#20

店の個室へと戻り、ドミノは青年にワインを振舞い、自分たちが何者でどういう事情で旅をしているのかを話した。


赤ん坊と少女を感じて武器を収めた青年を見て、ドミノは彼が敵ではないと判断したのだ。


それから彼女は、自分の名前とマジック·ベビー、レオパードのことを紹介し、出てきた肉料理に手をつける始める。


「なるほど、こんな高級店には似つかわしくないと思って、俺を追っ手だと勘違いしたのか」


「バカだよね~。こんなイイ男が悪いヤツなはずないじゃん」


早とちりしたドミノを笑うレオパード。


ドミノに抱かれているマジック·ベビーもレオパード同意しているのか、手を伸ばして彼女のことをポカッと叩いていた。


レオパードの言う通り、端正な顔をした青年は、その整った顔を緩ませてワインを瓶のまま口に付けている。


「こっち事情は話した。お前は何者なんだ?」


「相変わらず失礼な言い方だね。アタシがこのお兄さんだったら怒ってワイン瓶で殴りかかってるところだよ」


「茶化すな、レオパード」


ドミノとレオパードのやり取りを笑っていた青年は、その口を開く。


青年の名はシスル·パーソン。


元は反乱軍いた人物で、軍の解散後は人捜しで各地を回っていると言う。


いくつかある候補の中でこの地域へとやってきたが、目的の人物はここにはいなかったようで、とんだ無駄足だったようだ。


表情を緩ませながらシスルは話を続ける。


「てっきり俺を追ってきた連中の仲間だと思ったよ。だから全力でいったんだが、アンタ強いな」


腕にはそこそこ自信のあったシスルだったが、ドミノの実力には驚かされたようだ。


それから彼は、ドミノの持つホイールロック式の拳銃に人差し指を向けた。


「それガナー族の物だろう? 特殊な加工技術を持った一族とは聞いていたが、まさか腕っぷしも強いとはね」


「私は仕事柄、荒っぽいことが日常だからな。謙遜しているようだけど、アンタも相当やる。自信もっていいよ」


「そりゃどうも」


シスルと話していてドミノは気が付く。


いや、実はその前から気が付いていた。


彼はずっと両目を瞑ったままで、六尺棒ろくしゃくぼうをついて歩いていた。


そのことを訊ねると、どうやらシスルは目が見えない視覚障害者――全盲らしい。


「ハーモナイズ王国との戦いで目をやられたのか?」


「いや、こいつはもっと昔さ。もう何年も前に魔獣との戦いでな」


両目の光を失ったことを簡単に話すシスル。


ドミノは口にこそしなかったが、全盲の人間が反乱軍に参加していたことを不可解に思った。


たしかにシスルの実力ならば、盲目でも戦士として役には立つだろうが。


何か特別な事情でもあるのかと、つい考えてしまう。


「そろそろ行くよ。ワイン、ごちそうさま」


「礼を言われるようなことじゃない。そもそもそれは詫びの印だ」


「ハハ、まあ、ここで会ったのも何かの縁だ。俺はこの先にある宿に泊まっているから、何かあれば声をかけてくれ」


シスルはそういうと椅子から立ち上がり、六尺棒をついて個室を出て行った。


盲目の青年シスルが出て行った後――。


ドミノたちは食事を楽しみ、この街で一泊することを決める。


現在、街にマダム·メトリー子飼いの賞金稼ぎも見当たらず、ハーモナイズ王国の残党――テンプル騎士団の姿もないため、一日くらいは休めると思ったのだ。


この街を出たら、しばらくは馬車での移動が続く。


次にいつ暖かいベットで眠れる日が来るかはわからない。


それは、精神的にも肉体的にもゆっくりできるのは、今夜くらいだと考えたドミノの判断だった。


シスルとは違う宿――街の外れにあった場所に移動して、一夜を明かすことにした彼女たちは、取った部屋の中でのんびりと過ごしていた。


「どうした? なんか口数が少ないが、どっか調子が悪いのか?」


レオパードに元気にないことが気が付いたドミノが、彼女へ声をかけた。


どうしてだが、レオパードは店を出た後から口数が少ない。


「いや、別に……」


「ならいいが。さあ、今日は早く寝よう。明日からはこうやってゆっくりできなくなるからな」


ドミノは購入したゆりかごへとマジック·ベビーを寝かせると、ベットへと入った。


彼女に続くように、レオパードも部屋に二つあったベットのうちの一つへと横になる。


それを横目で眺めながら、ドミノがランタンの灯りを消そうとすると、扉からコンコンコンとノックの音が聞こえてきた。


時間的には、まだ人が眠るような時間帯ではない。


何か用事があるのなら誰かが訪問してくるのはおかしいことではなかった。


宿屋の人間かと思ったドミノだったが――。


「レオパード、いつでも動けるようにしておけ……」


レオパードにそう声をかけ、枕元に置いていた拳銃を手に取ってベットから立ち上がり、扉の前へと歩く。


「誰だ? こっちはもう眠ろうと思っているんだが」


「おやすみのところをすみません。実はお客さんに相談があるという人たちが来ているのですが、どうしましょうか?」


声は中年の男性――この宿屋の主人だった。


ドミノたちはこの街に来たばかりだ。


そんな人間に相談とはいかにも怪しかったが、ドミノはその者たちと会うことにする。


下着姿から白いワイシャツを着て黒いズボンを穿き、編み上げアンダーコルセット――さらにガントレットとヒップホルスターを身に付けると、持っていたホイールロック式の拳銃を収める。


「ちょっと出てくる。今度は追いかけて来るなよ」


「アタシは言うこと聞くつもりだけど、その子はどうかな~。てゆーか、ひとりで大丈夫? なんかあやしくない? ひょっとして夜の町へのお誘いだったりして。なんか欲求不満に見えるもんね。ドミノって」


「ふざけたこと言うな。ともかく誰か来ても相手にするなよ。お前はここで私が帰って来るまでベビーを守っててくれ」


ドミノは、からかっているのか心配しているのかよくわからない態度のレオパードにそう返事をすると、部屋を出て宿屋の主人の後についていった。


部屋に残されたレオパードは、呆けながらドミノが出ていった扉を眺めていると、マジック·ベビーがゆりかごから飛び出し、よちよち歩きで彼女のことを追いかけようとする。


「コラコラ、今回はダメだよ、ベビー。アタシらは留守番」


だが、そんなベビーに気が付いたレオパードの手によって、再びゆりかごから戻されてしまうのだった。

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