02話.[満足しました!]
「豊崎先輩早くしてくださいっ」
「えぇ、そもそもどうして上戸君を隠れて見ているの?」
「たまには観察が必要なんですよ」
なるほど、どうやら男の人とばかりいるようだと分かった。
たまに女の人が話しかけてきたりもするけど、大体は分からないことを聞いているだけだからそういうつもりではなさそうだ。
これならゆみこがもやもやしてしまうということもないだろう、ただ、今後急に現れる可能性もゼロではないから安心せずに行動するべきだった。
「上戸君は男らしいよね、僕もあれぐらいは身長が大きくなりたかったな」
「身長が全てではないですよ、いいところがあれば相手の人はちゃんと見てくれると思います」
なんて、私は高身長を望んでいるわけではないから、なんだけどね。
一緒にいて安心できる人なら誰でもそういう風に見始める可能性がある。
これだけで見ると誰にでも惚れるような人間みたいに思われるかもしれないけど、いい人がいるなら仕方がない、うん。
「あ、こっちに来ますっ」
「ちょっ、近すぎだよっ」
「いいからいいからっ、兄にばれたら面倒くさいことになりますか……ら」
急に肩に触れられて意識が一瞬で持っていかれた、ついでにぎぎぎとゆっくりと振り返ってみるといつも通りの兄がいた。
まあ、兄以外の人がこうして触れてきていたら怖いからその点では安心できるものの、心臓に悪いことなのは確かなことだった。
「なにこそこそしているんだよ、用があるなら話しかけてくればいいだろ?」
「たまには私やゆみこといないときの兄を見てみたかったんだ、女の人とずっといるわけではないんだね」
「当たり前だ、女子の友達は少ないからな」
とりあえず後ろで固まっていた先輩の腕を掴んで移動する。
こうして兄が来てしまったからには観察なんてできないので、そういうのを全部忘れて会話をしていくことにした。
「おーい、豊崎先輩?」
「あっ」
「戻ってきてよかったです」
「……上戸君、君の妹さんは無防備すぎない?」
「そうですか? あ、そうなのかもしれませんね」
逃げるためには必要なことだった、別に誘惑したくて近づいたわけではない。
というか、元々こそこそと観察するために近くにいた状態ではあったため、大袈裟なんじゃないのとツッコミたいぐらいだった。
これも試しているわけではないからあれだけど、もっと兄みたいに「なにしているんだ?」的な感じで終わらせられる能力を身に着けた方がいいと思う。
「それにしてもなぎさと先輩が一緒に行動しているとはな、ゆみこはどうした、今日は一緒に来られなかったのか?」
「ゆみこは突っ伏して休んでいるよ、そんなときに豊崎先輩が来てくれたから兄の観察をしようと行動したんだ」
「先輩を巻き込むなよ、聞いてくれれば全部教えるから……」
「あはは、うん、今日で知ることができたから次はしないよ」
巻き込んでしまったのは確かだから謝罪をしておく。
出会ったばかりだというのに兄みたいに優しい人だと判断するのは早いだろうか?
