#4

ジャドと名乗った口ひげの男は、ドミノに椅子に座るように促すと、自分が座っていた場所へと腰を下ろした。


ドミノは部屋を見回し、本当にジャドと自分だけになったのを確認してから拳銃をホルスターへと収める。


そして言われた通りに椅子に座り、テンプル騎士団総長と名乗った男と向き合う。


「他にもマダム·メトリーは言っていた。君は報酬が高い、非常に高いとな」


マダム·メトリーが仕切っている賞金稼ぎギルドの仕事は、何も賞金首を捕えたり殺すだけではない。


依頼主の頼みを個別に請け負うこともある。


それは主に暗殺や魔獣討伐などだ。


だが、基本的にギルドメンバーに頼まれることなく、腕利きのみに話がいく。


マダム·メトリーのギルドの中でドミノを含めた数人だけだ。


ジャドはそっと布に包まれたものをテーブルに出し、その中身をドミノに見せる。


それは硬貨ではなく、大粒の宝石だった。


これ一財産ともいえる品物だ。


「確かめるといい、本物だ」


ドミノは何も言わずに差し出された宝石を手に取った。


彼女の出自しゅつじであるガナー族は、独自の加工技術を持った民族。


それには当然加工される前の原石や天然石も含まれるため、宝石の鑑定はお手の物だ。


ドミノの鑑定では、これは確かに本物の宝石だった。


「これはほんの手付だ。人生を変えるほどの報酬が君を待っている。依頼さえ達成してくれるならな」


「話を聞こう」


手に取った宝石をポケットへとしまったドミノを見て、ジャドはその身を乗り出した。


そして、テーブルに両肘をついて口ひげを動かす。


「君には、ある物を取ってきてもらいたい」


それからジャドは、依頼内容を話し始めた。


なんでも彼らはある箱を取り戻したいようだが、その場所の土地勘がないため、手をこまねいていると言う。


しかも、どうやらその場所とは、魔獣たちが住処にしているところだそうだ。


「魔獣と戦うだけならば我々でも問題はないのだが、さすがに見知らぬ場所で戦闘をしながら探し物するというのは実に非効率でな。そこでマダム·メトリーから君を紹介してもらったというわけだ」


「情報はその箱とそれがある場所だけか? 魔獣の数や捜索範囲についても聞きたい」


「凄腕と有名な君ならば、場所だけわかれば簡単に片づけてくれると聞いていたのだが、やはり難しいか」


まるで挑発するような物言いをしたジャド。


ドミノはそんな彼の言い方など気にせずに席から立ち上がると、仕事を引き受けるとだけ答えた。


ジャドはそんな彼女に場所を告げる。


「それじゃ、これで失礼させてもらう」


依頼主に背を向け、愛想なく去って行くドミノに、ジャドが声をかける。


「君はガナー族だろう? 敵同士ではあったが、私は今でも君ら民族に敬意を持っている。こうやって巡り会えたのもきっと神の思し召しだ。これは始まりなのだよ。私たちが手を取り合うということは、暴力と混乱の時代が終わり、再び秩序が戻るということのな」


ドミノが部屋を出てからも続けられたジャドの言葉。


同胞の仇ともいえるハーモナイズ王国の人間の言葉を聞いたドミノは、心の中で毒づいた。


仲間を皆殺しておいてよく言うと。


ハーモナイズ王国の残党のいた建物を出たドミノは、旅に必要な物を出店で購入する。


それから昨夜に停めていた馬車のあるマダム·メトリーのギルドへと向かった。


購入した品物を馬車に積み、草をんでいた馬を撫でると、彼女はギルドへ挨拶することなく町を出て、ジャドから聞いていた場所へ。


目的地は、マダム·メトリーの賞金稼ぎギルドがある町からは、馬で約半日はかかる荒れ果てた野原にある街。


そこは、以前には商人たちがつどう貿易の中心街だったが、今はもう魔獣の住処として誰も近寄らないところだ。


馬の手綱を引き、荒野を進みながらドミノは思う。


ジャド·ギ·モレーが率いるハーモナイズ王国のテンプル騎士団ならば、魔獣ごとき恐れるはずもない。


見た限り団員たちの数も多そうで、武装や覇気なども王国滅亡前と変わらぬ状態だ。


そうだというのに、なぜジャドはマダム·メトリーのギルドに依頼などしたのだと。


「どうでもいいか。報酬さえもらえれば……」


ドミノは不可解に思いつつも、考えるのを止めた。


今の自分はガナー族の戦士ではなく、ただの賞金稼ぎだ。


その日暮らしで生活している、誇りなど持たない人種なのだ。


現に残党とはいえ、同胞の仇というべきハーモナイズ王国の依頼を受けている。


今さら考えることなど何もない。


自分は生きていくために金を手に入れるだけだ。


ドミノは余計な考えを頭の中から消し、仕事に集中することにする。


人気ひとけも動物の影すらもない荒野を進み、朝から出発したのもあって、夕日が出てきた頃には、目的地である魔獣の住処となった荒れ果てた元貿易街へと辿り着く。


街へ入る前に、少し離れた岩陰に馬車を止めたドミノは、馬に水と草を与え、ここで待っているように声をかけた。


当然、側にあったサボテンと馬の身体を縄で括り、勝手にどこへ行かないようにする。


縄を少し緩めに縛ったのは、馬が本気で力を籠めれば、いつでも逃げ出せるようにするためだ。


それは、もし馬が魔獣に襲われたとき、身動きができないままでは哀れ過ぎるというドミノの配慮だった。


危なくなったら逃げろ――。


ドミノが双眼鏡を手に、馬にそう言いたげに微笑みかけた瞬間、魔獣たちの住処となった街から、突然甲高い叫び声が聞こえてきた。


「よくもアタシの馬を殺したな! 戦うつもりはなかったけど、お前らみんな殺してやる!」


双眼鏡をのぞき、街から聞こえた声のするほうを見たドミノの目には、金色の髪をした少女が剣を掲げている姿が映った。

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