フロンティア·レディ~賞金稼ぎと不思議な力を持つ赤ん坊

コラム

#1

ある町の酒場で男たちが酒を飲んでいた。


その腰には剣を帯びており、見るからにガラの悪そうな連中だ。


他の客のことなど気にせずに大声を出して騒いでいるのだが、周囲にいる者も酒場の店主も注意できずにいる。


男たちは、そんな不快な視線など気にせずに酒を飲んでいる。


やれ昨日やった女のあそこの締まりが悪かっただの、やれ昨夜にケンカを売ってきた男が大したことなかったなど、自慢話を互いに言い合う。


そんな空気の中、一人の客が店に入ってきた。


扉の開くギィッという音が鳴ると、酒場にいた全員が出入り口へと視線を動かす。


店に入った来たのは女。


年齢は三十代くらいの妙齢で、黒い髪に白いシャツの上から編み上げアンダーコルセットを着ているパンツルックをしていた。


女は向けられた視線を気にせずに、カウンターへと歩を進める。


「人を捜しているんだが」


女が店主に声をかけると、彼はまずは注文するようにと答えた。


ここは酒場だ。


何か話がしたいのなら、まず何か飲み物を頼むのがすじだろうと言わんばかりに女へと言う。


女が渋々酒を注文すると、先ほど店内で騒いでいた男たちの一人が彼女へと近づいていく。


「おい、姉ちゃん。ずいぶんと物騒なもん腰に下げてんじゃねぇか」


男は下卑げひた笑みを浮かべて女の真横に立った。


その黄ばんだ歯が見える口からは悪臭が臭ってくる。


顔をしかめる女の表情など気にせずに、その歯を見せた男の視線は彼女の腰に向けられていた。


女の腰の周囲にはヒップホルスターを装着されており、そこにはホイールロック式の拳銃が入れてあった。


男がその拳銃を見て口を開く。


「生で見るのは初めてだぜ。お前、ガナー族の生き残りか?」


ガナー族とは、独自の加工技術を持った一族だ。


ー族の者は、自分たち民族の象徴ともいえる拳銃を常に所持している。


その加工技術で生み出された武器を恐れた時の権力者によって、二十数年前に大粛清されたため、現在生き残りはほとんどいない。


「なんとか言ったらどうなんだよ、姉ちゃん。ここじゃオレらに挨拶するのが決まりなんだぜ」


男がそう言うと、面白がってか男の仲間たちも席を立ち、彼女の周りに集まってくる。


女を囲んだ男たちは、皆揃って全身を舐め回すような視線を彼女へと向けていた。


「お前たちだな。この辺で暴れ回っているって集団というのは。捜す手間が省けた」


店主から酒の入ったグラスを受け取った女がそう言うと、男たちが大笑いし始めた。


自分たちはたしかに賞金がかけられるほど有名になったが、このご時世で捕まえにくる者などいない。


せいぜい賞金稼ぎが来るくらいだが、昨夜も返り討ちにしてやったと、武勇伝を語り始めた。


「まさか姉ちゃんもオレたちにかけられた賞金を狙ってきたのか? 金なんかよりももっといいもんくれてやるよ。ほれ、オレの股間についたもんをくわえさせてやる」


男がそう言った瞬間、店内に銃声が響き渡った。


その衝撃でテーブルにあったグラスや酒瓶が床に落ち、さらに動き出した女の拳が男たちの顔面を打ち抜いた。


それらはまるでリズム楽器のように音を鳴らす。


「て、てめぇ……」


撃たれた男が呻きながらその場に沈んでいき、割れた瓶やグラスと同じように、他の男たちも倒れていた。


女は硝煙が出ている拳銃へ息を吹きかけると、硬貨をカウンターへと置く。


「用はもう済んだ。それは酒代だ」


彼女の名はドミノ。


この混乱する世界で生きる凄腕の賞金稼ぎだ。


それからドミノは、狙っていた男たちの死体を馬車へと積み、町を移動する。


すでに日が暮れかけているのもあって、彼女を手伝っていた店主が声をかける。


「なあアンタ。夜は森に魔獣が出るし、出発は明日でもいいんじゃないか?」


店主は善意で宿くらいなら用意すると言ったが、ドミノは首を横に振って断る。


どうやら彼女は、いつまでも死体を馬車に乗せておきたくないようだ。


それは、血の臭いが馬車につくのを嫌がったからだろう。


ドミノの実力を店で見ていた酒場の店主は、それ以上もう何も言わなかった。


馬の手綱を引いて去って行く彼女のことを、ただ見送った。


その後、暗くなった森を進むドミノ。


ひづめの足音と馬車の歯車が回る音だけが鳴り響く中、木々の奥から獣の呻き声が聞こえてくる。


ドミノは手綱を引きながらホルスターへと手を伸ばし、ホイールロック式の拳銃を取る。


そして、その呻き声が聞こえた暗闇へと銃口を向けて発砲。


暗闇からは獣の断末魔だんまつまが聞こえ、彼女は何事もなかったかのように森を進んでいった。


それからも何度か魔獣の声が聞こえたが、ドミノは目の前に現れる前にすべて撃ち殺した。


ガナー族出身である彼女は夜目がきくのだ。


幸いなことに魔獣が集団で現れなかったので、ドミノは無事に森を抜けて目的地まで辿り着く。


彼女の目的地は、賞金稼ぎギルドがある大きな町だった。


すでに夜も更けており、外を出歩く者はいなかったが、そんな静まり返った中で一軒だけ灯りの付いた建物があった。


それは、もちろん賞金稼ぎギルドの館――。


この地域全体を仕切っているマダム·メトリーの所有する建物だ。


ドミノは、館の前にある馬専用の水の飲み場に馬車を止め、馬のことを撫でると、中へと入って行く。


真夜中だというのに中は賑わっており、それぞれのテーブルの上には肉や酒、トランプカードなどが見える。


皆ポーカーゲームを楽しんでおり、入ってきたドミノのことなど気にも留めていない。


誰もが剣やナイフ、斧や槍を持っているのを見るに、彼ら彼女らもまたドミノと同じく賞金稼ぎだろう。


ドミノは大広間を抜け、奥の部屋へと入って行く。


ノックすることなくドアを開けると、そこにはソファで横になっていた女性の姿があった。


賞金稼ぎギルドのリーダーであるマダム·メトリーだ。


マダム·メトリーは、深いパープル色のブラウスに、コルセット風サスペンダーをした熟女。


普通の女性にはないその大人の色気には、彼女が中年であることを忘れさせるものがある。


「うん? なんだアンタか。ここへ来たってことは、仕事はもう済んだみたいだね」


マダム·メトリーは勝手に部屋に入ってきたドミノのことを一瞥すると、目の前のテーブルにあった酒瓶へと手を伸ばした。


そして、彼女は身体を起こすと、ドミノに椅子に座るように声をかけ、そのまま言葉を続けた。


「相変わらず早いねぇ。さすがはナンバーワンの賞金稼ぎだよ」

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