04話.[もう好きですよ]

「ねえねえ、テストって今日で終わりですよね?」

「気持ちが悪いから敬語はやめなさい、心配しなくても今日で終わりよ」

「ふふふ、それならまたゆっくりのんびりできる日々に戻るってことだね」


 結果が分かるのは来週だけど不安になる必要はない、私は馬鹿というわけではないから赤点なんて取らない。

 そして終わったからには自由にするだけだ、教室に残ってみたり急いで帰ってもいいと思う。


「あ、私は今週の土曜日、ごうさんと出かけてくるから」

「うん、楽しんできてね」

「だけどそれまでゆっくりするわ、いまから不安になっていても仕方がないし」


 ちなみにこっちはあれからも豊崎先輩とはいられていた、いや、寧ろ多く来るようになった? のかもしれない。

 ただ、佐藤先輩が変なことを言った結果かもしれないので、私は来てくれる度に無理をしないでくださいと言うことにしている。

 義務感とかそういうことから来ているのであれば私はいらない、お互いに気持ち良く過ごせないからすぐにやめるべきだろう。


「やっほー」

「こんにちは」


 いつもと変わらない感じの佐藤先輩が現れた。

 何故かひとりでこうして来るから少し困る、私ひとりではなんとなく対応したくないから先輩を連れてきてほしいと言いたくなってしまう。

 でも、そんなことを言ったら間違いなく先輩にとって再び悪い結果になってしまうからできない、という風になっているのだ。

 だから私はひとりで対応するしかない、最近のゆみこはすぐに寝るか帰るかという感じだから期待できない。


「豊崎君も待っているから行こうよ、なぎさちゃんは一緒にいたいでしょ?」

「分かりました、まとめるので先に行っていてください」

「気にしないでいいよー、私はここに座って待っているからさー」


 もっとも、量があるわけではないからそれはすぐに終わった。

「行こー」と元気いっぱいな佐藤先輩の近くを歩いているとすぐのところで先輩が待っていてくれた。


「お待たせー」

「大丈夫だよ、それじゃあ帰ろうか」


 それでもこうして三人で帰ることが当たり前にはなっていなかった。

 ほとんど先輩とふたりきりで佐藤先輩がいることは少ない。

 遠慮してくれている……のかな? そういうのだったらいらないんだけどな。


「私はふたりが順調に仲良くなれているところを見て楽しんでいます」

「そうなの?」

「うん、だから気をつけた方がいいよー? 全部見られているからねー」


 一緒にお弁当を食べたり話したりすることが多くなっただけでそれっぽい雰囲気になったりすることは一度もなかった。

 当たり前と言えば当たり前で、私達はあくまで友達だからずっとこんな感じのままだと思う。

 そういうのもあって、私達を見ていたところできっとすぐに楽しめなくなりますよと言っておいた。

 というか、先輩に興味があるのならその時間を仲を深めるために使うべきだ。


「なぎさちゃん、誰だって自分が恋をすることに興味を抱いているわけではないんだよ、たまにはこうして見ていられる側の方がいい人間もいるの」

「見ているだけでいいんですか?」

「うん! だって自分が慌てるところを見たってなんにも可愛くないでしょ? それに比べて恋をしている子達はとにかく可愛いの! あ、ストーカーとかそういうのは論外だけどね、好きな相手を困らせるなんてありえないしー」