ああ、だけどやたらと心配する人でもあるから全部が全部先輩の意思でそうしてくれているわけではないとちゃんと分かっておかなければならない。
こちらがなにか間違った行動をしても言えなさそうなので、困ったら直接は無理でも兄に相談してくれればいいと言っておいた。
「こんなことを言われても困るでしょうけどなぎさのことお願いします」
「え、僕らはまだ出会ったばかりだけど……」
そうだ、そういう強制力があったら駄目なんだと、友達になってくださいと言ってしまった私は思った。
急に言われても困ってしまうだろう、それといまのであっと察して来てくれることがなくなるかもしれない。
なにかがきっかけで急にそうなることだってゼロではないのだ、仮にそう言いたくなったとしてもいまのところは出さないでほしかった。
「気にしなくて大丈夫ですよ、兄はちょっと過保護なだけなんです」
「兄なら当然の行動だ」
「ありがたいけど他の人を巻き込むのはやめてよ」
「分かったよ」
これ以上ここにいるともっと困らせることになりそうだったから戻ることにした。
もう既にいまの段階で「あの兄妹は揃って微妙だ」とか思われているかもしれないから怖い。
私はともかく兄は本当にいい人だから誤解しないでほしかった。
でも、これも一緒に過ごし続けなければ証明をすることができないので、なんとか関係を長期化させるしかない。
「おかえりー」
「ただいま、ゆみこも連れて行けばよかった」
「次は行くわ、ごうさんとの時間を増やさないといけないから」
「うんっ、よろしく相棒!」
「私はあんたのご主人様よ」
それでもいいからできる限りずっと一緒にいてほしかった。
それにほら、先輩的にも兄がいるよりかはいやすいだろうからね。
多少の強制力的なものがあったとはいえ、せっかく友達になれたのだからすぐに一緒にいられなくなってしまうのは嫌なのだ。
「やっぱり食べに行くならラーメンですよね」
「意外だね、女の子ならファミレスとかそっちに行くと思っていたよ」
「人によってはですね、私はがっつり食べられる方がいいです」
どうせ同じような値段を出すのならその方がいい、って、多く食べられるわけではないからどこであっても同じような値段で満足できるんだけどね。
そうだ、これは付き合ってくれている先輩のためということにしておこう。
ちなみにこちらは男の子の前では恥ずかしくてあんまり食べられない! みたいな乙女属性的なものはないから気にせずにずずずとすすって食べていた。
「ふーむ、豊崎先輩は私よりも細いですねっ」
「え、それはないでしょ……」
「だってこの前も倒れたのは豊崎先輩ですよ? 私が急に飛び出したわけでもないのに――」
「それ以上言わなくていいよ、なんか悲しくなってくるから……」
体質によるところが大きいから適当には言えないけど、食べても太らないという風に見えて羨ましいと感じてしまった。
私にもそういうのがあればもっと遠慮をしないでいっぱい食べるというのに、残念ながらこっちが食べると全部蓄えようとするから駄目なのだ。
いやまあ、ある程度はそうなってくれないと困るんだけどさあ……。
「私もそうですけど兄がごめんなさい」
「はは、学校で謝ってくれたでしょ?」
「最低でも二度は言うようにしているんです、適当だと思われたくないですから」
ふぅ、お腹いっぱいになって少し眠たくなってきた。
迷惑をかけるのは違うから退店まで、別れる所まではいつも通りを演じた。
どうせ家に帰れば何時間でもぐーすかぐーと寝ることができる、だからそんなに厳しいことというわけでもなかったかな。
「あ、おかえり」
「ゆみこ? ……がいる割には兄がいないみたいだけど」
ご飯を作っているとかトイレに行っているとかそういうことでもないみたいだ。
となると、私になにかしらのことを話すためにここにいるというわけか。
ちなみに本人からは「あんたを待っていたのよ、まさかあの人と食事に行っていたなんて思わなかったけどね」と言われてしまった。
「私から誘ったんだ、友達になってもらったからには仲良くなってやろうと決めたからね」
「お詫びとしてそれを求めるなんて変ね」
「まあまあ、それよりなにか用があったんでしょ?」
彼女の横に座って足を伸ばしたらかなり楽になった。
あと、仕方がないけど安心感が段違いというか、こうして真横にいると甘えたくなってしまう。
