102作品目

Rinora

01話.[待たせてごめん]

 譲りたくなかった、今日だけは言うことを聞きたくなかった。

 無駄なプライドだと言われたらそれまでだけど、いつでもなんでも言うことを聞いていればいいというわけではないだろう。


「ねーえー、いいでしょー?」

「駄目だ、まだ四月なんだから半袖は早い」

「私が暑がりなことは兄も知っているでしょー」

「それは知っているがそれでもまだ半袖である必要はない、周りの人間から長袖の一着すら買ってもらえないなどと思われたらどうする」

「他の人は私に興味なんか持たないよ」


 仮に四月から夏みたいな格好をしている人間を見つけたとしても一瞬、そっちに意識を向けるだけでそれ以上はなにもしない。

 当たり前だ、それぞれにしたいことがあるんだからそんなのと関わっている場合ではないのだ。

 兄に制限されたばかりに春なのに大汗をかいて恥ずかしい思いを味わうことになってもいいのと聞いてみたものの、あくまで冷静に「そこまで酷いわけではないだろ」と返されてしまった。


「あっ! もう、兄が面倒くさい絡み方をしてくるせいで来ちゃったじゃん!」

「面倒くさい絡み方をしてきたのはなぎさだろ」

「違うよ、はぁ、まあいいや」


 約束した相手が来たとなれば家の中でゆっくりしているわけにもいかないから外に出ることにした。

 結局、半袖はやめておいた、兄に嫌われても面倒くさいからこれでいい。


「遅いわよ」

「ごめんごめん」


 船生ふにゅうゆみこ――彼女は冷たい顔でこっちを見てきた。


「私を待たせるなんていい度胸ね」

「まあまあ、ほら、早く行こ?」


 ちなみに今日はウインドウショッピングをしたりカラオケ屋さんで歌うという予定だった。

 とにかく緩くて自由な時間を過ごすつもりだから問題なく楽しめると思う。


「というか、どうせならごうさんも連れてきなさいよ」

「兄にいてほしいの? まだ玄関前だから呼んでくることは可能だけど」


 うなずかれてしまったから家に戻って話をしてみたら「分かった」と案外あっさりとそういう風にしてくれた。

 私の知らないところでふたりは仲を深めていたのかもしれない、まあ、そんなの自由だから全く気にならないけども。


「待たせたな」

「なぎさとだけ出かけるよりもごうさんがいてくれた方がいいからね」

「そんなことを言ってやるな、お互いに大事な存在だろ」

「……そうだけど」


 ふたりが話しながら歩き始めたから付いていくことにした。

 ゆみこがそのつもりなら私は応援する、兄も彼女のことを気に入っているからいい関係になれると思う。

 ただ、男女が仲良くしているところを見ると羨ましくなってしまうというのがいまは気になることだった。

 やっぱり私も女として生まれてきたからには好きになった男の子とお付き合いをしてみたい。


「うわ!?」

「えっ、きゃ!?」


 考え事をしながら歩いていたのが悪かった……って、そんなわけがない。

 私は確かにそうしながら歩いていたけどちゃんと前を見ていた、横道から急に現れたのは彼の方だ。

 それでも何故かこっちが倒れることはなかったから手を差し出しておく、そうしたら握ってくれたから力いっぱいに引っ張った。


「ご、ごめん、怪我とかしてない?」

「はい、こっちは大丈夫ですよ」

「えっと……うん、僕も大丈夫そうだ」


 私と同じぐらいの身長しかないから中学生……なのかな?

