第5話 覚醒前⑤
町のつくりは排水溝に従ったもののように見えた。広いとは言えない街路は真ん中にむけて傾斜がつけてあり、その中心に肘くらいのはばの溝がきってあり、板をわたしてある。深さはわからないがドブになっているらしい異臭がまじっている。今は手入れするものがなくなった上に、いろいろなものが流れ込んだせいかあちこちあふれて腐敗臭が漂っていた。正直、ここの瘴気をすっているだけで病気になりそうだ。
街路の横には木で枠をつくり、泥を固めた家が立ち並んでいる。土壁にはところどころひどい衝撃でひびがはいっていたり、扉を押し破って侵入した痕跡があった。
「血痕はあるけど、死体はないね」
一軒のぞいてアストリーデが言った。カタリナは無言ではいってみた家を見回し、水をためる壺を押しのけた。
薄汚い革袋が隠されている。彼女はそれを開けると中身を俺たちに見せた。
「じっくりあつめて回りたいとこだけど今は時間がないよね」
彼女が見せたのは一握りの銀貨だった。一枚だけ金貨もまじってる。ここの住民の隠し財産なんだろう。
当たり前のようにそれを自分の懐に放り込むものだからみんなあきれた顔をしている。
「それは鑑定料ってことでとっといて」
アストリーデがため息まじえて苦笑した。
ひと際大きな家の前にフロッグマンが一匹、頭を下にして後ろ足を天に向けて寝っ転がっていた。前足を頭にやってるし、これはたぶん寝てるのだろう。
「あいつ、さぼってるね」
あの家にたぶん生き残りが監禁されている。
「ハシバミ、矢もう一本使ってくれないか」
「銀貨二枚ね。さっきのとあわせて四枚」
実費だ。そしてこれが彼があまり実戦で矢をつかわない理由でもある。可能な限り回収するが、まあ半分はそのままは使えない状態だ。
カタリナを見たら首をふってる。さっきのは個人的役得だから出さないといいたいらしい。あいかわらずだ。
まあ、報酬から引いてそれから分配だね。
さぼってたフロッグマンは桟橋の仲間同様に全身をけいれんさせて死んだ。
建物の中は牢屋だった。この町にこんな大きな牢屋が必要かと思うのだけど、身代金目的の人質捕獲や人身売買もやってたとしたらこんなものだろうか。
三つある牢の中には二十人ほどの老若男女が閉じ込められていた。
まともなものを食べてないのと、衛生的な配慮がされてないせいかひどい臭いだし、汚れている。隅っこに横たわって動かないのが四人いるが、たぶん死んでしまったのだろう。生きているのも希望に目を輝かせているが動きは悪い。
「おお、助けだ」「はやく、はやくあけてくれ。鍵はそこにある」
そんなことを言ってる。
「ごめんなさい。助けにきたわけじゃないのよ」
アストリーデがすまなさそうに言うので牢の中ではざわついた。人でなし、と罵り始めるのも時間の問題だろうな。
「こういうものをさがしてる。協力してくれるなら鍵をあけてあげよう。ただし、目的物が見つかった後だ」
しょうがねぇ、と条件をつきつけた。
「そんなの知らねえ。いいからあけてくれ」
なかなかの業突く張りだ。カタリナが肩をすくめた。
「知らないってさ。時間がおしいからほっといてさがしにいきましょう」
「あんまりだ」
言いつのるのは割合屈強な男。まぁ盗賊働きはしてておかしくない感じだ。
「そこの鉄格子、切りかけてるでしょ。時間がおしいんじゃなくって? 」
彼女の指さすところは牢屋の鉄格子の一本。目立たないが、削り屑が少し落ちているし、ひっかいたような跡がある。だまってくるとは思えない救助を待つ理由は確かにないだろうが、これはたぶん間に合わないんじゃないだろうか。
「さ、いきましょ」
男は目をつぶった。背に腹は代えられないという状況だ。
「わかった。場所は教えるから見つけたらここを開けてくれ」
カタリナはちらっと俺を見た。リーダーは俺らしい。
「わかった。約束しよう」
