#3

――陽が昇る前、仮宿のベットから目覚めたドミノは、少し身体を慣らすとホイールロック式の拳銃の手入れを始める。


ガナー族の加工技術で造られたホイールロック式は、時計製作の技術を応用して考案されている。


ホイールロック方式では火蓋の上に蓋があり、火薬が濡れるのを防ぐように仕組まれていた。


トリガーを引くと火蓋の上の蓋がスライドして、着火可能になるという構造だ。


要はトリガーを引くと同時に回転する金属製の歯車に火打ち石を押し付けて、発生した火花によって火薬に点火。


例えを出すならば、ジッポライターなどを想像すればわかりやすいだろう。


だが、ガナー族からこの技術を奪ったハーモナイズ王国では、この銃の構造が複雑でコストがかかったため、一般的には普及はしなかった。


さらに使用するには特殊な砲術の知識を必要とするため、たとえホイールロック式の拳銃を手に入れても、まとも扱える人間がいないというのも特徴だった。


「よし、次はガントレットのほうだな」


拳銃の点検を終え、次にガントレットへと手を伸ばすドミノ


ホイールロック式の拳銃と、左右の腕に装着するガントレットの手入れは、彼女の日課だ。


ガナー族の朝が早いように、ドミノの朝も早い。


このガントレットもまたガナー族の技術で造られたもので、その内側にはワイヤーが仕込んであり、付いているスイッチを入れることで対象へ巻き付けることができる。


目の前の敵を縛って捕えたり、高い位置にあるものにワイヤーを巻き付けて移動するなど、何かと応用のきく優れものだ。


それらの手入れを終え、ドミノが各ガジェットの動作確認へと入る頃には外が明るくなっていた。


ドミノは動作確認を終えると仮宿から出発。


人が動き出した町へと出て、朝食を取りに行く。


彼女は基本的に店には入らない。


適当に出店で目の入ったものを購入し、それを歩きながら食べる。


これはガナー族の民族性ではなく、これまで賞金稼ぎとして生きてきた暮らしで自然とそうなっていったものだ。


その理由は、何かをしながらでも食事も摂れるからである。


購入したパンと鶏肉を食べながら、昨夜に頭の中に入れておいた地図の場所――ハーモナイズ王国の残党がいるという場所へと向かう。


裏道へと入り、道端で寝ている者らの姿が見え始める。


それからさらに奥へ進むと、まるで廃墟のような朽ち果てた建物が見えた。


「ここだな」とドミノが建物の扉をノックすると、扉の隙間から人の目が現れる。


ドミノは、その猜疑心あふれた目を見返して答える。


「私はギルドの者だ。マダム·メトリーの紹介で来た」


その一言で扉が開き、彼女は中へと通された。


建物の中は朝だというのに暗く、まるで夜のようだった。


その上通路は狭く、ドミノはただついて来るように言った小男の後を追う。


案内する小男はとてもハーモナイズ王国の人間には見えなかったが、連れて行かれた部屋の中に入ると、すぐにここが王国の残党の住処だとわかった。


部屋の中には、全身から顔まで甲冑で覆った兵士たちが、剣や槍、斧などを持って整列している。


(テンプル騎士団か……)


ドミノは、整列している甲冑姿の者らを見て内心で呟いた。


テンプル騎士団とは、修道士が武器を持ったというよりも騎士が修道誓願を行ったという性質の強い修道騎士団である。


だがハーモナイズ王国のそれは特殊で、団員の多くは、名も無い修道院出身者たちで構成されている。


ドミノが部屋に足を踏み入れると、騎士団員らの雰囲気が緊張感のあるものへと変わった。


部屋中に甲冑や武器が動いた音が鳴り、今にも彼女を攻撃しようかという空気だ。


「マダム·メトリーから来ると聞いていた。君がドミノだな」


部屋の一番奥にいた男が、ドミノに声をかけてきた。


口ひげを生やし、飾り気のない短髪の男で、他の団員たちと同じく甲冑を身に纏っている。


声をかけられたドミノは返事をすることもなく、自分を囲っている騎士団たちの間を通って、口ひげの男の前へと歩を進めた。


そして、椅子に座っている男の前で止まると、ようやく口を開く。


「あぁ、そうだ。マダム·メトリーは他に何か言っていたか?」


「君はこの地域で一番の腕利きだと」


口ひげの男がそういうと、団員たちが一斉に武器を構えた。


ドミノは慌てることなく瞬時にヒップホルスターから拳銃を抜き、口ひげの男へと銃口を向ける。


「ずいぶんな歓迎だな」と心の中で思いながら、彼女は団員たちが動けば即座に撃ち殺すと言わんばかりに、口ひげの男を睨みつける。


そんなドミノを見て男は笑う。


「武器を下ろしてくれ。彼らは君に攻撃などしない」


そう言われてもドミノは武器を下ろさなかった。


ただ何も答えずにホイールロック式の拳銃を、男に突きつけているだけだ。


銃口を向けられた口ひげの男は、椅子から立ち上がると右手をゆっくりと振った。


騎士団員たちは一斉に武器を下ろし、その身を正した。


その甲冑姿も相まって、まるで並べられた彫刻のようだ。


「無礼な振る舞いは許してやって欲しい。彼らには、熱意のあまりうかつに動くところがあってな。さあ、武器を下ろしてくれ。これでは話ができない」


「こいつらを部屋から出せ。話ならアンタ一人でもできるだろう」


ドミノは、近づいてきた口ひげの男に銃口を向けたまま答えた。


騎士団員たちが再び武器を構えようと手を動かすと、男が再び彼らを手で制する。


団員たちは武器を下ろしたが、その中の一人がドミノへと言う。


「お前は一人、対するこちらは八人いる。それでも戦うつもりか?」


「ギャンブルは好きじゃないが、私も自分を守るためなら賭けに出ることもある」


ドミノはまだ拳銃を下ろさない。


だが、口ひげの男はそんな彼女を恐れることなく、笑みを浮かべながら声をかける。


「聞いていた通り豪気だな。これは頼もしい限りだ。わかったよ。彼らには出て行ってもらおう」


口ひげの男の言葉を聞いた団員たちは、指示される前に部屋から出て行く。


それでも武器を下ろさないドミノに向かって、口ひげの男は再びその口を開いた。


「まだ名乗っていなかったな。私はジャド·ギ·モレー。ハーモナイズ王国、テンプル騎士団総長をしている」

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