03話.[それなら行こう]
「な、なんと!?」
美味しい甘い物が食べられるお店が近いところにできたという話をクラスメイトの会話から得られてしまった。
ただ、お金はあるけどこの前も言ったように全部蓄えようとする私の体的にいいのかどうかで真剣に悩んだ。
ゆみこはそこまで興味を抱いているとかそういうことではないため、多分、この話をしても「好きにすればいいじゃない」と言われて終わると思う。
「どうしたの?」
「あ。甘い物って魅力的だよね」
「うん、そうだね」
こうなったら豊崎先輩に頼むことにしよう。
この前帰路に就いている最中にそんなことを話していたから迷惑というわけでもなさそうだ、あとは仲良くなるために一緒にいる時間を増やすためにだ。
「とよさ――まあ、そりゃそうだよね」
女の人と仲良く話していたから諦めて教室に戻る。
仕方がないから今日はひとりで行こう、美味しい物のためだったらひとりで行くことになったとしても問題はない。
食べ終えて退店した後は少し歩けばいい、そうすれば多少は脂肪になってしまう可能性も下げられるはずだった。
そういうのもあって放課後になったらすぐに移動を開始した、お店ができたばかりなら混むだろうからある程度は急ぐ必要があった。
「んー」
混んでいたけど無事に着席、注文を済ませてからそう時間も経たない内に運ばれてきたからその点でも安心だ。
正直、嫌いな食べ物以外は不味いと感じたことがないため、感想は美味しいというそれしか出てこなくて苦笑したのは内緒だ。
いつまでも自分の語彙について考えていても仕方がないからお会計を済ませて退店した、なかなかに満足感が高かった。
「あれ、上戸さん?」
「豊崎先輩? ああ、なるほどデートですね?」
どうやら近くにあの女の人はいないようだけど、まあ、遅れてくるとかそういうことだろう。
ちなみに先輩は少し困ったような顔で「隣とかをちゃんと見てから言ってよ、僕ひとりだよ」と言ってきた。
「ひとりでどうしたんですか? あのお店に興味があるんですか?」
「ちょっと興味があったんだけど女の子が多いから諦めたんだ」
「それなら付き合いますよ? いま出てきたばかりですけど」
「え、そんなの悪いよ、感想だけ教えてくれないかな?」
「いいからいいから、興味があるなら行きましょう」
この前みたいに腕を掴んで移動する。
女性限定で入れるお店というわけでもないんだから気にすることはない、興味があるなら堂々と入ってしまえばいい。
やっぱりこういうところは心配になる人だ、見ていてあげなければとなる人だ。
ただ、このとき私が気をつけなければいけないことは偉そうな態度になってはいけないということだったけど、ちゃんとできているだろうか?
「なんかデートみたいですね、私が無理やり連れてきただけですけど」
「で、デートって……」
「はは、冗談ですよ」
そ、そこで本気で困ったような顔はやめておくれよ……。
自分できっかけを作っておきながら本気で悲しくなったので、先程食べたのに来店しているならと注文して食べることにした。
いやほら、このままこれを持ち帰りたくはないし、お店の中にいるのになにも頼まないというのはありえないでしょ、そんな風に言い訳をしてね。
「美味しい、上戸さんのおかげで食べることができてよかったよ」
「はい」
まあ、単純だからいまの先輩の笑みで吹き飛んでしまったんだけど……。
こうなると勢いだけで行動してしまったことが猛烈に気になってきてしまう。
全部蓄えてしまうから云々と言っていたくせにこれだから本当に微妙だ。
それでも残すわけにもいかないからしっかり食べてお金を先輩に渡した。
「それではこれで、私はいけないことをしてしまったので歩いてきます」
