#16
放たれた弾丸はギルドメンバーの一人を倒し、それに反応して、ギルドメンバー全員が持っていたたいまつを台座へと移す。
マダム·メトリーの賞金稼ぎギルドで仕事をしている誰もが知っている。
ドミノの持つガナー族の象徴――ホイールロック式の拳銃は、連続で撃てないということを。
その威力は鋼鉄の甲冑を貫き、大型の魔獣さえ殺せる一撃ではあるが、次弾を装填してないと発射できないことを皆が理解している。
だからこそ誰も慌てない。
それは当然マダム·メトリーも同じで、彼女の指揮のもと、ギルドメンバーはそれぞれ武器を構えてドミノへと近づいていく。
さらには周囲の建物の屋根には、弓を構え、いつでも矢を射る体勢でいる者たちもいる。
ドミノはそんな状況を見て、先ほど侵入したハーモナイズ王国の残党の住処でも思ったこと――多勢を相手にするのはやはり不利だと考える。
顔をしかめる彼女を見て、マダム·メトリーがギルドメンバーへと声を張り上げる。
「赤ん坊は殺しちゃダメよ! それとできる限りでいいからドミノは生きたまま捕えるの! ギルドの規約に反した人間は、楽に死ぬよりも死ぬまで働いでもらわなきゃいけない、そういう決まりだからねッ!」
マダム·メトリーの声を聞いて、ドミノの目の前にいたギルドメンバーらが動き出す。
剣や斧を持った者が前へと出て、その後ろには槍を突き出している者らがいる。
互いに距離を取り、まるで陣形を組んでいるかのようなその動きは、彼ら彼女らが、これまでに何度も共に仕事をしてきたことがわかるものだった。
たとえこの包囲を突破しても、屋根の上にいる
まさに絶体絶命という状況だが、ドミノはそれでも冷静さを失わなかった。
胸に括り付けた赤子の体温が彼女に勇気を与え、なんとしても無事にこの町を出るのだと、混乱しそうな頭を抑えて思考を巡らせてくれる。
「大丈夫、なんとかなるさ、なんとか……。なあ……」
ドミノは胸の中で眠る赤ん坊にそう声をかけると、ショルダーバッグから球体を取り出した。
先ほどの、ハーモナイズ王国の残党の住処への侵入のときに使った爆弾だ。
それらをありったけ放り投げたドミノは、自分の仮の宿のある方角へと走り出した。
放られた爆弾は辺りにいたギルドメンバーたちを吹き飛ばし、さらにはその爆弾の中には凄まじい量の煙を出す物も混じっていて、その周辺すべてが白煙で覆われる。
いくらたいまつで明るくしているとはいえ、深夜の外で煙が舞い広がれば、視界は完全に塞がれる。
ホイールロック式の拳銃に弾を込めたドミノは、ゼンマイをカチカチと巻き、いつでも発射できるようにしながら煙の中を進む。
駆ける彼女を狙って、屋根から矢が飛んでくる。
煙でよく狙いがつけられないことが幸いしているが、それでも射る矢の数で補おうというのか、まるで大雨のように矢がドミノに降り注ぐ。
これをなんとか両腕に付けていたガントレットで弾きながら進むが、ついには肩や足に矢が突き刺さり、ドミノはその場で横転。
赤ん坊を庇いながら、その場に激しく転がった。
そして、ドミノが顔を上げるとそこには――。
「やってくれるじゃないの、ドミノ。アンタって、昔からこういう奇策が得意だったわよね」
メイスを持ったマダム·メトリーが立っていた。
白煙はまだ晴れていない。
矢はすでに止んでおり、あの乱戦の中でドミノの姿を完全に捉えたのはマダム·メトリーだけのようだ。
メイスの握りを握り直し、ドミノのことを見下ろしながらマダム·メトリーが言う。
「これ以上抵抗するならアンタを殺さなきゃいけない。そんな悲しいことを、ワタシにさせないでよ」
「マダム……」
呻きながらも立ち上がろうとするドミノだったが、その身体は、マダムが振り落としたメイスによって再び砂を食わされた。
地面に倒れた彼女の頭を踏みつけながら、マダム·メトリーは言葉を続ける。
「ワタシらはこれまで上手くやってたじゃない? どうして急にギルドに逆らうのよ」
無慈悲に頭を踏みつけながらも、マダム·メトリーの声は寂しさを帯びていた。
おそらく彼女が口にしていることは本心だろう。
マダム·メトリーが、ドミノのことを気に入っているのがわかる声色だった。
このまま赤ん坊を渡せば、ドミノは罰は受けても命だけは助かる。
それは先ほどマダム·メトリー自身が口にしていたことだ。
もう手持ちの爆弾も尽き、足を矢で射抜かれて走ることすらできない。
マダム·メトリーに押さえられて立ち上がることすら無理だ。
だが、それでもドミノの心は折れなかった。
頭を踏みつけられながらも、彼女はかつて親しくしていた仲介人へ声をかける。
「こいつ……この子は私なんだ……」
「頭を踏まれておかしくなっちまったのかい? 赤ん坊が自分だって? 何をワケがわからないこと言ってんだい」
小首を傾げたマダム·メトリーに、ドミノは歯を食い縛って言葉を続けた。
幼かった自分を、何の見返りもないのに助けてくれたようにガナー族。
自分はそういう一族に育てられた。
同胞たちが皆殺しにされたときは何もできなかったが、今なら――力と経験を得た今の自分ならば彼ら彼女らと同じことができる。
胸を張って自分はガナー族だと言い、一族の象徴であるホイールロック式の拳銃を扱える。
ようやく望んでいた自分を見つけることができたというのに、ここで屈するわけにはいなかない。
かつて手を差し伸べて抱きしめてくれた一族と同じように、自分も赤ん坊を見捨てない。
ドミノは強引にマダム·メトリーの足を頭で押し返すと、声を張り上げる。
「血の繋がりはなくとも私はガナー族だ! このまま心が死んだまま生きていくくらいなら、今殺されることを選ぶ!」
「そう……。残念ね、ドミノ。ワタシにもギルドの仕切る人間としての責任がある。悪いけど、ここで死んでもらうわ」
吠えたドミノに、マダム·メトリーがメイスを振り上げた瞬間、突然馬の鳴き声と共に
白煙の中を飛び出してきた馬車の
その少女の背中には分厚く巨大な大剣――。
馬車に乗って現れたのは、喧嘩別れしたはずの少女剣士レオパードだった。
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