第4話 覚醒前④

 途中で遭遇したのは野犬の群れ二つ、山猫三匹、小熊一匹、そして猪一頭だった。

 野犬の群れはリーダーを魔弓士ハシバミがスリングで仕留め、山猫はアストリーデを狙ってきたが、彼女は爆風よけの細めの大楯をかざし、小爆発の魔法でなんなくそれをしとめてしまった。あの魔法、少しためが必要なのだが即時起動したということは気配を感じて準備済だったということだろう。センスがないとできない芸当だ。

 カタリナを狙ったもう一匹の山猫は彼女のふりむざまのクォータースタッフの一突きではじき落され、ハシバミのスリングで内臓破裂を起こすほどの一撃をもらって死んだ。

 小熊はあいかわらず真正面からくるのでたどり着く前に魔弓から放った矢、カタリナの投げた錬金術で作った劇薬、そしてアストリーデの小爆発の魔法でこの上なくぼろぼろになった。

 猪の突進を盾で受けた時が一番大変だった。地面に突きさすようにして全体重、全力でささえたが牙に盾をやぶられるかとひやひやした。なんとか持ちこたえて槍で突く前にこれも仲間がしとめてしまう。

 猪はうまいのでこれだけ帰りに運ぶ予定で水に沈めて冷やし、他は毒をしこんで警告の赤い布をつけておいた。他の魔獣の食べ物にされないため、だ。

 それでようように盗賊村が見える場所までやってきた。

 厳密には盗賊だけやってくらしてるわけではなく、周辺の水系で獲った魚を加工したものや栽培した原種に近い米を売ってくらしていた。イベント前にはここから来た漁師や農夫が門前市でいろいろ売っていた。門内の市場に入ることは許可されていなかったのは手癖が悪いと評価されていたためらしい。村に行くときは護衛をつけていかないと帰ってこれないという噂もあった。悪党プレイの好きなプレイヤーは強いてここですごしていたようだが結構死に戻ると聞いた。

 たぶんこのクエストもそんな悪党プレイの人むけなんだろう。戦争をしかけるのでなければ潜入して危険をおかして探り出し、盗み返して脱出するしかない。

 なかなか難易度の高いクエスト、のはずだがイベントと重なったのでこんな攻略もできるんじゃないか。それがアストリーデのたくらみらしい。

 まずすることは二つ。

 村の観察と、ボートの確保だ。

 カタリナいわく、渡し場に一艘はボートをもやってあるはずとのこと。この中で村を訪問したことがあるのは彼女だけだった。護衛クエストで依頼人が盗品を買い戻しにいくのに同行したそうだ。危険を避けるため行って取引してさっさと引き上げたので村の地理に明るいというほどではない。

 カタリナを護衛してボートを探すと、少し流されていたが岸にのりあげているのを見つけた。何があったのかわからないが、艇内には血が飛び散って黒く変色している。非情に気味が悪いが完全に固まっているのでカタリナは気にせず乗り込んだ。