 この様子だと過去に大失敗をして~という感じではなさそうだ。

 なるほど、確かに第三者の立場だったら悪いことなんてなにもないかと納得した。


「だけどお姉さん、焦れったくなっちゃうことも多いんだよねー」

「自分の理想通りにはなってくれませんからね」

「そうそれ! あと、分かりやすく態度に出しているのにそれに気づかない子とかも多くてさー」


 兄だな、それで何度もゆみこは「なんでよー」と言ってきた、だけど兄がそうするのも自由だから一気に複雑なことになる。


「本当は気づいているけど踏み込む勇気が出なくて気づかなかったふりをしているのかもしれないよ?」

「勇気かー、多分、好きな子が相手なら出ないよねー」

「うん、だけどそうやって頑張ろうとした瞬間が佐藤さん的にはいいんだろうね」

「そうだよー、いやー、なかなか話が分かりますなー」


 もう少しこちらも頑張ってみよう、苦手なままにしておくのはもったいない。

 この感じなら敵視されることもないだろうし、寧ろ仲良くなれた方がきっと行動しやすくなる。

 とはいえ、友達になってくださいとぶつけるのは違うので、こちらもできる限り一緒にいられるようにと行動するのが大切だと終わらせた。


「あ、私はこっちだから」

「気をつけてね」

「ありがとー、なぎさちゃんもじゃあねー」

「はい」


 ちなみに私はこのふたりで歩いている時間が既に好きだった。

 話を聞いてくれるし、先輩も色々な話をしてくれるから楽しい。


「こうして上戸さんと一緒に帰れるとなんか安心するんだ、まだまだ出会ったばかりとも言えるぐらいなのに本当に不思議だけど」

「私もこの時間がもう好きですよ、豊崎先輩と帰ることができると嬉しいです」


 元々昔から隠そうとする人間ではない、それにこれならなんらかの強制力が働くというわけではないから気にしなくてもいいだろう。

 あとは悪く言っているわけではないというのもある、出会ってからはなんだかんだで一緒にいる存在からそう言われて悪い気というのはしない……はずだ。


「それも……冗談?」

「いえ、本当にそう思っていますから」


 この前のあれだって本当は冗談なんかじゃなかった、男女でああいうお店に行っていると考えるとデートのようにしか見えなかった。

 ただ、言うなら相手のことを考えろよという話になる、出会ったばかりの人間が相手ならああいうのは駄目なのかもしれない。


「私はもっと豊崎先輩と仲良くなりたいです、でも、誘ってばかりだと迷惑をかけてしまいますから我慢している状態なんですよね」

「我慢なんてする必要はないのに」

「ある程度仲を深めるまではこの距離感が一番いいと思います、というか、そうしないと変な行動が多くなりそうですから」


 一方通行になるのは嫌だ、ただ友達として仲良くしたいということであっても相手にその気持ちがなければそういうことになってしまう。

 簡単に言ってしまえば怖かった、だからいまみたいに来てくれたら相手をする程度に抑えておくのが一番気が楽だった。

 だけどこのままずっと来てくれる保証なんてない、そういうことを続けていればその前提すらなくなりかねない。


「豊崎先輩を困らせたくないから、ですからね?」

「上戸さんの気持ちだけを優先するならどんな感じになるの?」

「私だけの……」


 いやでも、男の子として好きとかそういうことではないから普通に一緒にいようとするだけだと思う。

 それとも、自覚してしまわないように何度もこうやって言い聞かせているだけなのだろうか?