「僕も参加していいかな? ご飯を美味しく食べるためにも必要なことだから」
「分かりました、それなら一緒に行きましょう」
お財布事情的にも体的にもしばらくの間はもうあんなことはしない。
一定までしか膨らまないように設定していてくれればよかったのに意地悪だ。
そんなことがあるからこそご飯を食べないでダイエットとかしようとする人が多くなってしまう気がする、なんてね。
私は一切そんなことをしていないから他の人のことを考えても仕方がないよね。
「あー、もう五月かー」
「三年生の僕でもそう感じるから上戸さんにとっては特にそうだろうね」
実はあの人を誘えばよかったんじゃないですかと言いたかったんだけどそんなことはできなかった。
学年が違うことからわざわざ移動しなければ見られないわけで、そうされていたということが分かったらいい反応はされないだろう。
女の人と話しているところを見て勝手に嫉妬しているとかそういうことではないからこれだけで終わってしまう話だけど。
「豊崎先輩はGW、どこかに行く予定とかあるんですか?」
「特にないかな、掃除とかはしようと考えているけど」
「あ、私も掃除します、ありがとうございます」
……とにかくだらだらして過ごそうとしていたのは内緒だ。
だけどいまので私は気づけたから失敗をすることは絶対にないと言えた。
「ふんふふーん」
早めの方が絶対にいいから初日から掃除を始めた、途中で漫画などに脱線をしつつもそう悪くない時間を過ごせていた。
「まだ終わらないの?」
「うん、どうせなら広範囲をやろうと思ってね」
「いっぱいやろうと考えるのはやめた方がいいわよ、全部広げて手がつけられなくなって最後は押し込む、なんてことになるんだから」
そうか、それならほどほどに、しておこう。
部屋だけではなく他の場所もやれば両親のためにもなるから悪いことではない。
気持ち良く入浴をするためにもお風呂場の壁を擦ることにした。
「付いてこなくても待っていてくれればいいのに」
「ごうさんもいないんだからひとりで待っていてもつまらないでしょうが」
「ははは、寂しがり屋さんなんだね」
それなら自分と彼女のために早く終わらせよう。
ずっとこの調子が続くとは限らないし、中途半端になってしまったらやらない方がよかったと後悔しそうだったからその必要があった。
たった少しだけでもやっておけばだらだらしていただけではなかったという証拠になるため、私らしい結果で終わったことも気にしなくていい。
「あーあ、なんで初日からごうさんは遊びに行くのよ」
「誘ってくれたんだから行けばよかったのに」
「友達に悪いでしょうが、ごうさんは私のことを知っているからいいだろうけどね」
例えば先輩と約束をしていたとして、集合場所に行ったらあの女の人もいた! なんてなったら確かに私も気になりそうだった。
これも嫉妬とかではないよ? ただ初対面の人がいると緊張しそうとかそういう話でしかない。
「それにどうせ誘ってもらえるならふたりきりのときがいいじゃない」
「ははは、そうだね」
そういう人から誘ってもらえるならそれが一番いい。
違う人がいたりすると醜く行動して困らせてしまうところが容易に想像できる。
そういう自分を直視することも嫌なため、誘ってもらえるのを期待するよりも自分から誘ってしまう方がいい気がした。
まあ、それならそれで問題というやつもあるんだけど恐れてばかりいても仕方がないのだ。
「このまま家にいても寂しいだろうからどこかに行く? それこそまた歌うとかして発散させるのもいいと思うよ」
「私にしかメリットがないじゃない」
「あるよ、ゆみこといられるのならそれでいいから」
「まあ、あんたがいいならそれでもいいけど?」
「それなら行こう、じっとしているよりもいいよ」