「こいで」

 オールもそろっているので漕いであとの二人のところに戻る。すごくしかめっ面になってたらしく、カタリナがくすくす笑う。

「どうだ? 」

 爆風よけの盾を背中にハシバミと何か話していたアストリーデが振り向いた。

「残念なことに、全滅してるみたいよ」

 それ、どういう意味の「残念」だ。

「船着き場のところの門があきっぱなしになってて、いろいろ散らかってる」

 ハシバミがちゃんと説明してくれた。

「フロッグマンも一匹みかけたわ。柵越しに中」

 フロッグマン、蛙人たちは単体なら野犬と同程度、だが粗末だが武器を使うし野犬のようにリーダーの指揮にしたがって動く。結構やっかいな連中だ。

「数は、さすがにわからないか。カタリナ、フロッグマンってああゆうところに住み着くかい? 」

 ビショップをやるだけあって知識なら彼女が一番のはず。

「両生類だからね。あんなとこには住まないよ。でも」

 何を思い当たったか、嫌そうな顔になった。

「どうした」

 質問してから他の二人の責めるような顔に失敗を悟った。

「もしかしたら、食糧庫として使ってるのかも」

 食糧がなにかは、すぐに想像がついた。

「協力的なら、助けましょう」

 アストリーデが提案した。助けるメリットなどない。だが、ただ見殺しは悪党だらけの村にしてもあまり気分がよくない。妥協案だ。

「ということは見張りが二、三くらいかな。問題は周辺の水中だが」

「フロッグマンは鰓呼吸してるわけじゃないからずっと潜ってることはないね」

 ビショップの知恵はありがたいね。ということは、岸辺、中洲のどこか一か所以上にフロッグマンがすんでいるのか。

「この近くにもいるかもね」

「フリッグマンの住処の近くは、木の枝とかが折り取られてることが多い。武器をつくったり、寝場所を偽装したりするのでね」

「あんな感じ?  」

 ハシバミが指さしたところにはまだ傷口のみずみずしい折り取られた灌木があった。

「そうそう、あんな感じ」

 全員、同時に身構えた。

 ざわっと茂みがさわいだかと思うと武器をもったフロッグマンが全部で五匹現れる。水のほうにおいやる構えで囲んで。

「アストリーデ、爆発魔法は使わないで」

 カタリナの警告の意味を彼女は言われる前に把握していたようだ。盾を構えたが手にもっているのは足元から拾った小石。これを魔弓士のように加速して投げつける。

 投げつけられたフロッグマンはこれを回避したがかすめたのかゲコォと痛そうな悲鳴をあげた。すかさずハシバミの放ったスリングの石が直撃し、げふぅと臭い息をはいてへたりこみ、そのまま後ろに倒れた。

 これに残り四匹がようやく反応した。二匹と一匹。二匹のほうは俺が引き受ける。

 盾で一匹を武器ごと殴りつけ、もう一匹には槍を突きこんだ。突いたフロッグマンはほぼ節くれだった木の枝そのままの棍棒で俺の槍をはたきおとそうとしたが、深々と刺さったところでそれをあてたものだから自分の腹を引き裂く結果になった。

 槍、補強しといてよかった。プレイヤー職人に高い金払った甲斐があったというものだ。

 自分で腹を裂いてしまったフロッグマンは力が抜けたらしく前のめりに倒れた。

 かろうじて落とさずに済んだ槍を盾で殴ったほうに突き出す。牽制のつもりなのでつきつけるような感じだが、そのフロッグマンは飛び退って先をとがらせただけの槍を構えた。ただ、俺にばかり注意を向けていたのが失敗だったろう。やつの正解はとにかく逃げて仲間を呼ぶ、だったはずだ。

 アストリーデの投げた石が魔法で加速されてその腹に食い込んだ。ぐっと一瞬こらえたとおもったら、口から尻から内臓を吐き出して槍のフロッグマンは斃れた。

 引き受けられなかったあと一匹はどうしたのだと思ったら、カタリナがなにか劇物を錬金術で合成してなげつけたらしく顔面を焼かれて苦悶している。ハシバミが落とした彼の武器、これも槍だがこれを拾って魔法で加速しながら手で投げつけた。

 粗末な槍は持ち主の体を貫通して地面に深々と刺さった。

 アストリーデの投石よりさらにえぐい。

「勘づかれてないかな」

「大丈夫そうだ」

 カタリナの心配にハシバミが答えた。

「連中、少数づつ固まってばらばらにすごしてるみたいだけど、フロッグマンってそんなもの? 」

「そこらへんは決まってないけどここのはそうらしいね。監視してるのかも」

 場合によっては一度引いて、陽動を組み込んだアプローチをするべきなんだろうな。

「このままいこう。それがいい気がする」

 もし町に立てこもられたら数的に突破は無理に近くなるだろう。まだ気づかれてないうちに、こいつらの見張り範囲から接近すれば町にいる少数の見張りを制圧するだけですむ。

 いつもの俺ならここは引きあげるところだが、今回の同行者は腕利きだらけなのでやってみる価値はあると思った。クエスト失敗のペナルティもうれしいものではない。最悪全滅してもその場合はペナルティはない。

 沼沢地の対岸あたりになると、かすんでよく見えない。ボートは見えにくいだろう。念のため、といってアストリーデとカタリナが協力して水蒸気で霧をたてながらボートを漕いだ。

 どうやってるのかといえば錬金術で作ったドライアイスをへさきからさげているだけだという。ドライアイス生成は錬金術としては初歩だというが、カタリナ一人ではきついので、アストリーデも手伝っているらしい。

「マタザもやってみる? あんた魔力使わない仕事だし、漕ぎながらでもできるよ」

 人使いあらいな。

 ハシバミは魔弓に矢をつがえて町のほうを見ているので手伝えないという。使えれば鋳掛けくらい自力でできるようになるといわれて練習かねてやってみた。

 コツをききつつ試行錯誤した結果、到着までに小さな塊一個だけができた。まあ、それでも一歩前進だ。

 あと少しで接岸というときにハシバミが矢をはなった。

 バケツをもったフロッグマンが一匹、矢につらぬかれて全身を震わせ、倒れた。どういう矢がわからないが全身を一気に衝撃がかけぬけてショック死したらしい。

「急いで、仲間に気取られてると大変だ」

 もやうのはまかせろというハシバミに任せて俺たちは町に上陸した。

 

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