#13

「あの子? あの子ってどの子のこと言ってんの?」


「とぼけるなよ、マダム。アンタは知っていたんだろう。仕事の内容を。奴らの狙いがあの赤ん坊だったってことも」


出て行こうとしていたドミノは、振り返ってマダム·メトリーのほうを見た。


その表情からは、たしかに彼女の苛立ちが見て取れるものだった。


マダム·メトリーは、そんなドミノに素知らぬ顔をして言い返す。


「そんな顔するなって。これはしょうがない、しょうがないことなのよ。これもギルドの決まりだからね。詳しいことは話せないのはアンタだってわかってるでしょうが」


「じゃあ、あの子が何をされるのかも答えられないということか?」


「それは聞いてないわよ。それはワタシの立場でもギルドの規約に反するからね」


すました顔で答えたマダム·メトリーに、ドミノは詰め寄った。


今にも喰って掛からん勢いで彼女に近づき、自分の顔を突きつける。


「ジャド·ギ·モレーはテンプル騎士団の総長だ。ハーモナイズ王国がこんな辺境で何をしてる?」


「ハーモナイズ王国はもう存在しないのよ、ドミノ。残っているのは団員とおひげを生やした総長だけ。そんなに気になるなら反乱軍にあいつらのことを言えば?」


「冗談を言うな。反乱軍が王国を滅ぼした後は、とっくに解散していることくらいアンタだって知っているだろう」


拳をグッと握って迫って来るドミノ。


そんな彼女を宥めようと、マダム·メトリーはおどけた様子で返事をする。


「ドミノ……。あれだけの報酬が入ったのよ。ねえ、おいしいお酒を飲んでいい男を抱いて楽しめって。贅沢に身を任せれば、“あの子”のことなんかすぐに忘れるって」


ドミノを落ち着かせようと気遣うマダム·メトリーだったが、それは逆に彼女の気分を害した。


だが、それでもドミノはマダム·メトリーに何かすることはなく、不機嫌そうに背を向けると、ギルドの館から出て行った。


マダム·メトリーは去って行く彼女の背中を見ながら、あれが大金を手に入れた者の姿なのかと、ハンッと鼻を鳴らす。


「いい奴なんだけどね……。ドミノ……アンタは真面目過ぎるよ……」


そしてマダム·メトリーはそう呟くと、いつもよりきつい酒を取りに席から立ち上がった。


――ドミノがギルドの館から出る頃には、すでに昼となっていた。


町の中では、路上に出ていた屋台で食事をしている人々の姿が見える。


気が付けば朝から何も食べていなかったドミノだったが、とても食事をする気にはなれず、仮の宿へ戻ることにした。


目の前に見える店すべてを余裕で買えるほどの報酬を得ても、彼女はとても贅沢をする気持ちにはなれない。


重たい足取りで仮宿に辿り着くと、家の前には、こないだ共に旅を出た馬がドミノのことを待っていた。


この馬は別にドミノが飼っているわけではなく、たまたま町で腹を空かせていたところを彼女が拾ってきただけだったのだが、どうやらここを自分の家だと思っているようだ。


拘束も縄を付けていない自由な状態なのに、馬は彼女を見て嬉しそうに鳴いては、その場から動かない。


「お前、戻ってきたのか」


ドミノが顔を撫でてやると、馬の後ろから少女が現れる。


それは共に魔獣と戦った、分厚く巨大な大剣を持った金髪の少女――レオパードだった。


「アタシもいるよ」


「お前、どうしてここがわかったんだ?」


ドミノが訊ねると、レオパードは二ヒヒと笑いながら答えた。


なんでも彼女が道端で寝ているところへ馬がやってきて、ドミノの住む仮宿に連れていかれたそうだ。


「この子がなんかしつこくてね。それで来てみたらアンタの家だったってワケ」


「そうか。まあ、時間も時間だ。メシでも食っていくか?」


「うん!」


レオパードはドミノの食事の誘いを受け、まずは馬の餌の準備を手伝うのだった。


馬に水と干し草を出してから、仮の宿である家へと入ったドミノとレオパードは、早速食事の準備に取り掛かった。


メニューは簡単な肉野菜スープと固いパン。


とても宝石を山ほど持った者の食事とは思えぬほど質素なものだ。