カラオケ屋さんに向かっている途中で先輩も見つけた。
最近は誘いすぎてしまっているから挨拶だけして別れようとしたら彼女が「参加しなさい」と誘ってしまって駄目になった。
だってこうなったら付き合おうとしてしまうのが先輩だからだ。
「安い料金設定というわけでもないですから無理をしなくても……」
「無理はしてないよ、寧ろ感謝しているぐらいかな」
「そうですか、それならもう言うのはやめますね」
なんか申し訳なかったからふたりに主に歌わせることにした。
こっちはジュースを飲んでおけるだけでいい、恥ずかしいとかそういうのはないけど一度歌い出すと止まらなくなるから絶対にその方がいい。
「上手ね」
「それならよかった」
イヤホンで音楽を聴くときよりも爆音のはずなのに何故か眠たくなってきてしまったという……。
二時間ぐらいだけでも掃除をしたのが働いたのだろうか? もしそうだとしたらなんかあれだなと笑いたくなってしまった。
幸い、こっちに意識を向けてきていなかったから静かに目を閉じてぐーと寝ようとしたときのこと、急に手の甲をつねられていひゃあ!? と飛び上がった。
「ん? あんたどうしたの?」
「そういうのよくないと思うんだ」
「え、なんで急にそれを私に? そもそも誘っておきながら一曲も歌わずに寝ようとしている人間の方が問題だと思うけど?」
「言葉で伝えればいいよね? 私だってそこまで協調性がないというわけではないんだからさ」
自分がきっかけを作っておきながら「なに言ってんの?」的な顔をするのは間違いなくよくない。
「ま、まあまあ、仲良くやろうよ」
「あんたの言う通りね、ま、お互いに悪かったということで終わり――きゃ!?」
「はい、これで終わりね」
私はやっぱり聴く専でいいから大人しく座っていることにした。
たくさんジュースを飲めたり、アイスを食べられただけで満足できた。
「少しスッキリしたわ」
「ははは、私のおかげだな」
「否定はしないわ、で、これからどうすんの?」
これからどうするのかは先程考えておいたから問題はない。
「豊崎先輩はどうしたいですか? 私達は付き合ってもらったのでどこか行きたい所があるのなら付き合いますけど」
「あー、特に行きたい所とかないかな……」
「そうなんですか、じゃあこれで解散……ですね」
約束をしていたわけではないから仕方がないか。
少し残念だったけどわがままは言えないからお店の外で別れた。
「もしかして誘った方がよかった?」
「いやいや、そんなことないよ」
先輩のことを考えて行動するのならこれが一番いいことだった。
だから私は引き続きゆみことゆっくりするべく家まで歩いた。
「暇だ」
ちなみにゆみこは兄と過ごせているからここにはいないし、誘うこともできない。
そうなると途端にやれることがなくなる、ひとりで歩くような趣味もないからだらだらして過ごすしかないの!?
「ま、まあ、たまには歩いても面白いかもなー」
お洒落をするというほどではないけど着替えて外に出た。
もう五月だからなんらかのことをしたときに汗をかく可能性がある、そういうのもあって限りなく遅く歩いていた。
時間経過を期待しているのもあるから悪くはない、誰かといるとこんなのろのろとした感じではいられないからなんだか新鮮な感じもしていた。
「……のは最初だけだよね」
限りなく遅く歩くということは行ける範囲だってかなり狭くなるということだ、そうなると毎日歩いているところを歩いているだけになるから意味がない。
お金とかを預かっているわけでもないからお買い物に行くこともできない、さすがに家族のためとはいえ自分のお金で食材を買ってくるというのはちょっとね……。
だって勝手にそうしておきながら「お金」なんて求めるのは違うでしょ?
