第7話 覚醒前⑦
帰りは流れにまかせてすむところもあったので、話をする余裕もできた。
まんまと荒稼ぎをやってのけたのだ。みんな気も大きくなる。
俺もうっかり、トラックにはねられそうになったときのこと、体重のことを言ってしまった。
アストリーデが急にだまってしまった。俺もはかってみようかと軽口をいうジークハルトと対照的だ。カタリナは何か考え込んでいるようだ。ルキフェがぼそりといった。
「じゃあ、現実のほうでも魔獣がでるかもね」
冗談でもいってほしくない。
誰かまさかといってくれよ、と思ったがアストリーデもカタリナもだまっている。
ジークハルトも何もいわないがどうやわかっておらず、空気に飲まれているだけのようだ。
「なにかあったのか? 」
カタリナにメッセージを送ってみる。
「言いたくないわ」
それが返事だった。
アストリーデにも同じメッセージを送ってみた。
「そうね、落ちた後『インベントリー』って言ってみて。何もおきないなら気にしなくていいよ」
気になる返事が返ってきた。
結論からいえば何もおきなかった。だが、やはり気にはなった。
だが、そればかり気にするわけにはいかない。
森沢からショートメッセージが来ていたのだ。今日の午前11時に事務所に来てくれれば、所長が十分時間を割いて話をできるそうだ。
やれやれ、さすがに普段着ってわけにはいかないだろう。背広に袖を通すと、母が期待に満ちた目をむけてくるので面倒くさいが「バイトだよ。やっても一年」と答えておいたが、それでもなんとか就職につなげてという。何か困ってないかと聞いてくるので、交通費だけもらった。
森沢美穂の勤める弁護士事務所は駅前のオフィスビルの一角に事務所を構えていた。
といっても中には入らず、ビルの一階にある喫茶コーナーでの面接となったが。
所長の磯田は白髪をきれいになでつけた、いかにもできる取締役という感じの男性で、表情はにこやかだが視線がかなりの鋭さをもっている。値踏みされているようだ。
同席者はあとは森沢だけだった。下っ端の彼女と事務所のボスだけなのかと思った。下調べをしていて、この事務所には所長のほかに二人ほどパートナーといえる弁護士がいたはず。
弁護士というのは聞き取りが上手なんだな、と思ったがこの所長が特別なのかも知れない。時間は短いがいろんなことを聞きだされた。ある業界への就職あるいはいっそ起業を考えていることは家族にだって話していない。森沢の仲立ちをしたあの元同僚にはある程度知られているくらい。で、所長と俺の間で取引が成立するのにびっくりするくらい短い時間で足りてしまった。
とある訴訟の手伝いが必要であるらしい。それだけなら守秘の一筆かかせて法学部の学生でも雇えばいい。だが、所長としては学生にあまり信用をおいてないのと、できれば将来の顧客になりそうな人との縁を持ちたい。つまり、必要ならいくらでも喧嘩する俺みたいなやつ。そこまで喧嘩っぱやいわけじゃないんだがそう思われているらしい。まして起業して成功したら大得意様だ。
所長もそこまであてにしてるわけではないが、投資はこまめに多くするものだと言われるとなんだか納得はする。無料相談室レベルの雑談なら暇そうな誰かに聞いていいとも言われた。四六時中あるものではないからかなりありがたい。
で、やってほしいことは情報の整理と見える化だそうだ。時系列、相関を整理の上図に起こしていけばいいらしい。情報は次々くるので、起こした図は次々訂正が必要になる。相手方の出すものも含めて、だ。
作業場所は事務所の倉庫部屋。倉庫部屋といってもちゃんとした居室で、前は仮眠室だったそうだ。今は資料だらけとのこと。だから仕事中に他の弁護士、事務員が出入りするけど気にするなといわれた。
ただ、そういう場所なので一筆書いてからでないと入ってもらうわけにはいかないそうだ。
所長は話がおわって珈琲を飲み干すと戻っていったが、森沢はのこっていた。
かわりに正面にすわって小脇にかかえてた書類を次々出す。
「全部確認してサインしてね。確認がおわったらIDカード発行するから仕事は早くて明日から」
「これ、森沢が作ったの? 」
「駄目だしもらいながらね」
思い出し苦笑いというべき笑顔だった。
「今回の所長のお手伝いがうまくいったら、後見つきだけど簡単な一件任せてもらえそう」
それがキャリアとして早いほうなのかどうなのかは俺にはわからない。
「わかった。まあ、足をひっぱらないようがんばるよ」