 正直、早く行かないと怒られてしまうから謝罪だけして歩きだした。


「大丈夫か? 怪我はしてないか?」

「あれ、気づいていたの?」


 ちょっと離れていたのに意外と気づいていたらしい。

 ちなみに兄はちょっと呆れたような顔で「そんなの当たり前だろ」と言ってくれたけど、私としては意外と周りに意識を向けているんだなあという感想を抱いた。

 そうやって意識している兄だからこそこの季節に半袖で行くことを許可しなかったのかもしれない。


「ちょっとぶつかっちゃってね、待たせてごめん」

「気にしなくていい、行くか」

「うん」


 優しくしてくれる兄が好きだ、だから私も兄みたいに行動したい。

 好きだって思ってもらえるように頑張りたい、血だってちゃんと繋がっているんだからきっと私にもできるはずだ。


「遅いわよ、あんたは何回私を待たせれば気が済むの?」

「待ってくれるゆみこが好きだよ」

「ひとりで見て回ったってつまらないじゃない、自分が楽しむために待っていただけにすぎないわ」

「はは、ゆみこは素直じゃないな」

「余計なことを言わないで」


 彼女は少し怒ったような顔で見てきたから行こうかと言ったらうなずいてくれた。

 ただ、カラオケ屋さんで歌ってからにするか先にお店を見て回るかですぐに悩むことになった。

 歌うと疲れてしまうから先にするべきかどうかを聞いてみてもどっちでもいいと言われてお母さんの気持ちが少し分かった。

 こういうときははっきりしてもらわないと困る、あと、私が決めてふたりに付いてきてもらうというのはやっぱり違うだろう。


「多分、先に見て回った方がいいと思うぞ」

「兄!」


 うんうん、兄を連れてきて本当によかった。

 彼女も文句を言うつもりはないのか「早く行くわよ」と言ってきただけだった。




「う゛ぅ、喉があ……」

「歌い方が下手なのよ、……ほら」

「あ゛りがとう……」


 優しい甘さがいまの私には物凄く効いた、あとはやっぱり彼女の優しさもそうだ。

 ちなみに兄は再度彼女は云々と言っていたけど、今度もなんとも彼女らしい反応を見せていた。


「「あ」」


 お店を見て回って、カラオケ屋さんでいっぱい歌ってもういまは帰ろうとしていたところだったんだけど、そこで朝にぶつかった男の子と遭遇した。


「あ、さっきなぎさとぶつかった男子か」

「うん」


 彼はすぐに帰ろうとはせずに兄や私を見ている、こっちとしてもなんか動きづらくてお見合いみたいになってしまっていた。


「えっと、大丈夫?」

「あ。朝も言いましたけど怪我はしていないですよ?」

「そうじゃなくて、ほら、喉が痛いんでしょ?」

「ああ、歌い方が下手なんですよ、だから歌った後はいつもこうなるんですよ」


 だから気にしなくていい、歌った! って感じになるから嫌な感じもしない。

 今回もゆみこが歩き始めてしまっているから早く追いたいものの、何故か動きづらくてその場に留まっている。

 兄もなにかを言ってくることはない、だからこそみんなで黙ることになっている気がした。


「そっか」

「はい」

「あ、ごめん、お友達と離れたら困るよね、それじゃあこれで」

「分かりました、まだどこかに行くつもりなら気をつけてくださいね」

「あ、ありがとう」


 別れて少し歩いたところで「なぎさに惚れたかもな」とか兄らしくない冗談を言ってくれたからやめてよと返した。

 そんなことがあったら驚くからやめてほしい、漫画を読んだりアニメを見ている人間としてはたまに羨ましく感じるけどね。

 それに中学生とかだったら会うことも難しいから仲を深めるべきではないと思う、私はすぐに会える距離にそういう存在がいてほしいのだ。


「兄が兄じゃなかったら好きになっているんだけどなあ」

「俺が仮になぎさの兄じゃなかったら出会えてもいなかっただろうな」

「そうだよねえ、だから恋愛って難しいよねえ」


 仮に意外と近くにいたとしても話しかけられたのかどうかも分からない。

 ひとつ言えるのは義理の兄じゃなくてよかったということだ、もし義理の兄だったら変な感情を持ち込んで自ら壊していた。


「すぐに半袖を着ようとする以外はいいからなぎさには簡単にそういう存在が現れるだろ」

「簡単に現れるなら既に付き合っていると思うんですけど……」


 兄は悪く言うどころかこうやって高く評価してくれることが多いものの、なんか痒くなってくるからやめてほしかった。

