第2話 覚醒前②

 もう少し強い魔獣。群れの状態の野犬は一人では危ない。幸いというか、彼らは縄張りをつくるのでその中に踏み込まなければ単独行動するもう少し強い魔獣を相手にするだけですむ。

 次に相手しにいったのは山猫とよばれる魔獣で、柔軟で強靭でつるつるした毛に体を包み、やわらかい肉球としなやかな筋肉で獲物の背後に回り、鋭い爪で一気に切り裂きにくるというハンタータイプだ。こいつよ野犬の群れがぶつかった場合、リーダーをまっさきにやられて散り散りになる。遠目に見たことがある。その時は獲物の奪い合い、つまり不幸な住人をどちらが食うかの争いだった。

 魔弓使いと組んでいたので、直後に勝った山猫を射止めて人命救助クエストは成功したが何もかもぎりぎりでなかなか冷や汗ものだった。

 今回はちょっとでも油断すれば殺されてしまう一般市民はいない。場所も山猫の得意な林ではなく、廃屋のならぶ旧市街。この条件ならさっきの野犬二頭より山猫一頭のほうが狩りやすい。狩りやすいといっても、現実とは違うこの身体感覚、強度のおかげなのでカンがもどってないと危険極まりない。

 先ほどのジークハルトなら「最悪一回死ねば思い出すよ」というがゲームとはいえ、そこは緊迫感がほしいのでなるべく死なない。死ぬような無茶はしない方針でやってる。

 山猫は油じみた丈夫な毛の流れが切っ先をすべらせるので刃物、刺突武器では少し仕留めにくい相手だ。体重も軽いので跳ぶことで受け流しもしかけてくる。その分、打撃には強くはない。重戦士なら盾で受けて槌鉾のような打撲武器で横殴りにするのがセオリーだ。後ろから来るので、タイミングを合わせるのが難しい。

 この毛皮の特性のおかげで盾の表面に山猫の毛皮をはったり、手甲にはりつけて受け流しやすくしたものは珍しくない。俺の手甲もそうだ。

 突きさす武器には相性の悪い山猫の毛並みだが、前から後ろに流れるように生えているので、実は後ろから刺せば結構通る。弓使いは隠れたまま絶好の角度になったところで仕留めるという根気のいる戦い方をする。例外は魔弓使いで、重量のある鏃を魔法の力で飛ばして突きさすというより打ちのめすような矢を放つ。あの時の山猫は内臓破裂を起こして全身の穴という穴から血をふいた。

 そういう反則な攻撃はおいておいて、じゃあ槍使いはというと知るかぎり二種類。そらしきれない勢い、角度で突きこむ、あるいは守り切れないピンポイントを狙うといった職人芸の突くことにこだわった人と、石突などで殴る振り回し派だ。職人芸のほうがむずかしそうだが、山猫は追い詰められないかぎり正面から絶対戦わない。必ず一度逃げて背後を狙ってくる。全周警戒をしていてもその隙をつくことを好む。逃げればよし、逃げなければ一人づつそうやって間引いていく。逃げた山猫を追跡するのはかなり危険が伴う。

 攻撃の絶好のチャンスは山猫が襲い掛かってくるタイミングということになる。そこで直線的な突きと回転する殴打とどっちが当てやすいかは語るまでもないだろう。

 俺の場合は気配で見当をつけて石突をおもいきり跳ね上げている。この肌感覚も鈍ってるとまずい。さっきの野犬の挟み撃ちはちょうどよいリハビリになった。

 跳ね飛ばされた山猫はだいたい猫族らしく空中で姿勢をただして柔軟に着地する。そんなに遠くに飛ぶわけもなくほぼ目の前に落ちる。そのときどちらがこっちに向いてるかでどうするかを決める。相手は一秒くらいしかふらついてないので迷ってる暇はない。顔がこちらなら返す穂先で目や口の中を、尻なら肛門を、横なら腹だ。

 山猫を二匹仕留め、城門までかついで帰ってそこにいる毛皮職人に売る。自分でやってもいいのだけど、もう少しカンを戻すために別のと戦いたかったので安くなるがそうしたのだ。一頭は腹を突いたので少し安く、もう一頭は肛門を突いて腸を引き裂いたおかげで毛皮がきれいで結構いい値段になった。

 最後に戦ったのは小型の熊だった。全身を筋肉の鎧と毛皮で守り、力が強く、爪と牙で戦う熊型の魔獣はタイプとしては最強の一角だ。広い場所なら堅い装甲と重量をいかした突進を行うサイ型にはゆずるが、あれは罠かなにかでしとめるものでこうやって戦うものではない。

