#15

虱潰しらみつぶしに二階を探したが、赤ん坊がいる気配はなかった。


どうやら二階は団員たちの寝室になっているようで、ドミノは一階へと向かう階段を下りることにする。


それから廊下を進んでいくと、他のものとは明らかに違う強固な扉が目に入った。


その扉の前には、やはりというべきか見張りがいた。


おそらくは襲撃されたと外へと出て行った団員ら以外にも、建物内を守る者を残していたのだろう。


当然の選択だ。


強固な扉の前にいるのは、全身から顔まで甲冑で覆っている兵士が二人。


その手には狭い場所でも戦いやすいようにか、刀身が短めの片手剣と小さな盾が持たれている。


甲冑は刃物を通さない。


しかも相手はテンプル騎士団が二人。


たとえ凄腕の剣士でも簡単には倒せる相手ではないが――。


「あれだけか。思ったよりも楽に片づけられるな」


ドミノにとってはそうではない。


彼女はヒップホルスターに手を伸ばして拳銃を手に取って発砲。


まずは甲冑ごと兵士の一人を撃ち殺した。


横にいた味方が突然倒れ、もう一人の兵士が身構える。


その様子を見たドミノは、兵士の前へと飛び出して右腕を向けてガントレットからワイヤーを発射。


金属線が上半身に巻き付き、そのまま自分のほうへと引っ張る。


「お前はッ!? 賞金稼ぎの女ッ!?」


身動きができないまま声を張り上げた兵士を、ドミノは空いているほうの左腕で殴りつける。


ガナー族の特殊な加工技術で造られたガントレットは、鉄の甲冑すら破壊する。


哀れにも兵士は、その甲冑で覆っていた顔面を打ち抜かれてそのまま動かなくなった。


ドミノは周囲を見回しながら強固な扉の前へと行き、再び拳を振り上げる。


鉄の甲冑をも粉砕する一撃で扉を破壊。


そして中に入ると、そこには魔法陣の上で寝かされている赤ん坊と、フードを被った酷くやつれている女がいた。


「あなた……一体どうやってここにッ!?」


ドミノは拳銃に弾丸を込めると、怯える女に向かってその銃口を向ける。


フードを被った女は「ヒィッ!」と悲鳴をあげて部屋の隅へと後退した。


女を警戒しながらドミノは赤ん坊に目をやった。


赤ん坊は両目を瞑って眠っている。


布で包まれているからよくわからないが、特に外傷はなさそうだ。


「なんだこの魔方陣は? この子に何をした?」


「私は頼まれただけ! お願い、殺さないで!」


「だから何をしたかを訊いている」


事情を訊こうとしても女は震えているだけだった。


この女を拷問して、ここで何をしていたかを聞き出す時間はない。


テンプル騎士団の兵士たちが戻ってきたら逃げきれない。


一人ひとりならば倒せても、数で圧倒されたら不利だ。


今は時間が惜しい。


それに赤子を抱えての戦闘は極力避けたい。


そう思ったドミノは、魔方陣の中心で寝かされている赤ん坊を抱き上げ、女を殺すことなく部屋を出て行った。


ハーモナイズ王国の住処を出たドミノは、眠っている赤ん坊を自分の身体に括り付けると、仮の宿へと向かう。


馬は仮の宿にいる。


とりあえず早くこの町を出なければと、拳銃を持ったまま町中を駆けていく。


「我ながらとんでもないことをしたな……」


胸に括り付けた赤ん坊を見て呟いたドミノ。


そうだ。


これで自分はお尋ね者になる。


賞金稼ぎから賞金首になってテンプル騎士団やマダム·メトリーのギルドにもいれなくなる。


これまで凄腕の賞金稼ぎとして十年と数年過ごした生活を捨てることは、ある意味では無謀といえる選択だった。


だが、それでもドミノに後悔はない。


真っ暗な町中を進みながらも、彼女の行く道はけして暗闇ではなかった。


もう覚悟して決めたことだ。


自分はこの赤ん坊を助けるのだという強い意志と共に、ドミノの中には目には見えない光が射していた。


仮の宿までもう少し。


そのとき、突然辺りがまるで昼間のように明るくなった。


「なんてことをしてくれたんだよ、アンタは……」


周囲にはたいまつを持った集団が、ドミノの囲っていた。


その中から、深いパープル色のブラウスに、コルセット風サスペンダーをした熟女――。


賞金稼ぎギルドのリーダーであるマダム·メトリーが現れた。


マダム·メトリーはメイスを肩に担いで、大きくため息をついてドミノの前に立つ。


「今ならまだ間に合うよ。その赤ん坊をそこに置きな」


「道を開けてくれ。私はこいつを連れて行く」


ドミノの返事を聞いたマダム·メトリーは、「フン」と鼻を鳴らすと再び口を開く。


「それはダメよ。いいからその子を渡しな。アンタの気の迷いは勘弁してやるからさ」


「私は迷ってなどいない。悪いが、いくらマダムでも邪魔をするなら撃ち殺す」


「本当にその子を守りたいなら、ワタシの言う通りにしたほうがいい。取引しようよ。なぁに、いつもの仕事同じだって。ワタシの出した条件をアンタが飲めばいいの」


「同じ? そんな話を信用できると思うのか?」


「アンタが頼れるのはワタシだけ。そんなことはアンタが一番わかってるでしょ?」


マダム·メトリーがそう言うと、たいまつを持った集団がそれぞれ武器を手に取った。


ドミノにとって顔馴染みの連中ばかり――マダム·メトリーのギルドの面々だ。


数にして数十人。


とてもじゃないが逃げ切れる数じゃない。


ドミノはそんな同業者たちを見回すと、胸に括り付けた赤ん坊のことを見た。


こんな状況だというのに、赤ん坊は静かに眠っている。


ドミノは赤ん坊の顔を見ると、マダム·メトリーを見据えて言う。


「私は……今日限りでギルドを辞める」


その言葉の後、銃声が深夜の町に響き渡った。

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