#10

大型の魔獣の顔面に張り付いたドミノは、ガントレットの付いた拳を握り何度も殴りつける。


しかしその努力も虚しく、暴れる魔獣に吹き飛ばされた彼女は再び地面へと転がらされた。


「赤ん坊は無事だよ!」


ゆりかごを抱いたレオパードが馬に乗った状態で声をかけてくる。


ドミノは身体を起こしながら彼女に返事をする。


「その子を連れて逃げろ。さっき街の外にサボテンがあっただろう。そこから真っ直ぐ北に進めば町がある。その町のマダム·メトリーという人物に私の名前を言って赤ん坊を渡せば依頼完了だ」


「アンタはどうすんだよッ!?」


「私はこいつを倒す。さっさと行け」


立ち上がったドミノは、レオパードにそう言いながら周囲を見回していた。


先ほど落としてしまった拳銃を見つけたが、すぐに拾える距離ではなさそうだ。


それでも大型の魔獣を倒すのには銃がいる。


だが、目の前のいた魔獣はすでにドミノに向かって走り出していた。


鋭い槍のような魔獣の角が、彼女目掛けて突進してくる。


レオパードはドミノに言われたことを守らずに、ゆりかごを抱いたまま彼女を助けようと馬を走らせた。


そのことに気が付いたドミノが声を張り上げる。


「なにをしてる!? こっちへ来るな!」


「うるさいんだよ! アタシの剣ならそいつに通じるんだ! アンタは下がってろ!」


それでも、レオパードから魔獣までは距離があり過ぎた。


魔獣がドミノを串刺しにするほうが早そうだ。


言うことを聞かないレオパード。


ドミノは歯を食い縛り、拳銃の落ちているところへと一か八か走るが、魔獣のほうがやはり早い。


「ドミノッ!?」


もうダメだとレオパードが思った瞬間、彼女が抱いていたゆりかごが突然光り輝き始めた。


すると、どういうことだろう。


魔獣の動きが止まり、ドミノの目の前に光の障壁が現れていた。


「この子がやっているの……?」


レオパードが声を漏らすと、彼女の抱いていた赤ん坊がゆりかごから身を乗り出し、ドミノと魔獣のほうへとその短い手をかざしている。


大型の魔獣は、その巨大な身体を何度も動かして障壁を突き破ろうしていた。


そして、何度もぶつかられて限界が来たのか。


赤ん坊が作り出した障壁が、まるでガラスが割れたかのようにバラバラの光となって飛散する。


それでもドミノが拳銃を拾うまでの時間は稼げた。


魔獣が再び突進しようとしたが、すでに拳銃を拾ったドミノはその顔面に弾丸を放つ。


銃声と共に鮮血が飛び散って苦痛の雄たけびをあげた魔獣は、苦しみながらもドミノを吹き飛ばしたが、それが最後の力だったのかその場にバタンと倒れ込んだ。


「やった……やったじゃん!」


ゆりかごから放たれていた光もいつの間にか止んでおり、赤ん坊を抱いたレオパードは馬から降りて、ドミノへと駆け寄った。


幸い彼女に大きな怪我はなかったが、ドミノは自分のことよりも今目の前で起きたことに驚愕していた。


「今のはもしかして……魔法というやつなのか……?」


ドミノはゆりかごの中で眠る赤ん坊を見て、ただそう呟いた。


それからドミノたちは交代で睡眠を取り、早朝に廃虚の街を出発した。


あれからは魔獣も現れることなかったが、戦闘後での負傷で彼女たちにも疲れは見えていた。


それでも馬も無事で、馬車のほうもほろが損傷したくらいだったので車輪に問題はなく、賞金稼ぎギルドの町へと戻ることができた。


ドミノは馬の手綱を引きながら町中を進む。


「う~ん、今どの辺?」


荷台で眠っていたレオパードが目を擦りながら身体を起こすと、ドミノは彼女に声をかける。


「まだ寝てていいぞ」


「あッもう町に着いてるじゃん。これでやっとゆっくり休めるね」


背筋を伸ばしながら、手綱を引くドミノの横に並んだレオパードは、お昼時で騒がしくなった町を眺めている。


この町が賞金稼ぎたちが住むところとあって、屈強そうな男女がそこら中におり、レオパードはまるで品定めするかのような視線を向けていた。


「ふーん、強そうなのがいっぱいいるね。さすがは賞金稼ぎギルドがあるとこだ。ま、それでもアタシには敵わないだろうけどさぁ」


まだ発展途上の胸を張りながら言うレオパードを見て、ドミノは「よく言う」と呆れていた。


彼女は大きくため息をつくと、荷台へと視線を向ける。


赤ん坊は昨夜の大型の魔獣の戦闘からずっと眠っている。


身体こそ傷ついていないが、あの不思議な力――魔法と思われるものを使った後遺症が心配だ。


ドミノは視線を前へと戻して、レオパードに言う。


「あのとき、お前が逃げなかったのは意外だった」


「あぁ、あれね。いきなり逃げろなんて言われてビックリしたよ」


「違う。そうじゃない」


ドミノは自分が赤ん坊を連れて逃げろと言ったことではなく、その前――レオパードが馬に乗って助けに来たことだと伝えた。


ほぼ初対面ともいえる人間のために、危険をかえりみず大型の魔獣へと斬り掛かった彼女の行動は、正直信じられなかったと。


「今さらだが礼を言う。ありがとう。お前がいなかったたら依頼を達成できなかった」


「な、なんだよ? いきなりかしこまっちゃってさ……」


ドミノにお礼を言われたレオパードは、照れくさそうにそっぽを向いた。


顔を赤らめながら、何を答えればいいかわからないといった様子で再び町を歩く人々を見ている。


「アタシも意外だったよ。だって、アンタも見ず知らずのアタシに赤ん坊を連れて逃げろとか言うんだもん」


そして、レオパードはドミノの顔を見ることなく、笑みを浮かべてそう言った。


ドミノはそんな彼女の言葉を聞いて、一瞬だけクスッと笑い、またいつもの仏頂面へと表情を戻した。


「この子も大活躍だったよね」


レオパードは再び荷台へと移動し、ゆりかごで眠っている赤ん坊のほおを撫でる。


ドミノはそう言った彼女に、無愛想に「そうだな」と答えた。


それからドミノもレオパードも、赤ん坊が起こした奇跡については話さなかった。


二人とも目の前で起きたことで信じられないのもあったが、赤ん坊とは仕事が終わり次第離れる仲だ。


余計な詮索して、情が移るのもまずいと思ったのだろう。


必要以上に赤ん坊のことを考えるのは止めていた。


「とりあえず私は仮宿へ行くが、お前はどうする?」


「そうだねぇ。アタシもここらで別れるとしますか。アンタからもらった宝石で、しばらくは贅沢できそうだし」


「そうか。じゃあ、達者でな」


ドミノの返事を聞いたレオパードは、自分の荷物を持って馬車から飛び降りた。


スタッと地面に着地した彼女は、背負った大剣の位置を直すと、去って行くドミノたちへ手を振っている。


「アンタもね! 赤ちゃんが起きたら、アタシが元気でねって言ってたって伝えておいて!」


小さいくなっていく金髪の少女へ手を振り返したドミノは、彼女にコクッと頷くと、自分の借りている宿へと馬を向かわせた。

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