 山猫を追い出した小型熊は林に陣取っていた。縄張り意識があるし、魔獣は直接の繁殖はしないので一頭だけ相手にすればいいのは気楽だ。

 野生の熊なら人間は避ける。だが魔獣は人間を殺すことを使命としているらしく、見かけるとかけよって殺しにかかってくる。山猫が一度逃げるのだって、自分のスタイルで襲うためにすぎない。

 熊の場合まっすぐ走ってくるので 誘導して罠にかけるか自信があれば真正面から相手すればいい。現実の人間にはできないことだが、ゲームのキャラなので要領がよければ十分対処可能だ。ただ、彼らの走る速度はやたら早い。

 一頭目は槍が間に合ったので立ち木に押し付けるようにしてそのまま死ぬまでがんばった。もう一頭には不意をつかれた。

 すぐそこに立ち上がって両手をあげ、爪と牙で躍りかかってくる。槍を横向きにもったまま爪を受け止め、牙がとどかないよう蹴りをいれた。熊は槍を持つ手に噛みつこうとしたが、小手をつけていたおかげで指は無事だった。小手はだいぶぼろぼろにされたけど。

 実際には素手の人間が小型でも熊にダメージを与えることは期待できない。

 だが、俺の鉄板で補強した靴のつま先は熊の筋肉につきささり、不意打ちしてきた熊はたたらをふんだ。

 結構な力だ。そして押し合いでまけてない。これは単に力の問題ではない。

 数値化で見れないのでわかりにくいが、力が向上するとペナルティとして体重も増えるという仕掛けになっている。だから熟練のプレイヤーは足元に特に気をつける。

 踏み抜いたり、沈みだしたりするから。

 そのかわり武器にも使える。踏みつけるだけでかなりのダメージを出せる。

 その日は小熊でひきあげることにした。ここから先にいけばジークハルトたちと顔を合わせることになる。それに今日は感覚を戻すリハビリだ。

 町に戻って神殿で報告をすませ、ゲームの自宅に戻って道具の手入れをすませた。これを怠ると錆びたり腐ったり固くなったりする面倒もこのゲームのリアルさだ。おかげで人を選ぶといわれているが、ただ決まった作業をやるのではなく、自分なりの工夫の余地があるのがよい。面倒なら町の職人に依頼することもできる。

 ログアウトして自分の部屋にもどる。まだ手や足にじんじんと戦った感覚が残っていた。

「悪くない」

 声にだしてしまった。そう、悪くない。あの緊張感とゲームと思えない実感。

 ドアが乱暴にノックされた。

 ぞんざいな若い女の声で食事ができた、と教えられる。高校生の妹だ。受験を控えている上にこんな兄貴がいて、神経質になっている。

 俺とちがって頭のいい子で、公立だが進学校にすすみ、成績上位で大学も駄目な兄貴には思いもよらなかったところを狙っている。具体的に何かとは言わないが、俺の存在が自分の将来に影を落とさないか心配しているみたいだ。

 母が余計なこといってるせいだろうな。

 針のむしろみたいな食卓から戻ったらこんどは勉強の時間だ。

 学校の勉強をやりなおしているのだけど、受験のためではないので問題を解くのではなく、実用のための基礎を固めている。分野としては三つくらい。少し欲張りすぎかもしれない。手堅いのが一つ、こちらは資格もとって再就職のための準備中だ。このことを父に話したらいろいろ資料やテキストを取り寄せてくれた。感謝しかない。条件として今度こそ辛抱しろというのだけど、辛抱だけの仕事じゃ続くわけがないとは理解してくれないのだろうか。

 もう一つは一攫千金だけどほぼ望みのない分野。投資だ。わずかな貯金のほんの一部を回しながら、経済理論のようなものを学んでいる。結構高度な数学を使うので勉強は一番きつい。

 最後は投資の補助として、やめる前にあたためていた企画をかなり改変したもの。人工知能のチューニングだ。ホビー用のキットから始めているので完全に児戯なんだが、開発史とあわせるとずいぶん面白い。しかも、キットが勝手にいろいろ拾ってきてくれるので読むだけ、やってみるだけ、時々調べるだけと一番趣味に近い。これで職業にできるとは思ってはいないが投資の勝率が少しあがってるようで成果を実感できるのがいい。

 ああ、忘れてた。キットというのは俺の人工知能の名前だ。キット組みだからキット。安直だが気に入っている。

 そのキットが今日は変なことを言いだした。

「不審な要素があります」

 株式の話かと思ったら違った。

「あなたはモニターされています。そう信じるに足る兆候を十一あげることが化膿です。例えば、あなたの体から監視用ナノマシンの信号が検出できます。そして、監視用ナノマシンのことを私がしっていることが不審です。そのようなものはないはずなのです」

 どういうことだ。

「引き続き、調査しますか? 」

 してくれ、以外の返事はないだろう。

 


 

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