 お世辞はいらない、実際のところと違うことを言われたって恥ずかしくなるだけだから分かってほしい。

 現実逃避とかそういうことをしたいわけでもないため、そんな自分とは縁遠い話をされても困ってしまうのだ。


「意外と気づいていないだけで魅力的な存在というのは近くにいるんだよ」

「まさか自分のことを言っているの? さすがに禁断の愛は無理だよ」

「違う、とにかく焦るなってことだ」


 そりゃ焦ったって変わるわけではないからそうするけどさ。

 まあ、まだ実は高校に入学したばかりだからゆっくりやっていこう。

 幸い、今年もゆみこと同じクラスになれたから不安になってしまうことがあってもなんとかやっていけるはずだ。

 いてくれるだけでかなり安心できるから私も誰かにとってそういう存在になりたいところだった。


「なぎさもごうさんも遅い! 本当に兄妹揃って似ているわね」

「兄妹だからな」

「認めればいいわけじゃないのよ? はぁ……」


 最初は敬語だったのにこういうことを繰り返した結果? 彼女は兄に対してもタメ口になった、兄もそのことについてなにかを言ったりはしないからそのままということになっている。


「彼女ができたときにそのままだと振られるわよ?」

「彼女か、そういう存在はいないからな」

「ごうさんだってまだ高校二年生なんだから頑張ってみたらいいじゃない」

「頑張るってどうやってすればいいんだ? 積極的に話しかけるとかか?」

「それしかないでしょ」


 一応言っておくと彼女だって誰かとお付き合いをしたというわけではなかった。

 だからちょっと違和感というか、なんか違うなーって感じてしまう。

 既に彼氏さんがいたとかそういうことだったらさすが経験者と褒めているところだけど、実際はそうではないからね……。


「……どうしてもと言うなら私が相手になってあげてもいいけど?」

「はは、それもいいかもな、俺はゆみこのことを気に入っているからそうなったらきっと楽しい時間を過ごせるだろうな」


 ぷっ、まさかそんな風に返されるなんて! という顔をしている。

 大胆なようでそうではないという可愛いところを見られて満足できた一日だった。




「ふんふふーん」


 学習内容などが変わっただけで高校生活が苦というわけではなかった。

 まあ、まだ一ヶ月も経過していないのにそんなことになっていたら困ってしまうので、自分がこんな感じでよかったとしか思えない。


「なぎさ、移動教室だから早く行きましょ」

「分かった」


 実は教室以外で受ける授業というのが結構好きだ、できれば体を動かせた方がいいから体育の時間が多くなってほしいと望んでいる。

 でも、汗を多くかく人間でもあるため臭いの問題とかがどうしても付きまとうわけで、臭いとか言われたくはないからなるべく少なくしてほしいと考えている自分もいて忙しかった。


「うぅ、終わったらまた話そうねえ」

「そんなに離れていないでしょうが」

「そうだけどさ」


 教室でもそうだけど離れることになると少しだけ不安になるのが実際のところだ。

 これを言う度に呆れられるからなるべく言わないようにしたいものの、これを言っておくと授業中の気分が分かりやすく変わるから必要なことだった。

 とりあえず今日もいつものように準備ができたから意識を切り替えて集中する、集中力はそれなりに高い方だからあっという間に授業の時間は終わりになった。


「ちょっとごうさんのところに行ってくるわ、あんたも行く?」

「いや、邪魔したくないから遠慮しておくよ」

「分かった」


 椅子に座ってゆっくりする、ゆみこ以外の友達がいるというわけではないのにこれでも何故か楽しかった。


「上戸さん、あの人が呼んでいるよ」

「分かった、ありがとう」


 教室内から確認できたわけではないから適当に分かったと言っただけだ。


「あ、こ、こんにちは」

「おお、ははは、先輩さんだったんですね」

「あ、身長が低いから年下だと思った? 実は高校三年生なんだよね」


 そうか、じゃあ全く合っていなかったということになる。

 それにしてもぶつかってからはなにかとこうして会うことが多いな。

 まだ怪我をしていないか気にしているのだとしたら律儀というかなんというか、心配性すぎるとツッコんだ方がいいのだろうか?


