#5

ドミノから見て、年齢は十代半ばくらいか。


双眼鏡越しでもわかる目つきの悪い少女。


動きやすそうな軽装で、首にはゴーグルを巻いている。


見ない顔だなと、次にドミノは彼女の掲げている剣を見た。


その剣は、少女の小柄な体格からは考えられない、大人の背丈をも超える無骨な大剣――グレートソードだった。


彼女の周囲へ目をやると、血を流して倒れている馬の姿がある。


先ほどの叫び声の内容から考えると、どうやら大剣を持った少女は、ここまで乗ってきた馬を何者か――いや、おそらくは魔獣に殺されてしまったようだ。


ドミノは考える。


こんな廃墟となった魔獣の住処の街に、好き好んでやってくる者などいない。


もしかしたら自分以外にも依頼を受けた人間がいたのか?


しかし、ここら一帯を仕切っているマダム·メトリーの賞金稼ぎギルドに、あのような大剣を持つ少女がいるなど聞いたことがない。


それは、ドミノが少女の顔を知らないことからも明らかだ。


「ほらどうした!? さっさと出てこい!」


少女はさらに声を張り上げ、臨戦態勢に入っていた。


そんな彼女を見たドミノは、たった一人で魔獣の集団を相手にするつもりかと、目と耳を疑う。


そして、ドミノは思う。


あの少女が魔獣を引きつけてくれるなら、自分は仕事がしやすくなると。


だが彼女は首を左右に振って、その考えを頭の中から打ち消した。


「仕事のついでだ。魔獣らも退治しておくか」


そう呟いたドミノは双眼鏡をしまうと、少女のもとへと急いだ。


今のところ魔獣たちは現れていない。


できることなら、あの少女を避難させて夜になる前に目的の物を見つけたいところだが――。


ドミノが後ろから少女に近づくと、突然彼女の持った大剣が振られた。


これをなんとか両手に付けたガントレットで受け止めたドミノ。


静まり返っていた廃墟の街に、ガキンという金属が鳴り響いた。


「待て、私は人間だ」


「バカにしてんの!? そんなの見りゃわかるよ!」


「違う、そういう意味じゃない。敵じゃないと言っているんだ」


ドミノの言葉に、なぜか怒り狂っている少女は、再び剣を振り上げた。


深く踏み込んだ一撃が、ドミノの身体へと襲い掛かる。


先ほどと同じようにガントレットで受け止めたドミノだったが、そのあまりの衝撃に後退させられてしまう。


「アタシの渾身の剣を受け止めた!? アンタ何もんだよ!?」


少女の動きが止まる。


どうやら彼女は、自分の大剣を受けて無傷でいるドミノに驚愕しているようだ。


「それはこっちのセリフだ。お前こそ、こんなところで一体何をしている?」


「先に訊いたのはアタシだ! いいから答えろよ!」


ドミノが訊ねると、少女は大剣を構え直した。


対するドミノもヒップホルスターへと手を伸ばし、戦闘態勢へと移行する。


向かい合うドミノと大剣を持つ少女。


赤い夕陽が二人と廃墟の街を照らす中、そこへ複数の獣の影が現れた。


「出てきたな……」


現れた魔獣たちの姿を見てドミノが呟いた。


よだれを垂らしながら呻き、ドミノと大剣を持つ少女へと近づいて来る。


魔獣――。


大抵の場合は猟犬、若しくは人間の子供ほどの大きさで、燃える様な赤い瞳をした黒犬の姿をしている。


今、ドミノたちの前に現れた魔獣は、まさに凶暴な野良犬といった感じだ。


魔獣には個体差があり、大型の魔獣はいくら歴戦の強者でも歯が立たないと言われている。


かつてこの大型の魔獣が世界中に現れたときには、民たちに英雄といわれている漆黒の騎士ら一行によって討伐された。


その後は、ハーモナイズ王国の秩序維持によって人が住む場所には現れなくなっていたが。


現在、王国は反乱軍によって滅ぼされ、その防衛システムは無くなり、魔獣らは街へもその姿を現すようになっていた。


それは悪政によって民衆の反感を買っていたハーモナイズ王国といえ、彼らの掲げていた秩序維持の政策が、人々を守っていたこともまた事実といえることだった。


「おいお前、私から提案がある」


ドミノは向かい合っていた少女から、集まってきた魔獣たちのほうへと身体を向けながら言う。


「報酬を分けよう」


「報酬? 一体何の話だよ?」


オウム返しをした少女に、ドミノは呆れながら話を続ける。


「私は賞金稼ぎだ。依頼主から仕事を受け、この街へある物を取りにきた。見ない顔だが、お前もマダム·メトリーのギルドメンバーなんだろう?」


ドミノの質問に、少女は戸惑っているようだった。


賞金稼ぎやギルド、そしてマダム·メトリーの名を聞いてもピンと来ていない。


どうやら彼女は、マダム·メトリーの賞金稼ぎギルドの人間ではないらしく、偶然この廃墟となった街へ来て魔獣たちに襲われたようだ。


「違うのか。なら、手を貸せ。この状況を見れば、それが最善の選択だ。その若さで死にたくないだろう?」


「いきなりそんなこと言われて、はい、そうですかっていくわけないだろうッ!? アタシはアンタの名前だって知らないのに!」


「ドミノだ。私はドミノ。さっき言ったが、マダム·メトリーのギルドメンバーで、ただの賞金稼ぎだ」


まだ自分のことを疑っている少女に、ドミノは名前と身分を明かした。


それから彼女はヒップホルスターからホイールロック式の拳銃を手に取り、飛び掛かろうとしていた魔獣へと発砲。


唸る魔獣の額を撃ち抜き、周囲に血と硝煙しょうけんを撒き散らした。


少女はそんなドミノの行動を見て、彼女から魔獣たちへと身体の向きを変える。


「アタシを雇おうってのね。ドミノって言ったっけ? オッケー、アンタのこと信用してやるよ。アタシはレオパード。言っとくけどアタシは安くないからね」


「そういう話は後だ。まずはあいつらを片付けるぞ」


レオパードと名乗った少女は、その金色の髪を振り回すと、ニヤリと笑みを浮かべた。


ドミノはそんな彼女を一瞥すると、拳銃に弾丸を装填そうてん――マズル側から火薬を押し込んだ。

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