#19

まずは大量の宝石を金銭へと換え、それから旅に必要な食料や薬、衣類などを買い回る。


ここが大きな街だけあって、ドミノが欲しがっていた物はほとんど入手できた。


小さな町では手に入れづらい黒色火薬を作る材料――木炭と硫黄と硝石なども薬屋にあり、これで彼女のホイールロック式の拳銃や、いざというときに使用する爆弾や煙玉も作成することができる。


「よし、必要な物は買ったし、そろそろメシにするか」


ドミノが荷物を大量に抱えながらそういうと、彼女と同じく大量の袋を持ったレオパードが嬉しそうに返事をする。


ショルダーバッグからも、マジック·ベビーも嬉しそうに「あーあー」を声を出していた。


「肉! アタシ肉が食べたい!」


このところろくなものを食べていなかったのもあって、レオパードはいつもよりもワンランク上の食事をしたいと声を張り上げた。


ドミノは食に関しては無頓着ではあったが、あっさりと彼女の提案を受け入れる。


それは、多少値が張ろうが個室をある店を選ぶためだ。


今のところ尾行されている様子はないが、いつどこでマダム·メトリーの手の者や、ハーモナイズ王国の残党の目が光っているかわからない。


用心に用心を重ねておく必要はある。


それに店で宝石を金に換えているのだ。


いわば今の自分たちは大金持ち。


それを誰かが見ていたかもしれず、賞金稼ぎやテンプル騎士団ではなくとも、これだけ大きな街ならば盗賊もいる可能性は高いため、油断は許されない状況である。


「じゃあ、あの店にしよう。ここらで一番高そうなところだし、なによりも遠方から来た貴族御用達の個室があるらしいしな」


大量の荷物を抱えながら、ドミノたちは先ほど買い物して聞いていた街一番の高級店へと歩を踏み入れた。


店に入ると小綺麗な格好をした店員が出てきた。


その女店員は彼女たちを見て怪訝な顔をしたが、ドミノが気前よく前金を渡すと、すぐに笑みを取り戻す。


「この店には個室があると聞いてそれを使いたいんだが、空いているか?」


「はいはい! お二人様ご案内しまーす!」


声を張り上げて個室へと案内してくれた女店員。


レオパードがそんな彼女のことを見て、その現金な態度にムスッと不機嫌そうな顔をしていた。


それでもやはり高い店は安全が保障されている。


案内された部屋はかなり大きく、荷物を端に置いてテーブルに着いたドミノは早速注文することに。


「適当にオススメを頼む。あと具を細かくしたスープはあるか?」


「メニューにはないですが、個室に入れるようなお客様には特別に作らせてもらいます。それで、一体なんのスープがよろしいですか?」


「赤ん坊が飲めそうなものならなんでもいい。そっちに任せるよ」


ドミノの注文を聞いた女店員は、「かしこまりました!」と言うと部屋を後にした。


やっと一息つけるとばかりにレオパードが椅子の背もたれにだらしなく寄り掛かり、ドミノはショルダーバッグからマジック·ベビーを出して椅子に座らせる。


「あれ? どこいくんだよ?」


ベビーを椅子に座らせたドミノが部屋を出て行こうとすると、レオパードが声をかけた。


ドミノはその理由を答えずに、部屋を出て行くと扉の外から彼女に言う。


「ベビーを見ててくれ」


そして、バタンと個室の扉を閉めた。


個室を出たドミノは店内を見回しながら歩いていた。


どうして彼女がこんなことをしているのかというと、この店に明らかに不釣り合いな人物の姿が目に入ったからだった。


ドミノたちが店に入ったときに見えた、身なりの良い客らに紛れていたローブ姿の髪の長い青年。


自分たちも人のことは言えないが、その青年がどう見ても高級店で食事を取るような人間には見えなかったため、ドミノは様子を見ようと個室を出たのだが――。


(いない? どこへ行ったんだ?)


心配しすぎだったかと思ったドミノだったが、青年が店から出て行こうとする後ろ姿が目に入った。


店を離れたのなら追いかける必要はなかったが、それでも気になったドミノは店を出て青年の後を追う。


外へと出た青年は人混みに紛れて裏路地のほうへと入って行った。


当然ドミノは彼を追いかけて路地裏へと歩を進める。


だが、入った路地に青年の姿はなかった。


やはり杞憂きゆうだったかと、ドミノが店へと戻るとすると――。


「俺に何か用があるのか?」


突然青年が彼女の前に姿を現した。


青年の手には身の丈よりも長いサイズの棒――六尺棒ろくしゃくぼうが持たれていた。


相手が臨戦態勢に入ったと判断したドミノは、問答無用で彼に殴り掛かる。


ガントレットを付けた拳が青年へと放たれたが、彼は両目を瞑ったままそれを躱し、持っていた六尺棒ろくしゃくぼうを振るってドミノの身体を押さえつけた。


身動きを封じられたドミノだったが、強引に六尺棒ろくしゃくぼうを振り払い、再び青年へと飛び掛かる。


狭い路地裏で長い棒を使うのは不利だ。


それでも見事な身のこなしをする青年を見てドミノは思う。


この青年が何者かはわからないが、今見せた動きはただ者ではない。


ここで倒しておいたほうが安心できると拳を振るうが、青年は突きの連打を繰り出し、自分の得意な間合いを譲らなかった。


両腕のガントレットでその攻撃を捌きながら、ドミノはヒップホルスターへと手を伸ばし、ホイールロック式の拳銃を握って向ける。


だが、青年の動きも速い。


ドミノは青年に銃口を突き付けたが、彼の突いた六尺棒ろくしゃくぼうが彼女の喉元を捉えた。


ホイールロック式の拳銃と六尺棒ろくしゃくぼうが交差する。


互いに致命傷を与えられる状態となったが、二人とも武器を向け合いながら動かなくなった。


「あーあー」


「ねえ、なにしてんのアンタら?」


ドミノと青年が振り返ると、そこにはスープの器を持ってゴクゴクと飲んでいるマジック·ベビーと、呆けた顔をしたレオパードの姿があった。


そんな二人を見たドミノが呆れていると、青年が武器を収めて笑う。


ドミノもまた戦う気が失せたのか、拳銃をホルスターへと戻した。


「はぁ……。なあ、よかったらメシでも一緒に食べないか?」


深いため息をついたドミノは、青年を食事に誘った。

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