 違う違う、さすがにちょろい人間であったとしてもこの短時間で好きになったりはしないよと慌てて捨てておいた。


「自分の気持ちを優先するならもっと誘いますよ、平日だけではなくてお休みの日も一緒にいられるようにって」


 連絡先だって交換してもらって毎日やり取りがしたいとそんな風に考えている。

 ここで問題なのがあくまでみんなに対して求めたい、ということだ。

 今回はたまたま先輩だったから言っているだけであって、特別扱いをしているとかそういうことではなかった。

 あ、もちろんこの状態で他の男の子にも近づくなんてことはしないけどね。


「遠慮しなくていいよ、どんどん誘ってくれればいいから」

「それは私が友達になってくださいと頼んだからですか? 義務感とかそういうことから言ってくれているんですか?」

「最初は確かに頼まれたからだったけど、いまは義務感とかそういうことからじゃないよ」


 先輩は笑ってから「いまは上戸さんといたいから近づいているんだ」と。

 事実、先輩はそうしてくれているからそう言っている割には云々などと言う必要もなかった。

 そうか、私といたい、か。


「それならこれからも一緒にいてください」

「うん、任せてよ」

「だけど今日はとりあえずこれで解散、ですね」

「そうだね、それじゃあここで」


 家までゆっくり歩いて、家に着いたら速攻で部屋に移動してベッドに寝転んだ。

 怖いとか言っておきながら結構大胆なことを言っていた気がする。

 全部言ったわけではないからもしかしたら勘違いされてしまったかもしれない。


「違うから! まだそういうのじゃないんだから!」

「なにが違うんだ? 先輩と仲良くしたがっているのは本当のことだろ?」

「それはそうだけどさ、え、いつからいたの……?」

「いま来たんだ、話しかけても反応がなかったから心配になってな」


 テスト週間はとにかく帰ってくる時間が遅かったのに今日に限って家に早く帰ってきているなんて……。

 まあでも、直接先程の会話とかを聞かれたわけではないからそこまで慌てる必要もないかとすぐに終わらせることができた。


「豊崎先輩に近づいているのは好きだからとかそういうことではないからね?」

「それはそうだろ、なぎさは一目惚れとかしないだろうからな」

「うん、私はただ友達として仲良くなりたいだけなんだよ」


 まったくもう、佐藤先輩が変なことを言うからいちいちこんなことを言う羽目になったじゃないか!

 見ている側でいることを決めているのなら干渉は避けるべきだ、それで進んだ関係なんて本当の意味で上手くいっているということにはならない。

 なんかそういうことで変える人ではないだろうなと謎に考えてしまっているので、うん、余計な心配はいらないだろう。


「というか兄さん、ゆみこを独占しないでよ」

「今日は一緒にいないだろ?」

「どうせさっきまで一緒にいたとかそういうことじゃないの?」

「一緒に帰ってきたけど連れてきてはないよ」


 こうなると誘ってやってくれと思ってしまう自分勝手な人間だった。

 そう、こういうところがあるから頑張って抑えているのだ。

 だから先輩ももう少し気をつけて発言をした方がいいとしか言えなかった。




「はい、あ、豊崎先輩だったんですね」

「うん、さっき上戸君から家にいるってことを聞いて寄ってみたんだ」

「上がってください、両親とかはいないので心配する必要もないですよ」


 仮にいたとしても先輩の母みたいに元気というわけではない、そのかわりに相手が帰った後にハイテンションになるからどちらにしても被害に遭うということはないから安心してくれればいい。


「どうぞ」

「ありがとう」


 連絡先を交換するぐらいはいいのかななんてお茶を飲みながら考えていた。

 いやほら、交換できていた方がこういうときに確認しやすくていいでしょ?


「上戸君と船生さんはよく一緒にいるんだね」

「私と同じぐらい一緒にいますからね」

「もしかしてどっちかは好き……だったりするのかな?」

「すみません、それは言えません」

「あ、そうだよね、なんかごめん」


 正直、あのふたりの心配をする必要は全くなかった、こちらが動かなくたって本人達が自然と一緒にいるようにしているからだ。

 そもそも私は他者のことを心配している場合ではない。


「豊崎先輩と佐藤先輩もよく一緒にいますよね」

「ああうん、席替えをして席が隣同士だから話す機会が多いんだよ」

「動かなくてもお友達と話せるのはいいですね」


 私もときどき隣の女の子と会話をしたりする。

 授業の話とか好きな食べ物の話とかそういうの、毎日一緒に行動をしているというわけでもないのにその時間だけはほんにゃりとした雰囲気になってくれるからいい。

 もっとも、色々なことを聞かれて私がひとりでぺらぺら話しているだけなんだよ、あの子もどうして私の情報を得ようとしてくるのだろうか?


