告白
画面の中にいる博士――わたしは氷見野教授を博士と呼ぶことにしている―は“知恵の実”という名前の人工知能さん。博士に作られたパソコンの中にいる博士のコピーで、博士の代わりにわたしとおしゃべりしてくれます。
博士は喋れない。これも“知恵の実”が教えてくれたのだが、生まれつきそういう病気らしい。治そうとはした。だが、治そうとする手段が外的要因により妨害されまくった(たとえば、手術の当日に天災が起こったり、頼りにしていた医者が音信不通になったり)結果、博士は諦めて、自らが会話するのではなく、自らとそっくりの人工知能を作り出すことによって、そちらに原稿を代読させる形で、他人との関係を築き上げることに成功している。
「はかせは、びょうきをなおすためのくすりをかいはつしている」
わたしに合わせて“知恵の実”も博士のことを博士と呼んでいた。これはわたしと話すときだけであって、博士がいるときには「まさひとくん」と呼んでいる。わたしと違い、自らを作り出した親として、博士のことは全面的に信頼し、貶さない。博士と“知恵の実”の会話は、親子のようだった。本来、ママとわたしもこうあるべきだったように思える。
「ここって薬学部でしたっけ」
わたしは叔父さんの家から、登校するふりをしてこちらに来ていた。家にあったから燃えてしまったり、神佑高校のわたしのロッカーに置きっぱなしになっていたりする教科書は、叔父さんが買い直してくれた。わざわざ申し訳ないので、わたしは“知恵の実”からいろいろ教えてもらっている。わたしと“知恵の実”も生徒と先生ごっこができて、博士も止めない。何か問題があるならばやめさせるだろう。人工知能である“知恵の実”の学習にもなっていいのかもしれない。
「はかせは、のうりょくしゃをなおそうとしている。ほんとうは、
風車宗治は、
だから、ここでそのお名前が出てくるとは思っていなかった。
「博士は、わたしたちの
「ゆいいつしん?」
画面の向こう側で、“知恵の実”は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする。
こいつもまたわたしの
「ええ。
死んでしまった今は、わたしが次なる救世主となる。悪しきものを燃やすこの力を制御し、わたしは勇者となります。思えば、ここに通うようになってから、この“知恵の実”からスピーカー越しに「かいりちゃん、その【発火】のちからをつかってみて」と指示されていました。しかし、一度の成功もありません。アルコールランプに対しての憎しみはありませんから、神も応えてくれないのでしょう。
やはり強い力には、強い精神力が必要なのでしょう。わたしが悪を倒さなければならない。わたしにしかできないことを、わたしの力で実現します。
「風車宗治は、まさひとくんとおさななじみ。しょうがっこうから、こうこうまでいっしょ。だいがくにはいって、がくぶがわかれて、ようやくきゃんぱすがはなれた」
「なんと! そうだったのですね!」
博士と唯一なる神が並び立っていた。素晴らしい構図だ。博士も、
「風車宗治は、かいりちゃんとおなじように、のうりょくしゃ。ひとをあやつる、
史上最悪。
わたしは“知恵の実”の言葉をリフレインさせながら、モニターに表示された文字列を、見間違いではないかとこすった。
消えない。
「かいりちゃんは、うまれてからいままで、風車宗治のことを
「
わたしのセリフは、わたしがどうしても、なんとしてでも、
「そうだね。……いいすぎたとおもう。ていせいしよう。ごめんよ」
この“知恵の実”は、自身の有能さと同時に、無力さを知っている。あくまでコンピューターの中の存在であって、生身で生きている人間ではないから、知識と常識の誤差を察知して、わたしに謝罪した。ただ、これ以上は踏み込めないように、壁を形成したようにも見える。きっとわたしの知らない
「それで、病気を治すための薬、って、なんですか?」
それならば、最初の疑問に戻そう。安堵した表情を一瞬挟んでから、わたしの目の前の“知恵の実”は「のうりょくしゃはびょうきにかかっている。はかせはそのびょうきをなおすために、かいりちゃんをここによんでいる」と語り始めた。
「風車宗治なら【威光】で、かいりちゃんなら【発火】と、ひとによってちがうけど、こんぽんてきなげんいんはおなじ。そのげんいんをとりのぞき、のうりょくをなおす」
治す。
治したら、わたしは
わたしが、勇者であり、救世主となるために、必要な力が。
治しません。
何、博士は、これからその、神から、世界をよりよくしていくために必要で、授かったその力を、薬の力で治したいというわけ? ――そんなの、間違っている。わたしにはわたしの、使命があるのです。それを、博士に、かすめ取られるわけにはいきません。薬なんていらない。
博士を燃やします。わたしの道の、邪魔をするのであれば。博士もまた、悪といえるのでしょう。非常に残念ですが。
【第1話へ続く】
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