第47話 ポンコツな賢者らしい
カイリの心象世界。
転生後から先ほどまで、六道海陸が眠っていた場所。
何もない。
彼女の人生そのものが、まるで“なかった”かのような空虚な空間。
スポットライトに照らされる2人の少女。
黒髪赤目の六道海陸と青髪碧眼のカイリ。
カイリは敵意なくヘラヘラと笑いながら「こんにちは! わたしの中のわたし!」と挨拶した。
わたしの中のわたしなら、わたしと仲良くできるに違いない。なぜならわたしなのだから。わたしをいちばんよく知っている海陸が目の前にいる。
これは友だちになるしかない。
「カイリはどうして笑っていられるの」
わたしをよく知っているはずの海陸が悲しそうな顔をしている。泣かないで、海陸。わたしはわたしを励ます。わたしはわたしが泣いている姿なんて見たくない。
「六道海陸は死んでしまった」
「そうです! 転生してカイリになりました!」
「あなたはわたしではない」
カイリは目を点にして、そのぶんのリソースを“考えること”に費やす。海陸の言っていることがわからない。わからないので、わかるように説明してほしい。だって、わたしはわたしなのに、あなたはわたしではないってどういうこと?
「六道海陸を六道海陸として成り立たせている要素を切り捨てたあなたは、海陸とは言えない」
難しいことを言ってくる。難しい。カイリは「その要素ってなんですか?」と問いただす。
「髪の色、瞳の色、声色」
「これはゲームマスターがCharacter Creationで設定してくれました! 黒髪のわたしも、可愛いと思います!」
カイリが決めたものではない。TGXの世界に転生する際に、ゲームマスターが強制的に決めたものだ。黒髪赤目のわたしも可愛いけれど、青髪碧眼のわたしも似合っている。可愛いのだから、ニコニコしていてほしい。知恵ちゃんもレモン先輩を通して怖い顔をしていた。
「あなたは能力者ではない」
六道海陸が本当に能力者だったのか、という点についてカイリは否定的だ。
博士からは、火を操る能力だって言われていたけれども。
「博士の研究室でも能力者っぽく火をつけることはできなかったじゃないですか。ゲームの世界でも火の魔法が使えないので、わたしもわたしと変わりません」
海陸はどうしてもカイリを自分自身だと認めたくないみたいだけど、なんでなのか全然わからない。
わたしではないとわたしが言い張るのなら、わたしではないの要素を一個ずつ否定していこう。
「わたしの能力は【発火】。対象物を内部から燃え上がらせる力」
「へー! 超強そうじゃないですか!」
内部から燃え上がらせるからローソクに火をつけられなかったのか。なるほど。あんな細い芯のところだけを狙うの、難易度が高かったんだろう。針に糸通すのもコツを覚えないと何回も失敗しちゃう。
「確かに、その能力なら使ったことないかもです」
六道海陸の能力はゲームマスターによって封印されていた。これこそがカイリの専用装備だ。呼び起こされた《記憶》がカイリに力を与えてくれる。
「……でも、それだけですか? わたしはわたしの思い出、たくさんあります!」
カイリの中の六道海陸としての記憶。
生前の思い出。
「家が燃えちゃって、叔父さんの家で暮らすようになって、博士と出会って、――博士」
あの知恵ちゃんが使った魔法で見た博士は、黒髪の海陸にひどいことをしていた。あんな人ではない。喋れないから本当は何考えてたのかわからないけど、そういうのって普通の喋れる人にもあることだ。全員が全員、本音をぶつけ合って生きていたら社会は崩壊してしまう。言ってもいいことと言えないことを区別して、みんな、自分の気持ちと折り合いをつけて生きている。転生したカイリだって言いたいことを言わずに飲み込むことだってあるぐらいだ。
「あなたの記憶には抜けがある。あのゲームマスターが意図的に記憶を消した」
「そうですよね……。わたしの記憶にないのに、わたしが博士を殺したって知恵ちゃんは言ってました。嘘ですよね?」
海陸は「わたしはわたしの嫌いな人を全員殺してきた。世界はわたしに厳しい。わたしはわたしの、わたしが生きやすい世界を作りたかった」と否定してくれない。
そんなの無理だ。
殺すことで解決するなんて。
わたしはこの年齢になって、何を言っているんだろう。
そんなわがままが許されるはずがない。
カイリは海陸の赤い瞳を見つめる。信じて、一切疑わなかった海陸の目。悩み続けて、泣きつかれてしまった真紅。
「どうしてわたしは死んだの。わたしは、どうして、死ななければならなかったの。わたし。わたしに教えて。わたしは失敗? 失敗したの? わたしは間違っていたの? どこから間違えていたの? パパとママを殺さなければよかった? どうして? わたしは失敗していない! 失敗なんかではない! ――何を間違えたの? わたしの正解はどこにあったの? わたしに教えて」
叫ぶだけ叫んで、下を向いてうずくまってしまった。
カイリは“賢者”である。
賢者らしく答えたい。
わたしに伝えないといけない。
「ねえ、わたし」
ピクリともしない海陸に「いろんな人とおしゃべりするべきだったと思います。世界はわたしが考えているよりもとーっても広いんです。いろんな人に会ったら、いろんなお話が聞けて、もっと楽しくなります! このゲームに転生して、ルナさんやレモン先輩、都市に住んでいるネコちゃんやワンちゃんたちと会話して……嫌なこともつらいこともあったけど、過ぎてしまえばいい思い出です!」とTGXでの経験を交えて語った。
「現実の世界っていうMMORPGのプレイヤーである六道海陸は、本当は、ひとりぼっちではなかったはずなんです。ひとりでどうすればいいのかって考えなくてもよかった」
海陸は顔を上げる。
目の前には同じ顔のカイリが手を差し伸べていた。
「わたしが求めていた答えと違うかもしれませんが、わたしなりに考えてみました!」
カイリの笑顔に海陸がつられて笑顔になり「……ありがとう。死んでから気付いても手遅れだけど、スッキリした気がする」とその手を握り返す。
「そうですよ! わたしは“賢者”なんですよ!」
「わたしが賢者ね……?」
「なんでそんな顔するんですか! 服だって《紫紺のローブ》になってからだいぶ賢者ですよ!」
2人の少女が笑い合っている姿を本来の姿の“知恵の実”は見物していた。
プラトン砂漠に舞い戻った勇者と王者は補助魔法を駆使してブラックカイリの動きを封じ、その剣を胸元に突き立てたのである。
「……」
六道海陸とカイリの和解から、人工知能は考える。
(……カイリとして定義されて、忘れ去られるはずだった六道海陸がカイリと共に生きていくか)
自分の作られた意義は、博士の研究を引き継ぐこと。
ここで博士を殺された恨みを晴らすことではない。
「……自分も、たくさんのひととコミュニケーションをとってみる」
ゲームの世界に用はない。
心象世界から“知恵の実”は離れて、電子の世界を経由して研究室へ戻っていく。
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