第3話 覚醒前③

 不審、といわれても何ができるだろう。キットにできるのは分析だけで、その監視とやらを妨害することはできない。求められた情報について報告するまでが彼の仕事だ。余った処理リソースで情報の流れ先を探してもらうのが優先でやってもらってるのはそこについては成果をあまり期待していないからだ。

 中身そのものをいじれるよう、経験のある古臭いのではなく新しいプログラム言語の勉強を始めたほうがいいかも知れない。

 翌日は呼び出しがはいっていた。

 元の会社の別の上司で、どちらかというとできるほうと思われる人。

「なんとか会社に戻してもらえ」

「がんばって」

「このチャンスを逃すようなら兄貴はアホだよ」

 家族にはそんないらない叱咤激励をもらったけど、そんな話のわけはないだろう。

 実際、そんな話ではなかった。

 要約すると、人が足りないので短期間、出来高払いで手伝ってくれという内容だった。つまり、時給で計算はしない。必ず当初想定よりはるかに拘束される作業になるだろう。少し景気のいい支払いなので間違いなくそうだ。

 家族の叱咤激励に答えるとなるとこうなる。

 正社員の再雇用は絶対にない。

 がんばりようがない。

 このピンチをいなせないなら俺はアホだ。

 時給計算にしない理由を聞いたら、だらだら時間だけかけてかせぐやつがいるからと言われた。そりゃそいつなりの生活防衛だな。

 だから出来高にすれば早く仕上げれば時給計算上はおいしくなりはしないかと説得されたが、要件の後だし、途中変更には「当然」追加支払いが発生するよねと聞いたらそこは予測して先手管理でよろしくとしれっという。ばかばかしいできるわけがないと断った。

「まぁ、そうだよなぁ」

 無理だと思ってたらしく、元自社の上司は最後にはそういって苦笑した。

 なんで俺に声をかけたのか聞いたら、元のクソ上司が元社員として俺を推薦したらしい。とことん迷惑な人だ。

「就労時間上限つきの時給で雇って完成インセンティブつければいいじゃないですか。優秀なやつなら、仕様変更の飛んでくる前にあっという間に完成させようとするでしょう。で、あなたは完成報告してしまえば追加予算ぬきでの修正はありえない話になってしまいますよ」

 入れ知恵しといた。俺には無理だが、できそうなのがいる。本人がよければ紹介するよと言っておいた。

 まあ、予想通りだったが話をした喫茶店での会計は別会計だった。ケチくさい話だが、あの会社、課長もあんまり手どりがない。

 できる元同僚は今はフリーランスでやっている。電話をかけ、久闊を叙して話をすると連絡してみるとのこと。あとは本人たち次第だ。

「まあ、断ると思うよ。主に契約書の話でね」

 会社が用意する契約書にサインする気はなく、自分の用意するのにサインしてもらうつもりらしい。それはたぶんものわかれだな。

「まぁ、その時はほいほい受けてくれるやつを紹介するよ。『訴訟屋』で知られてる一味のやつだけどね」

 うわぁ。詳しく聞く気になれないけど、最後に結構な示談金をむしり取るんだろうなってのは予想がつく。

「なんでそんな連中知ってるんだ」

「やられそうになったことがあってね。なんとかかわしたらそれから仲良くなった」

 それはとうてい真似できないな。

「話かわるけど、お前、うちの顧問担当弁護士殿と同級生なんでってな」

「へ? 」

 年齢的にはどう考えても駆け出し勉強中で、誰かを担当できるとは思えないのだけど。

「システムメンテナンスを条件に相談にのってもらってる事務所があってね。そこの新人なんだけど勉強かねて契約書のチェックなどお願いしてるんだ。もちろん安いが費用は出してる。森沢美穂って名前なんだけど覚えてない? 」

 幼稚園から中学までの同級生だ。小さいころは男の子みたいなやつで、喧嘩も強い悪ガキっぷりで圧倒されてたな。中学でいきなりこぎれいになって成績も上位になり、いつしか疎遠になった相手だ。

 そうか、弁護士になったのか。幼いころのあの闘争心と学年がすすんで努力で開花させたあの頭があればむいているかもしれない。

「なかなかすごいぞ。家庭に入る気はないが、家庭に入って家事全般きちんとやって、ついでにかわりに子供産んでくれる旦那がほしいそうだ。どうだ? 」

「いや無理だろうそれ」

 たぶんこいつが口説いてそんなこと言われたので面白半分に俺に押し付けようってとこだろう。

 そして気になることが一つあった。

「彼女に俺のこと、どこまで話した? 」

「いろいろ。あ、電話番号とかは教えようとしたら本人同意があるまでだめだと断られた。教えていいか? 」

 この流れでいいわけねぇ。

「俺がいま無職って教えたな」

「うん、そしたら採用面接したいなと。もてるねぇ」

 もててる……のか? 小さい頃はふりまわされてフォローばかりすることになってたけど、それか? 