我慢するような人間ではないからがばっと抱きしめた結果、意外にも怒られたりはしなかったけど呆れたような声音で「なによ」と。
「なにもないわ、あんたとゆっくりしようとしただけよ」
「それなら部屋に行こうよ、制服から着替えたいからさ」
「分かったわ」
ああ、そういえば彼女は兄がいるところでだけ素直になれなくなるみたいだ。
この前の彼女もそう、普段はこうなのに気になっている人がいるだけで変わってしまうのだから少し不安になることもあった。
恋愛には興味があるけど自分も同じようにするようになってしまったら困る、彼女はそれでもコントロールをできているからなんとかなっていると思うのだ。
上手くはできないであろう自分というやつを想像したら今日はなんか寒くなった、しかも色々言い訳をして余計に悪化させている自分というやつが容易に想像できてしまって……。
「あー、なんで私はこの間にごうさんと話そうとしなかったんでしょうね」
「すぐに戻っちゃったの?」
「一緒に帰ってきたのよ、でも、リビングにいてくれなんて言えなかったの」
「ああ、そうなったら部屋に呼びに行くのも無理だよね」
「そ、だからごちゃごちゃ考えながらあんたを待っていたのよ、まさか一時間ぐらい帰ってこないとはねー」
一時間は言い過ぎだ、ラーメン屋さんだって離れていたわけではなかったから三十分もしない内に帰ってくることができた。
誘った側だからこそあまり長時間になってしまったら迷惑をかけてしまうので、なるべく早くを意識していたのがよかったみたいだ。
「協力してほしくなったときにあんたは近くにいてくれなさそうよね」
「そんなことないよ、ちゃんと私はゆみこの近くにいるよ?」
「……頼むわよ、それと、ごうさんがいるときは可愛げがない態度でごめん……」
「いいよ! そういう可愛いところが見られて満足しました!」
「やめなさい……」
乙女だなあ、ひと目見ただけで可愛いってなるんだからすごい話だ。
私も分かりやすく恋をすれば可愛く見えたりするのだろうか?
自分が気になっている人や好きな人から可愛いと思われたらいいな……。
「ああもう、によによしないで」
「してないよー」
考えるのは自由だからそういうことにしておこう。
誰に迷惑をかけるというわけでもないから気にしなくていい。
それに悪く考えるよりは遥かにいいことだから堂々としようと決めた。
「兄、この本の続きってないの?」
「まだ発売していないんだ、物凄く時間が経っているからいつ出るのかも分からない作品と言ってもいいぐらいだぞ」
「そっかー」
そういうことが何度もあったからここで読むのをやめておいた。
そのことに意識を持っていかれるのは危険だ、もっと上手く過ごすためにもしっかり学校生活に集中する必要があった。
「なぎさ、こっちとこっちの道具ならどっちがいいと思う?」
「ど、ドライバーのことを聞かれても……」
ネジを締めたり緩めるための道具であることぐらいは知っているものの、その会社のそれは○○がいいとか言えるわけではないから困ってしまった。
だけど兄はそれでもいいからと聞いてくる、なんとなく掴む部分がオレンジ色より黒色の方がいい感じがしたからそっちと答えておいた。
「そうか、確かに格好いいよな」
「き、機能面で選ぶべきだと思うよ?」
安ければ安いほどいいというわけではないだろうし、高ければ高いほど満足度が高いというわけでもないだろう。
まあでも、なんでもそうだけど自分だけで決めきれないならいまみたいに意見を聞くというのもありか。
「っと、なぎさ的にはつまらないよな、したい話とかないか?」
「あ、それなら豊崎先輩とのことかな」
「あの人も律儀な人だな、友達になってくれと求めたなぎさもなぎさだけど」
「物とかを貰うのは違うからね」
単純だけどいまは仲良くなりたいという気持ちが大きかった。
素を出せていない結果が現在のそれということなら、私は素を出してもらえるようになるまで頑張るつもりでいる。
そうしたら仲だっていまよりは良くなっているだろうからちゃんとした友達のできあがり、ということになるわけだ。
「仲良くなれるといいな」
「うん」
「俺はゆみこともっと仲を深めるよ」
「それなら教室に来てよ、たまにはそういうこともした方がいいよ」
「なるほど、分かった、それなら明日からそうするかな」