テーブルに食事を置き、ナプキンを首に巻いてから、手で小さくちぎったパンを頬張るレオパード。


そんな彼女を見たドミノは、相変わらず見た目と落差のある奴だと、スプーンでスープをすくって口へと運ぶ。


「そういえばあの子はどうしたの?」


「あぁ、依頼主に渡してきた」


「ふーん、まあ、賞金稼ぎといるよりは、親といたほうが幸せになれるよね」


レオパードの何気ない言葉に、ドミノの手が止まった。


急に動きが止まったため、スプーンに入ったスープがこぼれそうになっている。


ドミノはスープの入った容器にスプーンを戻して言う。


「依頼主は親じゃない……。相手はハーモナイズ王国の残党、テンプル騎士団の連中だ」


「えッ!?」


ハーモナイズ王国の残党、テンプル騎士団――。


その名を聞いたレオパードは、声を張り上げて席から立ち上がった。


彼女が起こした衝撃のせいで、テーブルに乗っていたパンの山が転り、スープも少し容器からこぼれてしまう。


「ちょっとテンプル騎士団だって……アンタそれがどういうことかわかってんのッ!?」


レオパードは大声を出し続けた。


彼女が叫ぶようにいう話では、どうやらハーモナイズ王国がまだ存在していた頃に、テンプル騎士団は各国々で子供を集めていたらしい。


なぜだかわからないが、レオパードはハーモナイズ王国の内情――しいてはテンプル騎士団について詳しかった。


彼女の話はドミノだけではなく、おそらくは世界中の誰もが聞いたこともないものだ。


ドミノはスプーンをテーブルに置いて訊ねる。


「天下のテンプル騎士団が、世界中から子供を集めて何をしようというんだ? それに、今はもうハーモナイズ王国は滅んでいるというのに、まだ子供を集めているのか?」


「それはアタシにもわからないけど……。でも、あの子にとって良くないのはたしかだよ!」


テンプル騎士団の目的はレオパードにもわからないようだが、彼女は今すぐに赤ん坊を取り返しに行こうと言った。


だが、ドミノは首を左右に振って断る。


一介の賞金稼ぎとまだ子供である剣士――たった二人に一体何ができるのだと、酷く現実的なことを口にした。


相手は敗残兵とはいえ、かつては世界に名をとどろかせた騎士団だ。


ついさっき実際に見たが、まだ団員の士気は失われておらず気力は十分。


さらに報酬を大量の宝石で払える財力もある。


まだまだ力は残して敵を相手にするのは無謀だと、ドミノはレオパードに冷たく言い放った。


「お前も食事が済んだら町を出ろ。ここはそういう人間しかいない。たとえ赤ん坊が何かされる可能性があっても、誰も助けようとはしないんだ」


すると、ワナワナと身を震わせたレオパードは、突然壁に掛けていた大剣を手に取ってドミノへと斬り掛かる。


狭い部屋を破壊しながら向かってきた鉄の塊を、ドミノは両腕に付けていたガントレットで受け止めた。


金属を重ね合いながら、ドミノのことを睨みつけるレオパード。


だが、ドミノが何か言うことはなかった。


ただレオパードの剣を受けたまま、彼女の目を見つめている。


「あの子は恩人だぞ。それに町でアンタことも聞いた。アンタのいたガナー族って、王国に皆殺しにされたんだろ……。それなのに、あいつらに手を貸したのかよ?」


ドミノは答えない。


悲しみの交じった声で言うレオパードに何も言わない。


「そんなもんかよ、賞金稼ぎって……」


「あぁ、そんなもんだ」


「この人でなしッ!」


レオパードは強引にドミノを吹き飛ばすと、そのまま家を出て行った。


それでもやはりドミノは何も言わず、去って行く少女の背を見送る。


壁は破損し、せっかく作った二人分の食事も台無しになってしまった。


散らかった部屋に残されたドミノは、表情を変えることなくひとり片付けを始める。


「そんなもんさ……。恩人だろうがなんだろうが、人は自分のことで精一杯なんだ……」


そして彼女は、まるで自分に言い聞かすように独り言を口にした。

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