた。

　なんでも気の持ちようなのだ、自分が悪い方にばかり考えているから実際にそういう風になってしまうきっかけを作ってしまっている。

「ここですここです」

「え、ただの道……ですね？」

　先輩の家の近くでも私の家の近くでもない、だからなんとなく佐藤先輩の家の近くなんじゃないかと想像してみた。

　それでも佐藤先輩からしたらそれはどうでもいいらしく「ここで手を叩くと～、はい！　なんと豊崎君が出てきます！」とか言って、言って……。

「えぇ、なんでこんなところにいるんですか……」

「ははは、ここで隠れててって言われてしまってね」

　私が言うことを聞かないで帰っていたらどうするつもりだったのだろうかって、佐藤先輩に頼まれていまこうしてここにいるわけだから関係ないか。

「ちゃんと来てくれてよかった、そうでもなければただの怪しい人間だからね」

「豊崎君のことを聞いてなぎさちゃんが来ないわけないでしょー」

「内緒にしていたんじゃないの？」

「きっとこうなると察していたはずだよ、それでもなんか冷静に対応できてしまうのがなぎさちゃんなんだけどね」

　また先輩の家に連れて行くつもりなんだろうなぐらいの考えでしかなかった、だからこんな中途半端な場所で会うことになって普通に驚いている。

　そういうのもあって今回のこれは冷静に対応できているとは言えなかった、正直に言ってしまえばただ固まっているだけだ。

「もう、無理なら無理とちゃんと断ってください」

　なんでも受け入れようとしては駄目だ、そんなことを続けていたら疲れてしまう。

　大学を志望するみたいだからすぐに忙しくなるということではないけど、学校が終わったならゆっくり休むべきだ。

「連れてきてくれると信じていたから」

「学校で来てくれたらよかったじゃないですか」

「だよね、ははは」

「笑い事じゃないですよ」

　とりあえずこの中途半端なところから移動する、……そうしたらなんか佐藤先輩の家に上がらせてもらうことになってしまったけど先程の場所よりはいいと片付けた。

　仮にこれから仕掛けるとしたら学校でしてくれと頼んでおいた、ただ単に自分が先輩と一緒にいたいということなら回りくどいことはしない方がいいともね。

　自分勝手に振り回しているわけではないから私のこのことについては言える資格があった。

「む、なぎさちゃんのためにしてあげているのに」

「そんなこと頼んでいません、豊崎先輩に迷惑をかけたくないのでそのためならやめてください」

「ふーん、そんなこと言っちゃうんだ？　そんなことを言っちゃう子にはこうだ！」

「きゃっ、あ、あははっ、く、くすぐったいですよっ」

　くすぐりには耐性がないからいつも負けることになる。

　正しいことを言ったはずなのにどうしてこんな目に遭わなければいけないのと文句も言いたくなったけど、それはこっちをにこにこ笑みを浮かべて見てきている先輩を見たときに消えた。

「ひ、酷いことをされていたのに止めるどころか笑っているって最低ですねっ」

「あ、違うよ、仲が良くていいなあと感じていただけでさ」

「感じるのはもっと平和なときにしてくださいよ……」

　なにもいまじゃなくていいでしょ……。

　先輩も佐藤先輩と同じで質が悪い存在なのかもしれなかった。