第6話 覚醒前⑥

 長らく連絡のなかった同級生がふいに連絡してくるパターン。

 あんまりいい話でないことが多いように思う。怪しいセールスとか怪しいカルトとか、まぁそんなものだ。

 最後にあったのは大学の一年くらいの夏休み。帰省組がいるので中学のときのクラスのムードメーカーだったやつが執り行ったクラス会だった。

 半分くらい参加したと思う。そいつと対立し、最後には黙ってしまうまではいじめをやっていた女子生徒と連れの数人を除くクラスの半数くらいが集まったと思う。

 俺もなんとなく近況知りたくって参加した。

 他の同級生のことは覚えているが、彼女のことはパーマをかけて髪を染めていたのがいまいち似合ってなかったことしか覚えていない。話はしたが、家族の近況くらいで踏み込んだ話はしていない。そういえば、前はうちの小姑、いや妹と仲がよかったな。

 夜遅くまで忙しい、というのは嘘ではないようだ。

 家からそう遠くない、ロードサイドの深夜営業のレストランで合流した彼女は無造作なひっつめ髪に化粧ののりのいまひとつの疲れの見える顔をしていた。

 ここで食事かねて俺と話をしたらまた事務所に戻って書類確認の仕事に戻るのだという。そうまでして会う必要あるのかな。

「嫁さん募集してるときいたけど」

 え、という顔から「ああ」と苦笑された。

「もしかして掃除、洗濯、ご飯のしたくしてくれるの? 」

「給料しだいだな」

「ですよねぇ」

 まあ、人雇うような収入がないのは検討ついていた。

「真面目な話、なんの話? 」

 内容によってはすぐ帰ることになるよ。言外にそういったが伝わったかな。

「あたしに嫁を雇う収入はありませんが、事務所には九時五時週三日程度の勤務で事務手伝い、IT担当の臨時職員を一年ほど雇う必要と予算があります」

 つまり時給計算で安く使える腰かけ職員が欲しいらしい。

「誰かいい人いないかって聞いたら、一、二年は暇してる知り合いとしてあなたの名前がでてきたの。まさかと思ったけど世間はせまいねぇ」

 昔は「あなた」なんて呼ばれなかったな。名字呼びか「お前」だった。

 彼女の憔悴ぶりを見ると、たぶん言った通りにはならないような気はする。

「いやぁ、でもほんとひさしぶり。アオイちゃんいくつになった? 」

 アオイちゃんは妹だ。

 ひとしきり近況について世間話してから条件を聞き出した。

 少しその気になったのは金銭的な問題よりも、家で嫌味を言われる時間が短縮するのと、世間話的に法律の相談が受けられるというところだった。このへんはかなり大きいと思う。

 で、その場で即答は避けた。

「明日かどっか、君のボスにあって確認してから。あと、無理すんな」

 彼女は親指をたててにっと笑った。疲労のせいで弱弱しい。

「おっけえおっけえ、大丈夫」

 ちっとも大丈夫じゃない。頑張り屋なのはいいが、そろそろ帰って寝たほうがいいと思う時間だぞ。

 ああ、くそ、こいつ世話がやけるな。距離おいた理由もたしかこれもあったはずだ。愛嬌のある顔なんだから、世話してくれる連れ合いの一人や二人くらい見つからなかったのかね。そのへんは聞かないほうがいいか。

「じゃあ、先生の都合きいて連絡するよぉ」

 そういって彼女は事務所のらしい、ロゴいりの軽自動車に乗り込んで去っていった。

 さて、俺も帰るか。

 そう思って、レストランの横の道をわたろうとしたとき、ふいにまがってきたトラックが見えた。

 まさか、と思った。思ったが、さっきまでのゲームの中で猪に突進されたのを思い出した。二トントラックだ。あれよりでかい。

 轢かれる。

 そう思いながら体が反射的に動いていた。

 気がつくと、側溝の蓋の上につんのめりぎみだがかろうじてうずくまっていた。路面に突いた手が痛い。

 どうやら助かった。

 俺を轢きそうになったトラックは二十メートルはむこうに止まっている。あれがつまり停止距離なんだろう。空走距離と制動距離。

 あとでしらべたら、時速四十キロくらいならそれくらいになる。

 そして、再び発進して何もなかったように走り去っていきやがった。

 跳んだ距離を見て驚いた。跳んだ方向は渡っていた進行方向斜め少し前。二メートル以上は跳んでいる。高さをつけず、大股の一歩の感じで跳ばないとよけることなどできはしない。つまり蹴りだす力だけってことだ。勢い余ってつんのめってるんだからどんな力で自分を押し出したのだろう。

 俺の身体能力、こんなに高かったっけ? 

 ゲームの中ならわかる。あそこなら非常識な身体能力を得ることができる。ペナルティは力に応じた体重増加だ。

 まさかね。

 ……。

 そのまさかだった。

 家庭用の体重計がふりきった。

 鏡に映る自分の体は別に筋肉でぱんぱんになっているわけじゃない。

 肥満でぶよんぶよんしてるわけでもない。

 身長だってバスケットの選手みたいなことはなく普通だ。

 なのに百キロを越えている。

 どういうことだ?