こうやってさり気なくすればゆみこが不機嫌になることもないだろう。
多分、協力してとか言っていても私に何度も動かれるのは微妙だと思うからだ。
それにあまりに○○をしてあげてよと言ってしまうと兄の意思でそうしているようには感じられなくなる、それはゆみこにとっては嫌なことだからできないことだと言えた。
「さてと、そろそろ風呂に入ってくるわ」
「分かった、それなら私はもう部屋に戻るね」
兄との時間も大切だからちゃんと毎日こうして一緒にいる時間を作っていた。
近くにいられればそれでいいから大抵は漫画を読んで過ごすけど、たまに先程みたいにひとつの話をすることもある。
ただ、兄のそれはゆみこと同じ類のものだろうかと今日はひとりで考えることになったけど、自分のことでもないのにそうしていたら不安になってきてしまったから声を聞くために電話をかけることにした。
「いまお風呂中なんだけど」
「お風呂にまで持ち込むなんて中毒じゃん」
「そのおかげで反応できたのよ? だからそんな言い方はやめなさい」
こちらとしてはお風呂中でありがたかった、何故なら彼女は長風呂派でその間は別のことで抜ける、なんてことが絶対にないからだ。
「で?」
「あ。兄とゆみこのことを考えていたら不安になっちゃってね」
「なんでそれで不安になるのよ……」
「だって一方通行になってほしくないし……」
「まあ、それはそうだけど、あんたが不安になることもないじゃない」
彼女は少ししてから「あんたが恋をしているわけじゃないんだから」と言ってきたけど……。
「関係ないみたいな言い方はやめてよ、なんか寂しくなるからさ」
「でも、こればかりは私が頑張らなければいけないことなのよ?」
「頼ってほしい、私はこれまで散々ゆみこにお世話になってきたからね」
ずっと彼女と過ごし続けてきた、だからこそこの先もずっと一緒にいたいのだ。
既に仲が良くてもゲージみたいなものがあって増減を繰り返しているのだ、それが増えるように行動しないと変わらないか減るだけだから怖かった。
「まだ動ける感じがしないのよ、そういうつもりで動かないということはいつも通りということだからあんたの力はまだ必要がないの」
「本当に困ったらちゃんと言ってよ?」
「分かっているわ、なんでもひとりでできるなんて考えていないわよ」
なんとなくそれでも言ってくれるような感じはしなかった。
彼女のことだから「だってあんたは○○といたじゃない」とかなんとか言って躱してきそうだった。
まあ、相談するのもしないのも本人の自由だからとやかく言うのは違うけど、なんかそういうところが容易に想像できてしまってなんだかなあ、と。
「そろそろ出るわ」
「あ、ごめん、もう切るね」
「まだ続けたままでいいわよ」
「あ、そう? それならこのままでお願いします」
学校だけではなく家にいるときもと考えてしまうのはわがままだろうか?
兄だけではなくて彼女とだってこうして毎日話したいと考えている。
……これからここに先輩も加わるのだろうかと一瞬出てきて慌てて捨てた。
まだ私から友達になってくださいと言ったからいてくれているだけで、私といたいからいてくれているわけではないとちゃんと分かっていなければ駄目だ。
「これならまだ物を貰うとかそういうことの方がよかったのかなあ……」
「いまのままだとまだ本当の意味で友達とは言えないわよね」
「うひゃ!? あ、そういえば続けていたんだった……」
「ははは、あんたは独り言が多いから情報を把握しやすくて助かるわ」
「えぇ、なんかそれ嫌だなあ」
顔にも出やすいから分かりやすいとか思われていそう……。
その点、彼女はあんまりそういう話をしてくれないから困ってしまう。
言ってくれなければ相手のために行動することもできない、勝手に動いたらきっと悪い方に傾くからできないのだ。
「ま、何回も来ているから義務感とかじゃないんじゃない?」
「分からないよ、それだって私が友達になってくれーって頼んだ結果かもしれないじゃん」
「いい方に考えておきなさい」
保険をかけているようなものだった、だからそのまま受け取らないでほしい。
とにかく、そんな感じの緩いままで会話を続けたのだった。
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