#14
――子供を連れた夫婦が街の中を走っていた。
まだ幼い我が子を抱いた夫が、妻に向かってもっと早く走るように声をかけている。
辺りは火の海だ。
そこら中から悲鳴が聞こえ、ふと遠くを見れば、剣を握った集団に殺されていく民の姿が見える。
夫の後を追う妻だったが、彼女に限界が訪れてその場で倒れてしまう。
「あなた……私はいいからその子を……」
妻が足を止めて駆け寄ってきた夫へそう言った。
自分のことはいい。
せめて私たちの子だけは守ってあげてと、息を切らしながら悲願する。
だが、夫は妻を見捨てることができなかった。
少女を抱えながら彼女を強引に起こし、肩を貸して再び歩き始める。
だがそんな速度では、街を襲っている集団から逃げられるわけもない。
覚悟を決めた夫は、少女を近くにあった
「いいか、何があってもここから出るんじゃないぞ。必ずお父さんたちが迎えに来るから、それまでここで待っていてくれ」
少女は父の言葉に震えながら頷くと、樽の蓋が閉められた。
最後に少女が見えたのは、両親の笑顔だった。
しかし、蓋が閉じられた瞬間に、父と母の悲鳴が聞こえてきた。
どちらかが樽に倒れたのだろうか。
少女が隠れていた樽に誰かがぶつかり、その衝撃で閉じたはずの蓋が開いてしまう。
それでも少女は言葉を発しなかった。
恐怖で悲鳴をあげたくなっても我慢し、父に言われていた通りにその身を縮めて動かないようにしていた。
少女が泣きながら堪えていると、樽が動かされ何者かが中を覗いてくる。
顔はよく見えなかったが、少女にはそれが父と母に何かした人物だとわかった。
それでも怯えて何もできない少女は、樽から無理矢理に引っ張られて、街を襲った集団の前に連れ出された。
全員が血の付いた剣と返り血で真っ赤に染まっており、少女は声すら出せないくらい恐怖していた。
集団は何かを話し始めると、その中の一人が少女の前に出てきて、持っていた剣を振り上げる。
少女は殺されると思った。
叫びたくとも怖くて叫べず、ただ身を縮めて両目を瞑ると、突然聞いたこともない音が少女の鼓膜を振動させた。
それは銃声だった。
少女が恐る恐る目を開けると、街を襲っていた集団が次々に拳銃を持った者たちに撃ち殺されていく。
その光景を眺めていることしかできなかった少女の前に、そっと手が差し出した。
少女が放心状態で顔を上げると、拳銃を片手に持った女性が立っていた。
女性は何も言うことなく少女の手を引くと、自分の身体に引き寄せて強く抱きしめる。
そのとき少女の目に映っていたのは、女性の持つ拳銃だった。
独特な装飾が施されたホイールロック式の拳銃――木と鉄でできたガナー族の象徴だ。
少女は女性に抱かれたまま拳銃へと手を伸ばし、それに触れる。
「うわッ! ……くそ、また昔の……」
部屋を片付け、眠りに入ったドミノが目を覚ました。
彼女の顔は真っ青で、全身に汗を掻いている状態だった。
顔をしかめながら窓へ目をやると、外はまだ夜だ。
時間にして深夜といったところだ。
またかといわんばかりに頭を抱え、ドミノはそのまま身体を起こす。
彼女が見ていたのは、彼女が幼い頃に両親と住んでいた街が襲われたときの夢だった。
いまだにどこの誰だかだったのかはわかっていないが、後になって自分たちの街が戦争のとばっちり受けたことを彼女は知った。
悪夢を見たドミノは頭を抱えたまま、自分を助けてくれたガナー族の女性のことを思い出す。
差し出されたその白い手や、火薬の交じった女性の匂いもよく覚えている。
脳裏に浮かぶのは死んだ両親と、自分を助けてくれたガナー族の者たち。
そして、夢には出てきていなかったが、自分を助け育ててくれた一族の皆の姿も浮かんでくる。
「規約を破ったのは、向こうが先だよな……」
ドミノはそう呟くと、枕の側に置いてあったホイールロック式の拳銃を手に取った。
――静まり返った深夜の町を進む。
昼間に賑わっていた通りには当然誰もいなく、ドミノは赤ん坊がいるハーモナイズ王国の残党の住処へと早足で向かう。
彼女の中で何か葛藤――思うところがあったのか、テンプル騎士団から赤子を取り返そうとしていた。
それは、かつての両親を失った自分のことを思い出したせいなのか。
それとも孤児となった自分を救い、育ててくれたガナー族の姿を脳裏に浮かんだかなのかはわからないが。
ドミノは、長い間ずっと胸の奥で埃を被っていた、心の柔らかい部分に突き動かされていた。
このままあの赤ん坊をジャド·ギ·モレーたちに渡してはいけないと、今後の自分のことなど考えずに身体が動いてしまっている。
「さて、どうしたものか……」
ハーモナイズ王国の残党の住処の前へと辿り着いたドミノは、廃虚のような朽ち果てた建物を眺めると、ひとり呟いた。
不法侵入は彼女にとってお手の物だ。
ドミノにはガナー族から与えられた特殊な道具に加え、これまで賞金稼ぎとして生きてきた技術がある。
相手がいくらかつて世界を統べていたハーモナイズ王国の軍隊であろうと、彼女にとっては何の障害にもならない。
「やはりこいつだな」
ドミノはそう言うと、ショルダーバッグから小さな球体を手に取った。
それは、火薬の詰まったものでつまりは爆弾だ。
拳銃を扱う彼女には弾薬の心得もある。
しかし彼女が手に取った爆弾は、火薬のみで造られているため爆発力に乏しく、爆音で相手を委縮させたり、未知の新規な攻撃で狼狽させるなど、デモンストレーションとしての域を越えないものだ。
多少の殺傷能力はあっても、とても建物を破壊できるほどの威力はないが、ドミノは爆弾の数を確認すると手に取ったそれを放り投げる。
凄まじい爆音が鳴り響き、彼女は右手を建物の二階へと向けてガントレットからワイヤーを発射。
そのままワイヤーを引き戻して自身を飛ばす。
それから二階の壁にへばり付いた彼女は、側にあった窓ガラスを割って建物内へと侵入する。
ドミノが下を見ると、全身から顔まで甲冑で覆ったテンプル騎士団の面々が出てきていた。
「こんな時間までご苦労さん」
団員たちを確認すると、ドミノは再び爆弾を放り投げる。
再び起こった爆発に、テンプル騎士団の面々が建物の外へとぞろぞろと動き出していた。
これで中はかなり手薄になったはず。
ドミノは見事に建物内への侵入を果たすと、月灯りが微かに入る狭い廊下を駆けていった。
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