「おー」
「え? あ、私ですか?」
って、この人はあれだ、この前仲良さげに先輩と話していた人だ。
まさかこの人と遭遇するなんて思っていなかったし、ましてや、全く関わったことのない私に話しかけてくるとも思っていなかったからさすがに固まるよ。
「そうそう、最近よく豊崎君といるようになった子だよね?」
「あー、友達になってもらったので……」
名字呼びなのか、それならあんまり私と変わらないのかもしれないな。
私と違うのだとしたらそういうつもりで近づいている、というところだろうか。
もしそうなら安心してくれればいい、敵視なんてしなくたって問題はない。
「あ、私は佐藤ゆう、よろしくね」
「私は上戸なぎさ、一年生です、よろしくお願いします」
自己紹介も済ませたことで「それじゃ」となるはずが先輩はこっちを見てきているだけだった。
だから私はこの前みたいに固まって待つことしかできないまま時間だけが経過してしまい……。
「あ、もしかして豊崎君と約束をしていたの?」
「いえ、あまりにも暇すぎてひとりで歩いていただけだったんです」
「そうなんだ? ふふふ、それならお姉さんがいい所に連れて行ってあげるよ」
ぐっ、私と違ってお姉さんと発言したときの威力が違いすぎる。
豊崎先輩だってこんな姉力がある人の方がいいだろうから間違っても好きになったりしないようにしたい。
失恋ダメージというのは本当に絶大だからもう経験したくないのだ、ましてや、付き合えもせずに振られただけで終わるのはこりごりだった。
「じゃーん、ここが豊崎君の家ですよ」
「やっぱりそういう仲なんですか?」
「え、そういうこと気にしちゃう? なるほどなるほど、そういうことかあ」
「違いますよ」
が、にやにや笑みを浮かべながら「じゃあ押すね」と言ってきただけ、……こうやって聞いてくれない人っているよね……。
「はーい、え!? む、息子の友達!?」
「こんにちは、えっと、豊崎君はいますか?」
「いるいる! ちょっと待ってて!」
げ、元気な人だ、なんか豊崎先輩のお母さんって感じがしない。
「あ、佐藤さんだけじゃなくて上戸さんも来たんだ」
「私はたまたまですから、家を知って悪いことをしようとか考えていませんから」
「そうなんだ、じゃあ――」
「入って入って! 話すことなら中でもできるでしょ!」
ここで帰るつもりだったのにそういうことになってしまった、もしかしたら自分にとって先輩の存在はよくないのかもしれなかった。
しかも一度もふたりがいるところに近づいたというわけでもないのに知られていたというのが怖い。
周りに集まる女の子を明るい笑みを浮かべながら排除しそうだ、それから「豊崎君の側にいる女は私だけでいいの」とか言いそう。
「上戸さん? もしかしてなにか予定があったの?」
「あ、いえ、お邪魔します」
「うん、なにもないならいいんだけど」
もしこれで試されていたのだとしたら私は失敗したことになる、無駄に敵視されるのは避けたいからいまからでも帰った方がいいだろうか。
だけどあの元気なお母さんもここにいるからなんとなく帰りづらく、結局大人しく座っておくことしかできなかった。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
まあでも、他者と他者がいちゃいちゃするところを見ることになっても全く問題なく過ごせるということはゆみこ達の件で分かっていることだ。
アピールでもなんでもしてくれればいい、意識すれば空気的存在にもなれる人間だから気になるということもないだろう。
「豊崎君、そこの後輩ちゃんが『もっと豊崎先輩に来てほしいです』って言ってた」
ど、どういうつもりなんだ、あ、悪くなることを求めてなのか?
いまのでもっと苦手になった、これからはもっと近づかないようにしよう。
で、肝心の先輩は固まったままで返事を聞くことができないままでいる。
変な風に勘違いしてほしくないものの、いま慌てたら怪しすぎるからとにかく待つしかない。
「えっと、かみとさん? は何年生なの?」
「一年生です、だから四月に豊崎先輩と出会ったばっかりで」
今日だってここに来るつもりはなかった、なんなら自分から近づくつもりすらなかったのだ。
ただ、こうして上がらせてもらっている時点で説得力というやつがないということになる。
「一年生の女の子に話しかけるなんてしんちゃんらしくないけど……」
「急いで歩いていたときにぶつかっちゃったんだ、それから一緒にいるようになったんだけど」
「気をつけて歩きなさい。怪我はしなかった?」
「大丈夫ですよ、全く問題ありませんでした」
このままだとなんか可哀想だったからここで終わりにさせてもらった。
今日は残念ながら微妙な一日だった、そういう風にしか思えなかった。
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