とまどう神々は亡霊の声を聞く
@HighTaka
第1話 覚醒前①
「そこまで」
広い試験会場に監督官の鋭い声が響いた。俺もほかの受験者もほんの数秒だけ悪あがきに鉛筆を動かし、そしてとがめられないように置いた。
緊張がとけ、どこか弛緩した空気の中、答案があつめられていく。
学校の受験とかではない。資格試験だ。何の資格かはあんまり重要じゃない。
なんであろうと、再就職、起業、とにかく今の境遇を脱するための努力の一つにすぎない。
今の境遇、つまり無職。
少し前に、大学を出て就職した会社をやめた。
いわゆるブラック企業で、就業のきつさもさりながら、二種類の人間がいるのが気に入らなかった。まじめに仕事について知恵と努力を惜しまない社畜と、その成果を自らのマネジメント能力と吹聴する出世株だ。
吹聴するだけあって、より多くの成果を手にする上司は仕事の環境を整えるのも巧いし、社畜の勤続年数を長持ちさせるのも上手だ。だけどそういうのは十人いれば二人がせいぜいで、残りは社畜を搾取して胡坐をかいているだけ。
有能な上司のところに異動させてもらおうと思ったけど、競争率が高く、君は別にいらないといわれた上にかぎつけたその時の上司にさんざんいびられた。
やってられるか。鶏口牛後だと辞表をたたきつけたのだけど、そういうのは茶飯事らしく慰留されることもなく自由の身となった次第。
高校生の妹には生意気にも根性なしとあざけられるし、母親は泣くし、父親はせめてもう少し頑張るべきだったんじゃないかと説教。
居心地は悪いが恥をしのんで実家に居候させてもらいながら、しばらくのんびりしながら資格をいくつかとりつつ、アンテナを広げてこれからについて考えているところだ。
あちこち旅行してみたい気持ちもあるのだけど、さすがに貯金切り崩しがきついのと、ニート状態ではそれももうしわけない。息抜きは違うもので行っている。
VRMMOとかいうやつで、何がすごいかっていうと頭にかぶるだけなのに吹く風を感じるほど身体感覚まですごくリアルだ。ゲームなので身体能力なんかも数値化されているはずなんだが、それは知ることができず、戦闘も魔法も自分で感覚をつかんで自分で動かないと何もできない。唯一リアルでないのは痛覚で、ダメージを受けた場合、度合いによって短時間麻痺したり、出血や骨折など受けたダメージの種類に従って制限を受けたりする。魔獣に腕をかみちぎられ、硬直してる間い首を頭をかじられて死んだ時には痛みがなくてもかなり怖い思いをした。その分、必死になれる。無理ならやめるか生産職でもやるしかない。
このゲームのスキルはプレイヤースキルしかないってとこが気に入った。
身体能力は使うほど強くなるようで、数値で見えないがいつのまにか実感できるくらいの差が出てるのもなかなかいい。
このゲームでは、機械の神をまつる都市を襲ってくる魔獣の群れから守るという設定で、守りかたも街道の安全を保全するために迷い込んだ魔獣の群れを追跡、捕捉して倒すというもの、弱いが数は多いせいで町の近くに出る魔獣を間引くもの、強い魔物を都市に近づけないために遠征するもの。最終的には魔獣をけしかけてくる魔王を討伐に遠征するのだという噂もある。どのクエストもおろそかにすると町の住人に被害が出たり、食糧事情が悪くなったり、都市が総攻撃を受けて陥落しそうになる。
町の住人は時間がたてば死んでもまた出てくるというものでなく、死んだら死にっぱなしになるので死んでいなくなった職人のかわりを遠い安全な国から連れてきたり、弟子探しを手伝うクエストもある。プレイヤーが職人になる道もあるので、楽しみかたは自由だ。クエストはどうみても人型ロボットの機械の神が神殿で託宣として紙に書き出し、これを神殿がつかさどる冒険者ギルドに張り出したのを受注する。
体を動かすのはもともとは嫌いだった。だけど、本当はそうでもなかったらしい。嫌いだったのはおかしいと思っても言われた通りに動かすこと。自分で考えたり、選択して動かすのはむしろ大好きらしい。生産スキルを少しかじって自分好みの武器を試作することも覚えた。何しろ職人に依頼するとできはいいが金がかかるのだ。それで形がきまると、腕のいい職人に依頼し、自分専用の槍と、護身用、日常用の山刀がそろった。
資格試験のころは襲撃イベントの真っ最中で町の裏手の弱い魔獣から正面のボス級の強い魔物までいろんな魔物がひしめいていた。当然、外からの流通は止まってるので決まった期間に一定以上の討伐をはたさないと町が滅びる。
「おや、なんでそちらにいくんだい」
鼻にかかった気障なものいいが装備を整え裏門に向かう俺にかけられた。豪華なつくりの護拳をそなえたサーベルに薔薇の刺繍のはいった白い綿甲。綿甲、または綿襖甲は中華式の鎧なのだが、汚れが目立つのに白で染め、細かいところも精いっぱい西洋風に直した上にかぶとはドイツ式のピッケルハウベとなんかもうタキシード来た風味にしようとしてる変なやつだ。フルプレートやハーフプレートのアーマーもあるんだが、大変高価なので着用してない理由は予算の問題なんだろう。
「リアルのほうで試験があって、少しブランクがあるからね。まずは小手調べから勘を戻していかないと」
「そんなのガンガンいけばいいじゃないか。うっかり死んでも五分で復帰できるし。おまえもこいよ」
誘うほうには三人くらい見知った顔がいる。スカウトとクレリックの男二人、メイジの女一人、俺はタンクもできるから確かに安定するだろう。だが、綿甲の彼、キャラ名しかしらないジークハルトはともかくあの二人は女メイジの気を引きあってるところがあって、面倒だ。ジークハルトはあの女メイジ、アストリーデの実兄で俺が変に気に入られてるので少しかりかりしているところがある。面倒くさい。
「いや、迷惑かけるからまずは野犬でも狩ってカンを戻すよ。その後合流できるなら合流しよう」
数値化されたスキルにまかせてれば勝てるような甘い設定じゃない。間抜けな死に方なら何十回も見てるし、そのうち何回かは自分だ。戦列組んでる仲間にそれをやられると言葉に出さなくてもいらっとする。まして先ほど述べた事情であのスカウトとクレリックが俺に優しく接する動機は皆無だ。
「そうか、わかった。なるべく早く合流してくれよ」
こいつの中では既定らしい。気に入ってくれるのはいいが、ちと暑苦しい。妹のほうも同じ理由でよく苦笑いしているが兄妹仲はそう悪くないみたいだ。本人たちは「そうかなぁ」という反応だけど。
野犬とよんでる魔獣は本来群れで襲ってくる難敵だが、荒れ果てた畑の雑魚ゾーンにいるのはリーダーを失って他の群れや魔獣においやられた「負け犬」とよばれるはぐれで、単体で行動している。犬なのだが目が真っ赤でぎらぎらしているし、牙がやばいくらい鋭く大きい。そのせいで頭が重くて動きが悪く、一対一ならよほど油断しなければやられない相手だ。
だからといってなめてかかっていいわけではない。群れの時なら仲間のいる安心から油断することもあるが、今のこいつらは必死だ。必死だから釣りにもひっかかるが、見せた隙をものにせんと死に物狂いなので全力、集中してかからないといけない。
だから一体目は真正面から戦った。ぐるぐる回りこんで食いつく隙を求める動きに、こちらは槍を構えたまま最小限の動きで回転して絶対隙を見せないようにした。
まずいことにもう一頭野犬が現れた。彼らは仲間ではないが、挟み撃ちにして獲物をわけあうつもりになったらしい。とまどった様子を見せれば気の大きくなった彼らは両側から一気に駆け込んでくる。
ためらいは危険だった。穂先が向いているほうに思い切り踏み込み、カウンターで喉をついて引き返す石突をもう一頭の喉に押し込んだ。手ごたえがきつい。穂先でついたほうは地面に倒れてびくびくしている。石突でついたほうは飛び退ってけほけほしている。血も吐いているようだ。動きが鈍っているうちにこちらも穂先で突く。管槍にしてあるので突き戻しともに早い。その代わり突きが片手頼りで弱くはなる。
野犬だからそれでかたがついた。もっと格上の魔獣は持ち方を変えたりしてしとめるまでもっと大変だ。
このゲームの面倒なことに、倒した獲物の処理も自分でやらないといけないということがある。勝手にアイテムになってくれたりはせず、血みどろの死体をいじらなければならない。あるいは毒をかけて目印をつけて放置でもいいし、最悪放置でもかまわない。そんな腐乱死体なんかにも時々出会う。ちょっと前の自分の死体だったなんてこともあった。
今回は野犬の一本だけ生えている黒い毒牙をえぐりとって証明とするだけにとどめた。死体は見えるように捨てておけば、後で清掃クエストの初心者が片づけてくれるだろう。
カンが戻ったと思うまで野犬を十数頭狩った。戻ったと思ったのは相手の動きにあわせて自然に首筋、動脈のあるあたりを突くことができるようになったからだ。
それでもう少し強いのがいるところにいくことにした。
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