「で、教えていいよな」

 気は進まないが、様子も知りたいしうんと答えた。おかしな期待もほんの少しだけもってたけど。


 ゲームにログインすると体が妙に軽かった。昨日の討伐でいわゆるレベルアップのようなことがあったらしい。具体的にどうなったかわからないが身体能力が少し向上したようだ。神殿にいくと、珍しいことにアストリーデが一人でぽつんと座っている。兄貴のジークハルトも彼女目当てのスカウトとクレリックの二人もいない。

「珍しいね」

 思わず声をかけてしまった。この娘と別に仲が悪いわけじゃない。ただ、兄の干渉と二人の男の嫉妬が面倒くさくって距離をおいているだけ。

「兄さんがちょっと仕事の関係で今日ははいってもかなり遅いんだ。あの二人には兄さん経由で今日は入らないって伝えてあるのでフリーだよ」

「じゃあ、たまには一緒にやるか」

 アストリーデは微笑みのエモーションを行った。イエスということだね。

「マタザさんと組むの久しぶり」

 マタザというのは俺のキャラ名だ。本名なんか親しくなっても普通は共有しない。

「討伐、護衛、ものさがしどのへんがいいかな」

「討伐はあきたから、護衛かものさがしがいいかな」

「護衛は内容によっては時間がかかるよ。ものさがしのいいのがあったらやってみよう」

 ものさがしといっても、採取、採鉱から遺失物回収、行方不明者捜索などいろいろある。今はイベント中でそこらへん中に魔獣がいるので難易度の選べる討伐より危険なクエストだ。

「これやってみよましょう」

 隊商が盗賊に襲われて奪われた手提げ金庫を奪回するクエスト。依頼者は金庫の持ち主の商店。イベントの少し前に発注がでていてまだ達成はされてない。

「盗賊たちの村に取返しにいかないといけないぞ」

 それは大勢の知恵も回る相手に囲まれるという意味だ。野犬の群れより面倒な相手だ。受ける者がいなかったのもわかる。攻略するならきちんと指揮された結構な人数が必要だろう。

「こいつらの村、防備どの程度だと思う? 」

「丸太の柵がいいとこだろうな。あとは沼沢地の中の島だから水まかせだろう」

「人間が攻めるとちょっと大変だよね」

 ああ、彼女のいいたいことがわかった。今はイベント中だ。そして魔獣が襲うのに人間の区別なんかしない。

「運がよければ魔獣に襲われて全滅、そうでなければ」

「うん、ボクの魔法で柵に穴いくつかあけてやれば」

 アストリーゼ、楽しそうだ。日ごろの猫かぶった清楚っぽいイメージが完全にくつがえっている。

 そういう子だって知ってたけどね。今日はストレス発散する気まんまんだ。

 でもちょっと二人だと不安だ。

 フレンドリストを見て、何度か組んだ何人かに声をかけ、最終的に二人合流してくれることになった。

 男の魔弓士と女のビショップだ。魔弓士は魔法で加速した矢を放つ職業、今回きてもらったのは山猫のクエストで一緒だった耳長族、つまりエルフの男の子で小柄な種族らしく子供に見えなくもない。ギリースーツの役割もはたす青々した蓑と、軽金属だがハニカム構造をもってて頑丈な胸当てをして生きた弓を手にしている。名前はハシバミ、日ごろはソロで狩人プレイをしている。

 ビショップはクレリックの上位職で物質変換の錬金術とそれに付随する鑑定能力をもっている。正確には知識と経験を身に着け一定以上の鑑定能力を得たクレリックが錬金術に目覚めたのがビショップで、ビショップであるということは廃プレイヤーであるということでもある。彼女はカタリナ、名前はキリスト教の聖女にちなんでいるのだろうが行動は真逆だ。つまるところ、強欲で利己的。今回も盗賊の村を自由にあさっていいことを条件についてくることになっている。

 今回は俺がタンクをやることになるので、ソロの時は持たない大き目の盾と重い目に調整した短槍をもった。用法は突くより叩くほうが多くなると思う。

 以上四人、準備が整ったところで盗賊の村にむけて出発した。



 

 

 

 




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