目的の小箱は村の隠し倉庫にあった。使わなくなったがらくたをしまっておく倉庫の奥に隠し扉があり、南京錠がかかっているそうだ。鍵は村長が持っているが、とっくに行方不明だという。ただ、大きいだけで普通の錠前なので自分ならあけられると男はアピールしたが、これは無視した。
「普通ならなんとかなるね」
錬金術で強度を落とし、山刀で殴れば一発だった。
あいた隠し倉庫の中をみてカタリナがつぶやく。
「すご。全部持って帰りたい」
武器だけでない。いろんな装飾品もずらっとならんでいる。小箱をさがしながらカタリナが装飾品を一つ「もらうよ」と懐にいれた。魔法の品らしい。
彼女は利己的で強欲だが、馬鹿ではないなと思うのは、そのあとハシバミに魔法の矢の成型器を渡したこと。あまり邪魔にならないもので、これにはさんで魔力を流せば錬金術の応用でゆがんだ矢がまっすぐになるらしい。何もいわなかったが、彼はもらった成形器をぎゅっとだきしめた。アストリーデ用には拳銃のようなものを渡す。おもちゃの銀玉鉄砲のようなものだが、弾丸は丸く成形した石か一番いいのがベアリングのような小さな鉄球。魔法で加速して打ち出す補助具なので粘土を固めたものでも発射はできる。手で石を投げるよりいいだろうという。
「もらっとくわ」
で、俺には手甲と胸当て。今のより軽くて強度があるのだそうだ。手甲はロケットパンチが打てるぞといわれたがよくわからない。
それから各人に金貨一袋。重いのでこれ以上は無理だろうと言われると反論はしにくい。小箱は装飾品のところにあった。
「よし、とんずらするか」
そろそろフロッグマンのカンのいいのがおかしいと思い始めるだろう。目的は達成したのだ。
「見つかった。ありがとうよ。あんたら欲出さずにもとっとと逃げな」
鍵をつかんで牢の中に投げ込む。
ボートに飛び乗り、もやいを解く手ももどかしく漕ぎだした。
岸まで半分、というところで水音が遠く聞こえて水面に何かの泳ぐ軌跡が見える。そのいくつかがこっちに向かってきた。
「爆発魔法、使うよ」
アストリーデが追ってくる軌跡を睨んでそういった。爆発魔法はあんまり遠くまでとどかないし、近くで爆発させることになる。爆風よけの盾を構えて彼女は「いま」と短く言った。
爆発音は聞こえなかったが、水面がもりあがり、ボートは大きくゆれた。そのまま押しやられるように進んだ後ろにフロッグマンが三匹、腹を上にしてぷかっと浮かぶ。肉体に損傷はないが爆発の衝撃でショック死したようだ。
ハシバミに袖をひっぱられた。
「マタザ、あそこ」
指さす先には村から脱出したらしいボートが二艘、俺たちとは別の岸辺をめざして必死にこいでいるのが見えた。
あそこにいた全員ではないが、半分くらいは逃げ出せたらしい。
残りはというと、村の近くで完全に転覆したボートが遠目に見えたので察するに余りある。
陸に上がった俺たちを追いかけてくるフロッグマンはいなかった。
ただ、帰りは帰りでそれなりに魔獣を相手にする必要はあったし、猪を運ぶので骨が折れた。
猪を肉屋に預け、小箱を神殿に届けると少し待てといわれた。
依頼人に本物かの確認を行うらしい。その間に、報告書作成する下級神官にあれこれ聞かれた。戦利品のこと、隠し倉庫のことは言わなかった。
面倒になる、とアストリーデが言って、カタリナもハシバミももちろん俺も異論がなかったからだ。
ただ、村の生き残りを逃がしたことは報告した。保護するかしないかは神の判断にまかせてしまえばこっちは気楽だ。
報酬がやっとでた。経費精算し、肉の分け前を受け取ってその日は解散となったが、直後にカタリナからメッセージがきた。
「また行こう。お宝がまだまだあるよ」
アストリーデがは来れるのだろうか。
ログアウトすると、着信が一軒、メッセージが一軒はいっていた。
さっそく連絡先を教えてしまったらしい。森沢美穂だった。
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