確認と記入が終わったのが12時少し前。時間も時間なので、このまま一緒に昼めしでも、と誘った。事務所の雰囲気なんかも聞いておきたかったし、他意はなかった。
「まだ仕事があるから」
ふられてしまったので、とぼとぼ家路につくことになった。
一人で食べるなら家の残り物でも適宜処理したほうがいいだろう。うるさいわりにうちの家族はそのへんずぼらだ。
考え事をしていると野良犬とすれちがった。
気が付いて、最近にしては珍しいと思ってふりむくと、犬のほうもふりむいた。
凶悪な歯列がむきだしになった頭の重そうな獣。
ゲームでおなじみの魔獣、野犬にそっくりだった。
目をこすって見直した時には犬はもう興味ないとばかりにそっぽをむいてとことこ走り去っていくところだった。
これは目の迷いだろうか。早朝、解散前のルキフェの言葉が気になって仕方ない。
悲鳴が聞こえた。
腕を抑えたサラリーマンが警察、警察と叫びながらすれちがっていく。レジ袋を放り捨てたふくぶくしい主婦が携帯でどうやら通報中らしい会話を残してやっぱり走っていった。
あ、これやばいんじゃないか。
道を変えようと思ったが遅かったようだ。逃げた二人を追ってのっそり元凶とおぼしき人間が姿をあらわした。
でかい。身長は二メートル近い。ひょろひょろではなく、レスラー体形で強そうだ。
顔はドレッドヘアに縁日で売ってる安いお面という妙ちきりんぶり。そして右手に特大の中華包丁をもち、反対の手になにかぽたぽたたれる丸い重そうなものをぶら下げている。肩の露出した、原型もわからぬぼろをまとっている。垢じみて臭そうだ。
とりあえず、見なかったことにしよう。
目をそらしてそそくさ横の通りに姿を消そうとしたけど、やっぱり無理だった。
そいつは声もあげず中華包丁をふりあげておいかけてきた。もってた丸いのは捨てたらしく、重く跳ねる音が遠くに聞こえた。
たぶんここにあるこれを代わりにしたいんだろうな。これというのは俺の頭だ。
切りかかってくるのをなんとかよけた。トラックをよけたときと同じ、普通ならよけきれない斬撃だったと思う。
はずしたと思ったそいつはくるっと俺のほうに向きなおった。今度はよけさせないという意志が感じる。じりじりそいつは無言ですり足で距離をつめだした。
俺もじりじりさがる。
どうやら、道路工事の現場らしく、アスファルトがはがされ、道具が散乱している。ちらっとみるとスコップ二、三本、つるはし一本、武器に使えそうなのはそれくらい。鉄道のバラストなら投石につかえるが、用意されてた砂利は目がこまかく目つぶしにもならない。はがしたアスファルト片を投げるくらいか。
投げたアスファルト片は軽く払いのけられた。じりじり距離をつめてくる。逃げだせば追いかけて必殺の距離から一太刀きそうだ。無駄とわかってても瓦礫をもう一つ投げた。今度は全力で思い切り速度をつけて。
お面でわからないが痛そうな様子を見せた。その隙にスコップをかまえる。相手の腕の長さを考えると、リーチで有利とはいえないが近づけないよう突きまくるしかあるまい。その間に警察がきてほしい。
そいつは威嚇するように足を踏み鳴らし、包丁を振り上げた。あれ、この構えどこかで見たな。
剣道で上段の構えから面をうちにくる姿勢だ。
こいつ、防御ごと撃ち抜いて切り伏せる気らしい。
これがいつもの槍なら。いつのまにかそんなことを思っていた。
スコップは取り回しが悪いしすばやく突き出すこともできない。相手の切っ先を穂先で流すことだって無理。となれば、相手の利き手出ない側になんとかすべりこんでよけるか。タイミングと思い切りがひどく大事だし、相手が読んでいれば何をされるかわからない。
今、警察がきてくれたらいくらでも感謝するつもりがあるぞ。
だが、警察はこなかった。
そいつがゆらっと動き、耳から垂れそうなほどアドレナリンの出ている俺は来ると覚悟した。よける可能性は半々かもっと悪い。
だから、よこから青い魔力の名残の尾を引いて工事用の鉄筋が数本たてつづけに巨漢の暴漢に突き刺さったときには驚いて麻痺してしまった。
相手がそれでとまったから助かった。
だが、これは確かに現実ではありえない攻撃だったのだ。
一日中、ゲームにはいるわけにはいかないから、その日は調べものや勉強といったものに時間を割いて、外に出たのは夕方になってからだ。
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