#12
(湯冷めしてしまったか。悪いことをしたな……)
ドミノは湯で身体を拭いてすぐに家を出るべきではなかったかと後悔しながら、そんな赤ん坊を擦ってやる。
前と変わらず、建物内は夜のように暗い。
小男に連れて行かれた部屋の中に入ると、全身から顔まで甲冑で覆った兵士たちが、剣や槍、斧などを持って整列している。
以前とまったく同じ光景だ。
「来たか」
その兵士たちの間を抜けて、ハーモナイズ王国――テンプル騎士団総長であるジャド·ギ·モレーが近づいてきた。
ジャドは乱暴にドミノからゆりかごを奪うと、赤ん坊の顔に触れる。
「触り方に気を付けろ」
ドミノが低い声を出すと、整列していた兵士たちが彼女へと武器を向けた。
お前が気を付けろと言わんばかりの態度だ。
ジャドはそんな兵士たちを手で制すると、赤ん坊の顔を覗き込む。
「評判通りの働きをしてくれたな」
ドミノにそう声をかけたジャドがゆりかごを擦ると、球体の箱が宙を浮いた。
前に見たのときと同じ。
どういう原理なのかはわからないが、やはりこのゆりかごは特殊な物なのだろう。
ジャドは満足そうな笑みを浮かべて、言葉を続ける。
「これは我々にとってかなり重要な物だった。なんとしても取り戻したかったので助かる。すべて君のおかげだ」
「……言われていた街に大型の魔獣がいたぞ」
ドミノは依頼を受ける前に、そんな話は聞いていなかったとジャドへ不満を漏らした。
彼女はその不機嫌そうな態度のまま、さらに言う。
「それと、箱の中身が赤ん坊だとも聞いていなかった。事前情報はしっかりと伝えるべきだろう。これはギルドの規約に反する行為だ」
ドミノの静かながら威圧感のある言葉に、整列していた兵士たちに緊張感が走った。
今にも斬り掛からんばかりに、彼ら彼女らの空気が張り詰めていくのがわかる。
だが、そんな兵らをまたもジャドが落ち着かせ、部下に声を掛けてドミノに渡す報酬を持ってこさせた。
その報酬とは、袋にたっぷりと入った宝石の山。
手付金として受け取り、偶然協力関係になったレオパードにドミノが渡した物と同じで、これひとつで一財産といった物が大量に詰め込まれている。
「受け取ってくれ。これだけの額ならば文句も出ないだろう」
中身を見せ、報酬をドミノに渡すジャド。
ゆりかごの代わりに袋を受け取ったドミノは、黙ったままそれに目をやる。
たしかにこれだけの宝石を金銭に変えれば、人生をも変えられる額だ。
ドミノが袋を見ていると、ゆりかごに入った赤ん坊が連れて行かれる。
兵たちに誘導されながら、ゆりかごから顔を出した赤ん坊が、彼女に向かって何かを訴えるように「あーあー」と唸っていた。
「あいつをどうするつもりだ?」
ドミノがジャドに訊ねると、彼は少し呆れていた。
依頼主を詮索しないのが賞金稼ぎの決まりなのだから、彼がため息をつくのも当然といえば当然の態度だ。
ジャドは、やれやれと言いたそうな顔をして答える。
「依頼は完了した。君は報酬を受け取り、我々は満足している。そして、その後はすべて忘れる。それはギルドの規約で決まっているはずだ」
ドミノは何も答えない。
渡された袋を雑に片手で持って、ジャドのことをまるで睨むように見返している。
そんな彼女のことなど気にせずに、ジャドは話を続ける。
「この秩序が乱れた暗黒の世界で成功することは難しい。だが、君はそれを成し遂げた。私はそんな君と、君の出自であるガナー族に最大の敬意を送るよ」
微笑みながら言うジャド。
そう言われたドミノは、笑みを浮かべる彼から目をそらすと、何も言うことなく部屋を出て行った。
ハーモナイズ王国の残党の住処から出たドミノは、報酬の入った袋をショルダーバッグに入れる。
そして、赤ん坊のことを考える。
ジャド·ギ·モレーはあの赤ん坊に何をするつもりなのか。
不思議な力を持った赤子だ。
きっと何かに利用するつもりなのはたしか。
しかし、これは仕事だ。