 落ち着かない。

 あんまり眠れなかったので早朝ログインした。この時間は人が少なく、込み合う場所に行くにはいい時間だ。

 フレンドリストを見ると、カタリナとアストリーデがログインしている。ハシバミがいれば盗賊村にいった全員がそろうのだけど、と思っていたらメッセージが飛んできた。

 カタリナだ。今からまたあの村にいかないかという。取りこぼしのお宝にご執心のようだけど、フロッグマンどもが警戒していないか?

「食い物が逃げちゃったから、たぶんからっぽだよ」

 強欲だなぁ。

 アストリーデも金魚の糞がいないそうで、来るという。ハシバミを出し抜く感じにならないかな。

「次の機会はたぶんないから、いないのは悪いけどおいていくしか」

 それでもちょっと心もとないので、ジークハルトを起こしてつき合わせるそうだ。

「わたしも一人つれてっていい? 」

 カタリナが友達をつれてくるという。あそこにあったお宝の量を考えたら取り分が少なくなるということはなさそうだ。

 今回は、流れの下流にある町から船を借りていくことになった。

 手配はあのあとすぐしていたらしく、船着き場で合流しようというメッセージ。

 行ってみると眠そうなジークハルトと、クールな顔をしてやっぱり時々眠そうなアストリーデ、そして一人元気なカタリナと彼女の友達だという耳長族の女性がいた。

 めずらしいことにテイマーだ。連れているのは大きな虎。これは魔獣ではないが、猛獣なのでどうやってなつかせたのだろうと思う。考えられるのは子供のころから親代わりに育てることだが。

「スカウトでテイマーのルキフェさんよ」

 紹介された彼女は、スリングと鉈を持っていた。本人は隠れて様子を見たり、虎に戦わせるのだろうか。

 ハシバミが担当してた偵察枠を埋めるために声をかけたらしい。

 戦闘力は前よりあがったが、今回は戦いは想定していない。

 村にいないはずのフロッグマンや別の魔獣がいれば別だが。

 「明日くらいになったら、生き残った村人がお宝回収か村の奪回のクエスト出すと思うからその前にいただけるだけいただいちゃいましょう」

 明日というか夜があけたら、だね。

 フロッグマンは気温の低い早朝は寝床の近くに鳴子を仕掛けるくらいでほとんど動かないという。

 船は前回のボートとは違って漕ぎ手が二人、舵とりが一人必要な大きなものだった。帆もかけられるが、目立つのと早朝はほとんど風がないのでおいていくことにした。その分、お宝をつめるようにと台車を二台つみこんである。

 朝の沼沢地は霧がたちこめていた。前回のように人工の霧で姿をごまかすこともない。注意深く耳をすますものがいれば、オールをこぐきしむ音、水を払う音が聞こえるだろうか、という程度である。

 俺とジークハルトが漕ぎ手、方向を見定めるのが得意なルキフェが舵をとった。二人とも力が強いので二時間も漕げばついてしまう。村の守りとして数か所、船で乗り込めないように縄をはって見張り場が設けられていたが誰もいないので手のあいたアストリーデとカタリナが魔法まじえて除去してしまった。

 その最中にねぼけたフロッグマンが顔をあげたが、こちらを見るまでもなくまた寝てしまった。カタリナがなにか投げたようだ。

 やばい薬でなければいいんだけど。

 船は船着き場についた。

 固まっているものの、まだ新しい血の跡があちこちにある。

 逃げそびれた生き残りがどうなったかは考えたくもない。

 村にフロッグマンはいないはずだったが、三匹ほど倉庫の前で眠っていた。

 それも不用心に。腹が大きいのはたっぷり食った結果か、何を食ったか自明な分気分のよくない眺めだった。

「腹は、裂かないようにしようか」

「賛成」

 眠りこけているのをジークハルトと俺で突き殺していく。最後の一匹は手だれだったのかぱっと立ち上がったが自分の武器に手を伸ばすのをゆるさず斬られ、突かれ、そして爪で裂かれて倒れた。

 腹が裂けて、重い丸いものがごとんとこぼれた。二目とみられない状態だったのはむしろ幸いだったかもしれないが、あんまり見たくない品物だった。

 フロッグマンの死体と落っこちた丸いものをそのへんにあたスコップなどつかって脇によけ、通路をクリアにする。

 後は台車でどんどん運び出すだけだ。

「武器や目立つ甲冑はやめといたほうがいいよ。懸賞金がかかってると面倒だ」

 これ見よがしにせずにすむもの、が肝心。あとは売り払うものも高価すぎるものは足がつくので回避。いずれにしろ、クエストでくる連中の分も残さないと面倒の種だ。

 銀貨と銅貨が中心になる。金貨は多くもなく、通し番号がうってあるのでおいていくことにした。

「あとは各家のへそくりだけど、これも時間がないからあきらめよっか」

 それでも一人あたり銀貨換算で一千枚相当の稼ぎができた。

 妹の頼みでもこういう仕事はそんなに好きそうでないジークハルトがにやにやしてるので理由を聞いたら、いよいよこれで鎧を新調できるとのことだった。

 まあ、がんばってそれっぽくしてるけど綿甲って東洋の甲冑だからね。

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