「あ、勘違いしないでね? 僕と佐藤さんはあくまで友達というだけだから」

「え、あ、はい、え、どうしてそれを私に……?」

「あ、いやっ、なんか……言っておいた方がいいかなって」


 別に好きでもそうではなくてもどっちでもよかった。

 仲良くしていけば佐藤先輩だってきっと振り向かせられるはずだ、だから先輩が気になっているのならそのために頑張ろうとするのは当然のことだ。


「僕がいま仲良くしたいのは上戸さんだから」

「はい、ありがとうございます」


 でも、なんか違うみたい、さらに重ねてこられたらそのまま受け取るしかない。

 先輩はこうやって繰り返すことで義務感とかじゃないんだよと私に伝えたいのかもしれなかった。


「だから……さ、いいかな? こういうときに誘いやすくなるからさ」

「分かりました、ちょっと待っていてください」


 スマホを常に持ち歩くというわけではないから部屋に移動、ベッドの中央付近に適当に追いてあったソレを持って一階に戻る。

 なんとなく操作は任せることにした、こういうことがある度に気恥ずかしくなってしまうから仕方がない。

 慌てたらタップミスをして時間がかかってしまうかもしれないし、そういうことで無駄に時間を使わすのは違うからね、うん、面倒くさいからじゃないよ。


「ありがとう、迷惑にならない範囲でメッセージを送らせてもらうことにするよ」

「はい、待っていますね」


 ところで、今日はどれぐらいいるつもりなのだろうか?

 兄とゆみこはお出かけしているうえに夕方まで帰ってこないらしいので、その時間までふたりきりでいるとなったらちょっと気になってしまう。

 違うようで違わなくて違うから忙しくなるのだ。

 ただ、勘違いされていたとしても構わないかなーなんて考えている自分もいるからごちゃごちゃしてしまうというだけの話だった。

 先輩のことはもう人としては好きだ、そうでもなければあんなことを言ったりはしない。


「あー、なんかお店でも見に行こうよ」

「気になるお店があるんですか?」

「特にないけど、一緒に見て回ったら楽しいかなって」

「分かりました、それならちょっと着替えてきますね」


 なんで急にあんなに落ち着きがなさそうになっちゃったんだろとか考えつつも部屋に戻って着替えを済ませた。

 すぐに帰られてもひとりで延々と寂しい時間を過ごすことになってしまうため、これは普通にありがたい提案だった。


「どこに行こうか」

「すぐには出てこないのでとりあえず歩いてみましょう」

「そうだね、そうしよう」


 まだ二週間ぐらいはあるけどそれが終われば六月になる、六月になったら雨も降ってこうしてゆっくり歩くことも傘があることで面倒くさくなるからその点でもいい。

 でも、急に話さなくなったりするところは微妙かな、だってなんかしちゃったんじゃないかって不安になるじゃん。


「上戸さんは優しいね、いつも付き合ってくれるよね」

「優しいのは豊崎先輩ですよ、いつも来てくれるじゃないですか」


 ゆみこは最近、兄とばかりいるからゆっくり一緒に過ごすことができていない、そういうときに来てくれる存在がいるのは本当に感謝しかない。

 こう言ってほしくて口にしている……わけではないよね、うん、先輩のことだから本気でそう考えてそうしていそうだ。


「え、そうなの? 僕は自分の気持ちを優先していただけだから正直そう言われても本当かなって不安になっちゃうんだけど……」

「え、自分の気持ちを優先した結果なんですか? それだと……私といたいということになりますけど」

「え、何回も言っているよね? その通りだよ、一緒にいたいんだよ」


 違う違う、別にそのことはもうちゃんと分かっているのだ、再度聞いてもっと安心しようとしたとかそういうことでもないのだ、私はただ今回も気恥ずかしさをなんとかするためにしただけだった。


「そうでしたね、ははは」

「適当じゃないからね、そのことだけはちゃんと分かってほしい」

「はい、大丈夫ですよ」


 不安になってしまうということだろうからやめよう。

 そういうことで安心感を得られるわけでもないのだからやる必要がそもそもないと言えた。

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