「上戸さんのお兄さんに教えてもらったんだ」

「兄のお友達というわけではないんですか?」

「友達ではなかったかな、学年も違うからそもそも接点もなかったし」


 まあ、友達だったらあのときもっと分かりやすい反応を見せてきていただろうから聞く必要はなかったのかもしれない。

 わざわざ私に隠す必要もないし、兄の反応を見てそういうものだと終わらせておくのが一番だったと言える。


「あ、それで今日はどうしたんですか? 怪我をしていないかまだ心配しているということなら安心してくれればいいですよ」

「いや、そのことで来たわけじゃないんだ」

「あ、ゆみこと話したかったということですか? それこそ兄といれば自然と話せたのにタイミングが悪かったですね」


 ゆみこと兄と彼の三角関係か、どっちかは断られることになってしまうわけだから話が変わってきてしまうな。

 一対一の方が応援しやすい、求められていないもうひとりのことを考えて板挟みにならなくて済むからいいのだ。


「僕が飛び出したことでぶつかってしまったからお詫びがしたかったんだ、なにもしないままだと気持ちが悪いから嫌だよ」

「なるほど、それならよかったです」

「え?」

「あ、こっちの話です」


 物を貰うのも違うからちょっと頼んでみようか。

 断られたら別のことを考えればいい、だから不安になるとかそういうことはない。


「それなら私と友達になってください」

「え、そんなことでいいの?」

「はい、だって私はあのとき転んだわけでもないですし」


 物理的に負けて転んだのは彼の方だった、そういうのもあって怪我をしようがなかったのだ。


「分かった、それならそういうことでよろしくね」

「はい、よろしくお願いします」


 これを利用して仲良くしてやろうとかそういうことではなかった、……そういう風に見えるかもしれないけど間違いなくそうだ。

 こうしておけばなにかがあった際に動けるから、そういう狙いがある。


「ごうさんのところに行かないと思ったらそういうことだったのね」

「変なことはしてないよ? この人が心配性だからある約束をしたんだ」

「ある約束? あんたのことだから『友達になって』とか言ってそうね」

「正解! いやー、ゆみこは私理解度が高いなー」

「あんまり嬉しくないわ……」


 あ、そういえば自己紹介もしないまままた別れてしまったと気づいたときには遅かったので、まだ時間があるのをいいことに彼女との会話を楽しむことにした。


「兄はどうだった?」

「いつも通りよ、私があんな冗談を言った後も同じだからちょっとむかつくわ」

「冗談じゃないでしょ?」

「相手が受け入れてくれなかったら冗談みたいなものにしかならないわ」


 本気なら冗談ということで片付けてしまうのはもったいないことだと言える。

 ここから先は、先も彼女次第だから黙っておくのがいいのかもしれないけど、親友としては余計なことを言いたくなってしまう。


「まあ、今回に関してはあんたの言う通りね」

「うん」

「でも、これまで一緒に過ごし続けてきたからこその難しさがあるのよ、あんたがあの男子のことを好きになるのとは違うでしょ?」

「あー」

「告白をすることでこれまでの距離感がなくなってしまうんじゃないかって少し怖いのよ。はぁ、こういうことならあんたの方が強そうね」


 んー、どうなんだろ? 気になっているのならって積極的に動けるのかな?

 そういう自分を想像してみたとき、違和感があるとかそういうことではなかった。

 なにも動かずに時間だけが経過して離れ離れになった、なんてことになったら絶対にいつまでもそのことを考えてしまいそうだからできないというか……。


「ふぅ、またなにかで困ったら話を聞いて」

「当たり前だよ」


 とりあえず自分のことは忘れてそっちに集中しよう。

 彼女や兄が楽しそうならそれが一番だからいいことでしかなかった。

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