#9

近づいて来るものの正体に気が付いたドミノは、慌てて赤ん坊の入ったゆりかごへと駆け寄った。


状況がよく飲み込めないレオパードは、彼女がなぜそんな慌てているのかがわからずに呆けている。


「早く出るんだ! ヤツが来る!」


「ヤツって誰? この地震と関係があるヤツなの?」


「ともかくここから出るんだ!」


ドミノがそう叫んだ瞬間、彼女たちがいた建物に凄まじい衝撃が走った。


壁が破壊され、剥き出しになった建物の外からは馬の悲鳴が聞こえてくる。


間一髪赤ん坊を抱いて窓から逃げたドミノは、一緒に飛び出したレオパードと共に、建物を破壊したもの正体を見た。


「こいつは……魔獣だよね……?」


「あぁ、どうやら大型の魔獣が近くにいたらしい」


それはドミノとレオパードが街に入ったときに倒した魔獣だった。


しかし、その姿は普通の魔獣とは違い、まるで山のような大きさに額には槍のような角が生えている。


大型の魔獣が仲間の死の臭いを嗅ぎ取ってここへきたのか。


どうしてドミノたちを狙って来たのかはわからないが、明らかに彼女らに敵意を持って唸っていた。


廃虚の街にいた魔獣をすべて倒して安心していたドミノは、夜に警戒をしていなかったことを今さらながら後悔する。


たとえ魔獣が現れることがなくても、眠るときほどいつ誰が襲って来るかわからないのは、旅の決まりのようなものだ。


レオパードと交代で見張りを立てるべきだったと、ドミノは歯を食い縛る。


「レオパード! お前は馬のほうを頼む!」


「アンタはどうすんだよ!? 赤ん坊を抱えちゃ戦えないじゃん!?」


「私のことはいい! とりあえず馬があれば逃げられる!」


ドミノはレオパードに馬のことを頼むと、ゆりかごを抱いたまま走り出した。


レオパードは少し躊躇ちゅうちょしたが、すぐに彼女の指示に従って馬車があったほうへと向かう。


魔獣は雄たけびをあげると、レオパードではなくドミノのほうを追いかけた。


その王宮の柱のような太い四本の足を動かし、凄まじい勢いで駆け、彼女に向かってその牙を剥き出しにしている。


廃墟の暗闇をひた走るドミノは考える。


大型の魔獣は歴戦の戦士でも倒せないと言われている怪物だ。


それは一目見れば理解できる。


あれだけの巨体で魔獣と同じタフさを持っていたら、並みの攻撃など通じない。


「だが、勝機はある……」


しかし、ドミノには並みの武器ではない物を持っている。


それは、彼女の一族――ガナー族の象徴であるホイールロック式の拳銃だ。


こいつを脳天に撃ち込めば、たとえどんな怪物だろうと仕留められる。


初めて見た大型の魔獣を前に、ドミノはそれでも自分の勝機を疑わなかった。


だが、自慢の拳銃を撃つには今の彼女は、とても戦える状態ではない。


先ほどレオパードが言った通り、両手に赤ん坊を抱いたままでは戦えない。


どうする、どうすればいい?


息を切らし、冷や汗を掻きながら走るドミノの真後ろには、追いかけてきた魔獣の顔が近づいていた。


もう背中には大型の魔獣の額に生えた角が、串刺しにしようと迫っている。


赤ん坊を抱えて走りながらドミノは、ヒップホルスターへと手を伸ばす。


距離は十分近い。


このまま敵の脳天に弾丸を撃ち込めばと、拳銃を握る。


だが次の瞬間、ドミノの身体に衝撃が走った。


大型の魔獣の角が彼女の身体を突き刺したのだ。


背中から肩を突き刺された彼女は、そのまま吹き飛ばされてしまう。


「くッ!?」


ドミノはなんとか受け身を取って転がり、抱いていた赤ん坊を見る。


腕の中にいる赤ん坊は、心配そうに彼女のことを見つめている。


どうやら吹き飛ばされても怪我はさせずに済んだようだ。


「心配しなくていい。すぐに終わるからな」


ドミノは赤ん坊にそう語り掛けると、再びヒップホルスターへと手を伸ばしたが、肝心の拳銃がない。


拳銃は先ほどの衝撃で、ホルスターから外れてどこかへ飛んでいってしまっていた。


大型の魔獣はじりじりとこちらへと近づいて来る。


獲物を追い詰めたと言わんばかりに、余裕を見せるように。


ドミノは抱いていたゆりかごを地面へと置いて立ち上がると、こちらを見据えている魔獣のほうを向いた。


対抗できる武器はない。


せいぜい両腕に付けているガントレットで殴りつけることくらいしかできない。


しかし、それでもドミノは逃げようとはせずに、大型の魔獣と向き合う。


「万事休すか……」


ドミノが表情を歪めながら地面に置いた赤ん坊を一瞥すると、ゆりかごが宙へと浮いていた。


どうやら赤ん坊の身の危険に反応しているようだ。


それでも、どう考えても魔獣よりも素早くは動けないだろう。


覚悟を決めたドミノは、右手を突き出してガントレットのスイッチを入れる。


ガントレットからはワイヤーが発射され、大型の魔獣の角へと巻き付いた。


それを嫌がる魔獣に振り回されながらも、ドミノは赤ん坊から自分へと注意を引きつける。


全力で巻き付いたワイヤーを引っ張り、少しでも赤ん坊から離れさせようとする。


「こいつぅぅぅッ!」


そのとき、馬車のところへと向かったはずのレオパードが馬に乗って現れた。


レオパードはその分厚く巨大な鉄塊――大剣を掲げて、魔獣の身体へと振り落とす。


血が噴き出し、大型の魔獣が斬られた痛みで咆哮ほうこうする。


夕暮れ時には魔獣を真っ二つにした彼女の剣でも、大型の魔獣を倒すことはできなかったが、それでもダメージはありそうだ。


「レオパード! あの子を頼む!」


「なにいってんだよ! ここは二人でこいつを仕留めるのが先だろッ!?」


「依頼は魔獣討伐じゃない。いいから早く赤ん坊を安全な場所へ連れて行け!」


ドミノのあまりの迫力に、レオパードは剣を背中に収めた。


そして、表情を曇らせながらも、手綱を引いてゆりかごまで馬を走らせる。


それを確認したドミノは、魔獣の角に巻き付けたワイヤーをガントレットへと巻き戻し、その勢いで敵の身体へと飛び掛かった。

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