#8

その後、話していた通りレオパードが赤ん坊を見ている間に、ドミノが食事を完成させる。


出来上がったのはなんてことのない豆のスープだ。


「あぁ、豆ばっかり……」


「文句を言うなよ。メシを食べられるだけでも喜べ」


ひよこ豆やレンズ豆などは乾燥状態で長期間保存ができ、さらに栄養価が高いので、もっぱら旅人の主食として用いられていることが多い。


レオパードは怪訝な顔をしながら渡された容器を眺めると、彼女が抱いていた赤ん坊をドミノが受け取る。


そして、スプーンを手に取って、しっかりと冷ましてから赤ん坊の口へと運んだ。


「ほら見ろ。こいつは嬉しそうに食べてるぞ」


「はいはい、アタシも喜んで食べさせてもらうよ」


ドミノにそう言われたレオパードは、ポケットからナプキンを出して首へと巻き始めた。


そして椅子へと座り、彼女はしっかりと背筋を伸ばす。


それからスプーンを手に取って、熱々のスープを食べ始める。


「うん? なにこれッ!? メチャクチャおいしいじゃん!」


「お口に合ってなによりだ」


ドミノは、食事をするレオパードの姿を見て違和感を覚えていた。


見たところ彼女の格好は旅向けの軽装だ。


そこまで高価そうなものでもない。


しかし、レオパードはまるで貴族かと思うほど礼儀作法がしっかりしている。


分厚く巨大な大剣を振り回し、口も少々悪い彼女からは想像できないが。


もしかしたらこの金髪の少女は、どこかの貴族令嬢なのかもしれないとドミノに思わせた。


(育ちが良さそうだな。もしかしたら剣のほうも家の事情で覚えたのか? でもまあ、私には関係ないな……)


そんなことを気にしてもしょうがない――。


ドミノはそう思うと、食事の終えて眠ってしまった赤ん坊を球体の箱へと戻そうとした。


彼女が椅子から立ち上がろうとすると、どうしてだか箱が宙を浮いて近寄って来る。


「ねえ、それ……勝手に飛んでるよ」


「あぁ……。そ、そのようだな……」


あり得ないことが起きたと、ドミノもレオパードも固まってしまう。


やはりこの赤ん坊が入っていた箱は、普通のゆりかごではないようだ。


ハーモナイズ王国の残党――テンプル騎士団総長であるジャド·ギ·モレーがわざわざギルドに頼んで探していた物だ。


当然といえば当然かもしれない。


「ハハハ、面白いもんが見れたね。たまたま立ち寄った街で宝石ももらえたし、こりゃアタシにもツキが回ってきたってことかな」


笑顔を引きつらせているレオパード。


ドミノも当然驚きは隠せなかった。


だが彼女は深く考えても仕方ないと、魔法のゆりかごに赤ん坊を寝かせ、自分も食事をするのだった。


食事を終え、レオパードが汲んできた水で食器を洗うと、ドミノたちも眠ることにした。


明日は早朝から出発だ。


目的の物も手に入れたことだし、これ以上することもないため、少しでも休んだほうがいい。


馬に食事と水を与えて戻ってきたドミノは、馬車から取ってきた毛布をレオパードへと渡し、赤ん坊が眠る魔法のゆりかごへと近づく。


ゆりかごに最初から入っていた毛布に包まり、すやすやと眠る赤ん坊を見たドミノは、これならば夜も暖かく過ごせると確認して、腰を下ろして室内の壁に背を預けた。


「火も消していい?」


「あぁ、消してくれ」


レオパードがランタンの灯りを消すと、周囲が暗闇へと変わる。


取ってきた毛布を被り、ドミノが眠りに入ろうとすると――。


「ねえ、ちょっと訊いていい?」


レオパードが声をかけてきた。


「なんだ? 明日は早いんだから長い話は止めてくれよ」


面倒くさそうに返事をしたドミノに、レオパードは訊ねる。


「アンタの依頼主はさ。丸い箱を取って来てくれって言ったんでしょ?」


「そうだ。文字のような模様が入った丸い箱を探してくれってな。それがどうかしたのか?」


「だっておかしくない? なんで箱に赤ん坊が入っているって、アンタに教えなかったの? かなり大事なことだと思うけど」


どうやら彼女は、ドミノが受けた仕事の依頼内容に疑問を持っているようだ。


レオパードの疑問は、当然ドミノにもあった。


依頼主であるジャド·ギ·モレーは、球体の箱を持ってきてくれとは言ったが、中に赤ん坊が入っているとは一言も口にしていない。


それに赤ん坊が入っていたゆりかごは、光を放ったり、宙に浮いたりと、明らかに普通ではない。


これは何かある。


それは確かなのだが、マダム·メトリーの賞金稼ぎギルドの掟では、依頼主を詮索してはいけないというものがある。


これが金銀財宝やめずらしい魔道具などだったら、ドミノも気にしなかっただろう。


だが、箱の中身が生きた赤ん坊だったというのは、彼女の性格的に引っかかってしまっていた。


「お前の言っていることはわかる。だが、気にしてもしょうがない。これは仕事だからな。……もう寝よう」


「でもさぁ。おかしいって、絶対」


「いいから。私はもう寝るぞ」


まるで自分に言い聞かせるように口にしたドミノは、不満そうなレオパードにそう言い返した。


彼女から顔をそむけて、このまま眠りに入ろうとしたそのとき――。


辺りから、何か重たい物で地面を叩くような音が耳に入ってきた。


その音は、次第にドミノたちがいる建物へと近づいて来る。


部屋全体がその振動で揺れ始めてもいる。


「なにこれ地震ッ!? それにしてはデカいくない!?」


「いや、これは地震じゃない。この揺れと音は……」

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