#17

「ドミノ! 馬車に飛び移れッ!」


レオパードが手綱を引きながら叫んだ。


ドミノは右腕を馬車へと突き出してガントレットからワイヤーを発射。


ワイヤーが馬車の側面に巻き付き、彼女は胸に括り付けた赤ん坊が振り落とされないように左手で抱きながら飛ぶ。


ガントレットにワイヤーが巻き戻り、ドミノは空中で態勢を動かして荷台の中へと転がり入る。


「お前……どうして……?」


「いいから逃げるよ! 振り落とされないようにしな! ハイヨーッ!」


荷台へと飛び移ったドミノがレオパードに声をかけると、彼女は笑みを浮かべて声を張り上げた。


馬車はマダム·メトリーとギルドメンバーたちを置いて、その場から立ち去っていく。


「くッ!? 逃がすか! 矢を放て!」


マダム·メトリーが表情を歪めながら屋根の上にいる射手へ指示を出した。


だが時はすでに遅く、ドミノたちは幌に矢を受けながらも町を出て行く。


たいまつの灯りと白煙が包む町を見送りながら、ドミノは抱いていた赤ん坊へと目をやった。


マダム·メトリーに踏みつけられたときに衝撃を受けたのだ。


地面に倒されたときに、どこか怪我をしているかもしれない。


身体に括り付けた状態から馬車の床に寝かして確認すると、赤ん坊に怪我はなかった。


それどころか危機一髪だったというのに、赤ん坊は気持ちよさそうに眠っている。


「こいつ……こんなときによく寝てられるなぁ」


「ハハハ! いいじゃん。その子、きっと将来大物になるよ」


ドミノが呆れていると、レオパードが笑っている。


あんな目に遭っても鳴き声ひとつ出さない赤ん坊に感心し、未来には傑物けつぶつなると言いながらさらに馬を早く走らせた。


そんな金髪の少女に、ドミノは声をかける。


「助かった……。私だけじゃこいつを救えなかった……。ありがとう……」


「なにしんみりしてんだよ。らしくないんじゃない? てゆーかアタシだけでもその子、恩人を救えなかった。アンタとアタシが協力したからこそだろ?」


「そうか、そうだな……。二人だから救えた……」


呟くように言ったドミノ。


レオパードは御者台ぎょしゃだいから荷台へと視線を動かすと、微笑みながら赤ん坊を抱く彼女の姿が目に入った。


そのドミノの満足そうな表情を見たレオパードは、矢で射られた身体の傷すら忘れ、赤ん坊を抱いている彼女へと言う。


「なんか憑き物が落ちって感じだよ、アンタ。廃墟で出会ったときは、まるで死人みたいな顔してたからね」


「そんな顔をしていたか、私は? というかお前は、そんなに私のことをわかるのか?」


「いや、知らんけど。とりあえず怪我を治しなよ。そのままじゃバイ菌が入っちゃうよ」


レオパードの言葉に両目を見開いたドミノは、なぜか嬉しそうに眠っている赤ん坊の顔を擦ると、彼女に言われた通りに怪我の治療を始める。


すると町を出て走っていた馬車に、夜だった空から、次第に陽の光が差し込んで来るのだった。


――夜が明け、休まずに馬車を進めていたドミノたちだったが、馬の疲れを心配していて一度足を止めることする。


近くに川が見えたので、水分を補給にはちょうどいい。


着の身着のまま飛び出しだというのもあって、ドミノはろくな旅の準備をしてなかった。


普段の彼女ならばこんなことはなかったが、それだけ早く赤ん坊を助けたかったというところだろう。


だが、休むにしても食事すら取れないのは正直痛い。


「少し休んだらまた出発だ。きっとマダム·メトリーたちやハーモナイズ王国の連中も動き出している頃だからな。うかうかしていると追いつかれる」


そう言いながら、ドミノは馬を荷台から切り離して川の水を飲ませてやる。


幸いなことに川沿いには草が生い茂っており、馬の食事には事欠かなそうだ。


水を飲み終えた馬は、そこら辺に生えている草をみ出している。


「こっちは馬車だもんね。ほら、アンタも食べなよ。食べとかないと身体が持たないよ」


一方のレオパードは、多少なりとも旅の準備をしていたようだ。


数は少ないが、数日分のパンとミルクの詰まった皮袋を出した。


丁寧に一口サイズにちぎって食べ始めたレオパードから、パンを受け取ったドミノはそのままかぶりつく。


「あーあー」


二人が食事をしていると、荷台から降ろした赤ん坊がいつの間にか目を覚ましていた。


赤ん坊は川へとよちよちと歩き、その短い手を伸ばして水に触れようとしていた。


「目が覚めたみたいだな。レオパード、ミルクをくれ。こいつに飲ませたい」


「はいよ」


見つけた川は非常に浅かったのもあって、ドミノもレオパードも特に気にしていなかったが――。


「なッ!? 何を口にしているんだお前はッ!?」


「そんなもの食べちゃダメだってッ!」


赤ん坊は川沿いにいたトカゲを捕まえて、パクっと自分の口の中へと放り込んでいた。


大慌てで駆け寄ってくるドミノとレオパード。


赤ん坊は口からトカゲの足を出した状態で、不思議そうに二人のことを見つめている。


ドミノはそんな赤ん坊の口から無理やりにトカゲを吐き出させると、もう変なことをしないように自分の膝の上に置く。


「はぁ……。これは目が離せないな」


「アタシ、この歳で世の母親たちの気持ちがわかってきたよ。赤ちゃんってなんでも食べようとするんだね」


その後にドミノは、皮袋を口につけて赤ん坊にミルクを飲まし終え、出発の準備を入った。


来た道を振り返って追っ手が来ていないかを、目と耳で確認する。


馬を荷台に付けたレオパードが、御者台ぎょしゃだいに飛び乗ると、唐突に彼女はあることを言い出した。


「ねえ、この子に名前はないの? アンタの馬でしょ?」

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