#21

――宿屋の入口の間にドミノの行くと、そこには二人の男女がいた。


三十代であるドミノよりも明らかに若い二十代くらいの二人だ。


ドミノが知らない顔である男女を見ていると――。


「では、私はこれで失礼させてもらいますね。どうぞごゆっくり」


宿屋の主人は、入り口の間からから去って行く。


ドミノは何も言わずに対面した二人の前へで両腕を組んでいると、男のほうが声をかけてくる。


「あの、夜も遅くにすみません。実は助けてほしいんです」


「お金ならあります」


男が申し訳なさそうに口を開くと、女も言葉を続けた。


どうやらこの二人は、ドミノが買い出しで回っていた店の店主に彼女が凄腕の賞金稼ぎだということを聞いたらしい。


顔を隠してはいたものの、どうやらドミノの変装を見破った人間がいたようだ。


ドミノは不安そうに話を続けている男女に、その無愛想な顔を向けたままでいた。


そして、その内面では、顔を隠して買い物していた意味がなかったことに落胆している。


彼女はなぜ気が付かれたのだろうと思いながらも、まだ賞金稼ぎとして認識されているのなら、自分やレオパードの手配書は出されていないと考える。


ここら地域一帯の荒っぽい仕事を仕切っているマダム·メトリーならば、すぐにでも自分たちに懸賞金をかけていそうなものだが。


ドミノが黙って考え込んでいると、彼女の態度が悪いためか、女のほうが身を乗り出してきた。


「あなたがあのガナー族の生き残りだっていう有名な賞金稼ぎでしょ?」


「どうして私がガナー族だとわかるんだ?」


ドミノが訊ね返すと、女は慌てながらも言葉を続ける。


「だって、その腰にあるものって拳銃とかいう武器でガナー族の象徴だって話を聞きました。なんでも特殊な加工技術で造られた――」


「そうだ。たしかに、私は賞金稼ぎだ」


言葉を遮って答えたドミノに、女は委縮してしまっていた。


不安そうだった顔をさらに強張らせて、その身をブルブルと震わせている。


何か不味いことでも言ってしまったのかという表情だ。


そんな女を庇うように、今度は男のほうが話し出す。


「すみません、なにか気を悪くしたのなら謝ります。お金ならあるんです。助けてください」


「いくらだ?」


「これだけあります」


男は持っていた袋の中身をドミノへと見せた。


袋には薄汚れた硬貨が大量に詰まっている。


額にして二日分ほどの宿屋代くらいといったところだろう。


宝石を金に換えた今のドミノにとっては、はした金もいいところだ。


「足りないな」


「そんな……。せめて話だけでもッ!」


「いや、どうみても足りない」


ドミノは両腕を組んだまま、男女二人に説明をした。


今は報酬を受け取ったばかりで金に困っていないため、仕事をする気はない。


悪いが他を当たってくれと、冬の早朝のような冷たさで言った。


ガクッと肩を落とす二人に背を向け、ドミノはその場を去っていった。


「クソッ! せっかくこんな大都市に来たのにッ!」


「どうしよう……? 村を守ってくれる人を雇えなかったって聞いたら、みんな……」


「結局おれたちの住むちっぽけな村なんて、誰の目にも触れられずに消えていくしかないのかッ!」


二人の会話を聞いて、ドミノは足を止めて振り返った。


顔を上げて振り返ったドミノを見る男女に、彼女は訊ねる。


「ちっぽけな村……。ここらにそんなものあったか?」


「えぇ……。おれたちはここから見える山のふもとにある村に住んでいます。とはいっても、あなたがそうなように誰にも知られていない村ですけど……」


「仕事を引き受けよう」


「えぇッ!?」


急にドミノが依頼を受けると言い出すと、男女二人は驚きながらも歓喜の声をあげていた。


そんな二人を見てドミノは考える。


誰にも知られていない村――。


それならば身を隠すのにうってつけだと。


それからドミノは、男女二人から依頼内容を聞いた。


どうやら二人の住む村に略奪者の集団が現れ、村で取れる農産物が取られてしまっているようだ。


二人は何度もこの街の賞金稼ぎギルドに仕事を頼みに来ていたが、人里離れた場所に村があるということと報酬も低いというのもあり、誰も依頼を受けてくれなかった。


たしかに略奪者の集団を相手にするのに、二日分くらいの金銭では割に合わない仕事だ。


だが、今の逃亡者となったドミノにとっては、誰にも知られていない村というのが報酬代わりになる。


依頼内容をを聞いたドミノは、報酬はいらないと言うと、代わりに長期間村に滞在させてほしいと頼んだ。


「いいですけど……。何もないとこですよ。さっき言っとおり知られていないから商人も来なくて買い物も不便だし」


「あぁ、それがいいんだ。早速お前たちの村へ向かおう。馬車を出す。出発の手伝いをしてくれ」


男女二人はドミノが言っていることの意味を理解していなかったが、凄腕の賞金稼ぎとして有名な彼女を雇えたことを喜んでいた。


ドミノは口にしていたようにすぐにでも行動を起こし、まずは宿屋の主人に宿泊を取り消すことを伝えると、一泊分の料金とキャンセル料を払ってレオパードとマジック·ベビーがいる部屋へと戻る。


部屋に戻ると、マジック·ベビーを抱くレオパードが訊いてくる。


「誰だったの? 相談したい人って?」


「荷物をまとめろ。すぐに出発するぞ」


「はぁッ!? ちょっといきなり何を言い出すんだよッ!? さっきは早く寝ろって言ってたじゃんッ!? まさか追っ手が来たのッ!?」


「いいから準備しろ。いい隠れ場所が見つかった。まあ、その前にひと暴れしなきゃいけなくなったけどな」


声を張り上げるレオパードに事の顛末てんまつを伝えたドミノは、彼女に外で待っている男女二人を連れて馬車を取りに行くように指示を出す。


そして、ブツブツと文句を言いながら荷物をまとめ始めるレオパードに、この宿の前で待っているように言った。


「アンタはどこに行くつもり? 買い忘れていた物があるんなら店はもう閉まっちゃってるでしょ?」


「買い物じゃない。仕事内容は略奪者の集団の相手だ。こっちはお前と私だけ、人手がいるだろう」


「うん? 人手?」


小首を傾げているレオパード。


ドミノの言いたいことがわからない彼女の横では、ゆりかごから嬉しそうにはしゃぐマジック·ベビーの姿があった。


レオパードに馬車の用意を頼んだドミノは、ある場所へと向かっていた。


それは、昼間に勘違いで揉めた相手――盲目の青年シスル·パーソンのところだった。


元反乱軍のメンバーという肩書き以上の実力を持つ彼の力を借りられれば、仕事がすぐに片付くとドミノは考えたのだ。


シスルが泊っているという宿へ入り、入り口の間にいた主人に彼を呼び出してもらう。


「なんだアンタか? わざわざ来てくれて嬉しいが、どうも飲みの誘いって感じじゃなさそうだな」


シスルは勘が良いのか。


ドミノが何か重要なことがあって、自分に会いに来たと察してた。


そんな彼にめずしく笑みを浮かべながら、ドミノは口を開く。


「何かあれば声をかけてくれと言っていたな。早速何かあった。お前の手を貸して欲しい」

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