#18
「そいつは私の仕事を何度か手伝ってくれていただけだ。礼に食事と水はやっていたが、私のものというわけじゃない」
ドミノは別に自分が飼っている馬ではないと答えると、レオパードは名前を付けることを提案した。
これから長い逃亡生活に入るのだ。
呼び名があったほうが愛着がわくし、馬だって喜ぶだろうとレオパードは言う。
「そんなものか? まあいい、好きにしろ」
「じゃあ、ついでに赤ちゃんの名前を付けちゃおうよ。ずっと赤ん坊じゃかわいそうだしね」
ドミノが赤ん坊を抱き上げて荷台に乗せると、心なしか赤ん坊も賛成しているようだった。
あーあーと呻きながら笑顔で首を振っている。
「なら、お前に任せる。手頃なの付けてやってくれ」
「手頃なのってアンタ……。よし、じゃあアタシがつけちゃうね。赤ちゃんのほうはマジック·ベビーで、お馬ちゃんはユニコなんてどうよ?」
「マジック·ベビーってそのままだな……。それにユニコって、額に一本の角が生えた伝説の馬の名前からとったのか?」
「そうだよ。ユニコーンには幸運、成功、生命力を暗示する意味があるって何かで見たことがあるんだけど。アタシたちを助けてくれたこの子にピッタリじゃない」
「……あぁ、もうそれでいい」
「なんだよその反応はッ!? せっかくアタシが知恵をしぼって考えたのに!」
愛想なくどうでもよさそうに答えたドミノに、レオパードは声を張り上げながらも手綱を引いて馬車を出発させる。
「ハイヨー、ユニコ! アタシたちを安全な場所まで運んでくれ!」
そして、早速自分が付けた名前を馬へと叫んでいた。
馬も呼ばれたのが自分だと理解しているようで、レオパードに声を大にして鳴き返している。
その様子を荷台から見ていたドミノは、「はぁ」とため息をつくと昨夜に矢で射られた傷の包帯を新しいものにしていた。
レオパードはずいぶんとお気楽なようだが、正直今後のことを考えると先行きは暗い。
元々マダム·メトリーがいなければ、賞金稼ぎとして生活していくこともできなかった自分だ。
後ろ盾を失った――いや、敵にしてしまい、おそらくは自分たちには懸賞金がかけられているだろう。
賞金稼ぎから賞金首になる話など、喜劇か悲劇か。
ともかくこれからどうすればいいのか、自分たちの身の振り方を考えねばと、ドミノは神妙な面持ちで自分の傷を見ていた。
そんなドミノの不安な気持ちを察したのか、赤ん坊――マジックベビーが彼女の身体にすり寄ってきた。
不安定な荷台の中で両足で立ち、まるで慰めるように手を伸ばしてくる。
「そうだ、弱気になっていてはダメだった……。ありがとな。お前は優しい子だ」
「ちょっと! マジックベビーって呼んであげてよ!」
「なあ、お前の付けた名前に文句はないんだが。マジックベビーは呼び名にしてはちょっと長くないか?」
「だったら略してベビーとかでいいじゃん」
「それならマジック·ベビーじゃなくてベビーでいいだろう……」
「わかってないな。略すのがいいんだよ~。なんか親密な感じがするでしょ?」
レオパードの言葉を聞いたドミノは、もうそれでいいと赤ん坊を抱き上げた。
先ほどまで心配そうにしてたマジック·ベビーの顔に笑みが戻っている。
どうやらレオパードの付けた名前が気に入っているようだ。
「ま、それでいいか」
「だから~なんでそんな言い方しかできないんだよアンタは!」
レオパードがドミノの態度に声を荒げると、どうしてだが馬のユニコが嬉しそうに鳴いた。
そんなユニコに同調したのか、マジック·ベビーもはしゃぎながら手を振り回すのだった。
ドミノは今後のことを考え、ハーモナイズ王国の残党――テンプル騎士団総長ジャド·ギ·モレーから受け取った報酬を金銭へと換えようとしていた。
だが宝石を買い取ってくれる場所は、それなりに大きな街へと行かなければいけない。
それは、それだけ人目につくということになる。
危険は伴うが、旅に金は必要だ。
多少危ないとしてもここは迷わずにいくべきだ。
それに、火薬や食料なども入手しておきたい。
「レオパード。このまま川沿いに進んでいけば街が見えてくるはずだ。そこで旅の支度を整えよう」
「オッケー。ハイヨー、ユニコ!」
ドミノはレオパードに自分の考えを伝えると、彼女は二つ返事を了解し、ユニコの引く馬車を近くで一番大きな街へと進ませる。
「街に着いたら大人しくしていろよ。お前はその剣といい、何かと目立つからな」
「そんなにビビることないんじゃないの? 追っ手だってまいたし、もう見つかりっこないでしょ」
「マダム·メトリーは甘くない。すでに私たちの手配書が出回っている可能性は十分にあるんだ」
マダム·メトリーが仕切っている賞金稼ぎギルドは、以前にハーモナイズ王国があった中央部からかなり離れた辺境にあった。
王国が反乱軍に倒されたことにより、前よりも他の勢力からの影響が少ない土地だ。
そのため、ジャド·ギ·モレーはわざわざマダム·メトリーに仕事を頼んだのだろう。
土地勘のない者がこの地域を歩くと、気が付かないうちに魔獣の餌になっていることが多いのだ。
そういうこともあって、ここらの各街と繋がりのあるマダム·メトリーの情報網は侮れない。
しばらく川沿いを進むと、レオパードが
「あっ、見えてきたね。もう到着だ」
彼女の声を聞いたドミノは、自分のショルダーバッグにマジック·ベビーを入れた。
身体が小さいおかげですっぽりと入り、窮屈そうではなさそうだ。
不思議そうに見つめてくるベビーを見つめ返しながら、彼女は布で自分の頭と顔を覆う。
「お前も街に入ったら不自然じゃないくらいの変装はしておけよ。どこで賞金稼ぎが見ているかわからないからな」
「はいはい。わかりましたよ~」
「“はい”は一回でいい」
「は~い」
レオパードはドミノに注意されたというのに、どうしてだが嬉しそうに彼女と同じように布で頭と顔を覆う。
それから彼女たちは街へと入り、馬車を馬専用の水飲み場へと停め、ユニコを休ませる。
そして、宝石を金銭に換えてくれる店を探すために街の中を歩き始めた。
人や馬が往来する通りは活気に満ちていた。
「あう……」
マジック·ベビーはドミノのショルダーバッグから外を覗き、辺りをきょろきょろ見回している。
どうやら賑やかな街の雰囲気に圧倒されたらしい。
今まで立ち寄ったのが小さな町や廃墟の都市だったというのもあって、ベビーはとても珍しそうにしていた。
特に石畳やその上で歩いている野良猫に興味があるようで、ベビーは食い入るように眺めている。
「顔は出すなよ。子供二人連れの女は目立つからな」
「ちょっと!? その子供二人にアタシを入れないでよ!」
「お前はどう見ても子供だろう。いちいち突っかかってくるな」
文句を言うレオパードにそう言ったドミノ。
レオパードは納得がいかないのか、歩きながらぶつくさ独り言を口にしている。
マジック·ベビーは、そんな二人のやり取りを聞いて、ショルダーバッグ中から声を出して笑っていた。
「お前も静かにな」
その声を聞いたドミノは、ショルダーバッグに声をかけると、カバーの上からマジック·ベビーの頭を撫でた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます