#2

ドミノは、労いの言葉をかけたマダム·メトリーを無視して、馬車に賞金首の死体が積んであることを伝える。


そんな彼女の態度にマダム·メトリーは「はぁ」とため息をついたが、すぐにテーブルにあったベルを鳴らして人を呼び出した。


「悪いけど、荷下ろしをお願いね」


従者に声をかけたマダム·メトリーは、かったるそうに身体を動かすと、硬貨をテーブルへと置いた。


今回の報酬だ。


金銭を出されて、ドミノはここでようやく椅子へと腰を下ろす。


「おい、手配書の金額よりも少ないぞ」


「しょうがないのよ。アンタが出発したときに、あいつらの懸賞金が更新されちゃってね。ほら」


マダム·メトリーは部屋の壁へと指を向けた。


そこには、ドミノのが殺した男たちの顔が書かれた手配書が貼られている。


真新しいその手配書を見るに、マダム·メトリーが言っていることは事実のようだ。


ドミノはテーブルにある硬貨を手に取る。


「これじゃ馬の餌代にもならない」


「だからしょうがないのよ。ま、今回はツキがなかったと思って――ちょっとッ!?」


ドミノが椅子から立ち上がって出て行こうとすると、マダム·メトリーが慌てて彼女を止めた。


マダム·メトリーは不機嫌になったドミノに言葉を続け、落ち着かせようとする。


「頭を冷やしなって。……わかったわよ。残りはワタシのほうで付け足すから」


マダム·メトリーは呆れながらも報酬を元の額まで支払った。


ドミノはテーブルに追加された硬貨を手に取り、再び椅子へと座る。


そして彼女は、早速次の仕事の話を始めた。


だが、マダム·メトリーは顔を曇らす。


「どうしたんだ? まさかもう賞金首がいないとか言うんじゃないだろうな?」


「いやね。ギルドのメンバーはアンタ以外にもいるし、今月受けている仕事はちょっと少ないのよ」


「なぜ少ない? ここらで荒っぽい仕事を引き受けているのはアンタのとこだけだろう?」


「ギルドに払う金が惜しい奴が増えてるの。でも、結局はうちに頼るとは思うから、今はちょっと辛抱って感じね」


顔をしかめたドミノを見て、マダム·メトリーはまたもため息をついた。


だが、彼女は何か思い出したのか、ドミノへある提案をする。


「実はね。別件で仕事が入っているんだけど、それがかなりの高額なんだ」


「別件? ギルドで別件とは聞き慣れないが、どんな内容だ?」


「それはここでは言えない。直に会って、依頼主から仕事を頼める人間と思われれば内容が教えてもらえるの」


「もしかして、王国がらみの仕事か?」


ドミノの言葉に、マダム·メトリーの目つきが鋭くなる。


目を細めた彼女は、ドミノの前にそっと地図を差し出した。


「アンタの想像通りだよ。こいつはハーモナイズ王国の生き残りからの依頼だ」


ハーモナイズ王国とは、かつて世界を統べていた国の名だ。


その統治はお世辞にも良かったとはいえず、民衆たちが決起した組んだ反乱軍によって現在は滅亡している。


その後、ハーモナイズ王国が反乱軍に倒されたことで、すべての人間は自由を手に入れた。


だがいまだ世界に平和は訪れず、王国の残党が暗躍している。


さらに悪政ながらも秩序を守っていた王国がなくなったことで、魔獣らも活発に動き出している状態だった。


反乱軍は王国を倒した後、新たな政権をつくることなく解散。


それぞれが自分の国へと戻ったと言われている。


その結果、世界中が無法地帯となった。


そんな状況の中、生き残ったハーモナイズ王国の残党が、再び国を復興させようと動いていることは、ドミノの耳にも入っていた。


「どうする? 受ける? それとも」


身を乗り出して小首を傾げたマダム·メトリー。


胸元が大きく開いたブラウスからは、彼女の豊かな胸が強調されている。


ドミノは、マダム·メトリーの胸を一瞥すると、テーブルにあった地図を取って、部屋の出入り口へと向かった。


黙ったまま出ていこうとする彼女の背中を見て、再びソファーへと横になったマダム·メトリーは、「ふぅ」と今日三度目のため息をつく。


「ワタシにはいいけどさぁ。依頼主の前では、ちょっとくらい愛想よくしなさいよ。アンタはただでさえ仏頂面なんだから」


「ご忠告どうも。親切ついでに私からも忠告しとく。下着くらい付けといたほうがいいぞ。さっき乳首が見えていた」


「なッ!? ちょっとアンタッ!?」


「それじゃ失礼する」


顔を赤くして声を張り上げたマダム·メトリーを無視して、ドミノは賞金稼ぎギルドを後にした。


それから、今夜はもう遅すぎると判断した彼女は馬車をそのままにし、仮の宿へと歩を進める。


「ハーモナイズ王国か……」


深夜の町を歩きながら、ドミノは思い出していた。


幼い頃に、魔獣に襲われて両親を失ったときのこと。


孤児となった彼女を拾ってくれたガナー族の者たちのことを。


そして、ハーモナイズ王国によって皆殺しにされた同胞らのことを。


ガナー族は独自の加工技術を持ち、その技術で造り上げたもの――民族の象徴ともいえる拳銃を常に所持している。


ドミノのヒップホルスターに納められたホイールロック式の拳銃がそれだ。


その加工技術で生み出された武器を恐れたハーモナイズ王国によって、ガナー族は皆殺しにされ、生き残った者は各地へと散り散りの状態となっていた。


その虐殺は、反乱軍が現れる二十数年前にされているため、彼女の一族は、生き残りがほとんどいない希少な民族となっている。


「連中はかたき……。だが、今は生活のほうが優先だな……」


そう呟いたドミノは、手にしていたもの――マダム·メトリーに渡された地図をくしゃりと握り潰した。

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