一介の賞金稼ぎが義侠心に目覚めてどうしようというのだ。
ドミノはそう思いながら裏路地から出る。
賑わっている歩道に出て、彼女は歩きながら思い出してしまう。
自分が幼かった頃のこと――。
戦争で死んだ両親や、ハーモナイズ王国に殺された育ての親――ガナー族の同胞らのことを。
テンプル騎士団の甲冑を着た兵士たちが、剣を振り上げて大事な人を皆殺しにしていく光景を。
「こんなときに……どうして思い出す……」
ドミノはそう呟きながら、マダム·メトリーのいる賞金稼ぎギルドの館へと向かっていた。
早足で町中を歩き、あっという間に館へと到着。
何か言いたげな表情で扉を強く開けた。
中にいた賞金稼ぎたちが一斉にドミノへと視線を向けてくる。
その中を進みながら、奥のテーブルに座っていたマダム·メトリーの前に、彼女は立ち止まった。
マダム·メトリーがドミノに気が付くと、年齢不詳の熟女は両手を上げて笑いながら口を開く。
「おぉードミノ! やったねアンタ! 見事に難しい依頼を達成した!」
まだ朝だというのマダム·メトリーは酔っぱらっていた。
赤く染めた顔で笑いながら、その手には酒の入ったグラスが持たれている。
相当ご機嫌なのだろう。
いつもよりも
「アンタ以外にも何人か依頼を受けた奴はいたけど、生きて帰ってきたのはアンタだけだ。いや~アンタを推したワタシも鼻が高い。おかげで今までに見たこともない報酬も手に入ったし、ここは奢らせてよ。とりあえず座んなって」
席に着くように促されたドミノは、黙ったままマダム·メトリーの目の前に座った。
一生遊んでいけるだけの金を得たというの、彼女の顔はマダム·メトリーとは対照的に不機嫌そうだ。
「アンタが莫大な報酬を得たってみんな妬んでるけど、ワタシは違うよ。アンタの成功を心から祝っている。なんてたってワタシの成功でもあるからね~」
マダム·メトリーは顔を強張らせているドミノのことなど気にせずに、持っていたグラスを一気に飲み干す。
「そうさ、これでワタシも金持ちだ。だから感謝の気持ちを示したいんだよ。ワタシの一番の稼ぎ頭に」
「……次の仕事はあるか?」
「へ……?」
マダム·メトリーは思わずうわずった声を出した。
彼女には理解できなかった。
今回の仕事で得た報酬は、その気になれ強固な城がいくつも手に入る金額だ。
もう働く必要などないというのに、目の前いるこの女はまだ仕事をするつもりなのかと、開いた口が塞がらない。
コホンと咳払いをしたマダム·メトリーは、顔を引きつらせながら言う。
「次の仕事? アンタねぇ……少し休んだらどう? もう若くないんだし、いい機会だからゆっくりすればいいでしょう」
「いいから次の仕事の話だ。あるのか? それともないのか?」
断固として休むつもりのなさそうなドミノ。
マダム·メトリーはそんな彼女を一瞥すると、周囲の目を気にしながら小声で話し出す。
「実は山を越えたところに新しい町ができたんだよ。まだ小さいんだけどさ。そこに男娼を囲っている店があってね。よかったら一緒に行かない? アンタも独り身でいろいろ溜まってるんでしょ?」
互いに独身なんだからと、息抜きに誘うマダム·メトリーだったが、ドミノの態度は変わらなかった。
ただドミノは、マダム·メトリーが何を言おうが、同じ言葉――次の仕事をくれと言い続けるだけだ。
いい加減に誘うことを諦めたマダム·メトリーが、今はギルドに仕事はないと答えると、ドミノは席から立ち上がる。
「忙しくしてないと落ち着かないんだねぇ。ま、仕事が入り次第アンタに知らせてあげるよ」
愛想なく館を出て行こうとする稼ぎ頭にマダム·メトリーがそう言うと、ドミノは足を止めて背を向けたまま訊ねる。
「あいつらは“あの子”をどうするつもりなんだ?」
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