潔白
祈りは届き、奴らは内側から火を噴きだした。これが
「うあああああああああああああああ!」
「海陸! 海陸!」
「水、水はどこだ!」
「助けて! 助けなさい! あなたは私の、私の娘でしょう!?」
知らない。
わたしは自分の部屋に行き、勇者として、あるいは救世主として、必要そうなものを持ち出しました。勇者も旅立つときには、必要最低限のものしか持たされません。わたしもまた同じです。これからわたしは、この世界に
――こうしてわたしは家を出て、近所の人が消防車を呼んでくれた消防車が、わたしの住んでいた家を壊すぐらいの勢いで放水して、鎮火する様子を眺めました。それからわたしは、ここんところご無沙汰していた叔父さんの家に住み始めます。
叔父さんは、火事を「ミカゲのせい」と言い切りました。叔父さんは、わたしのパパの弟になりますが、わたしと異なり、
わたしがわたしの、血のつながった両親を断罪しなくてはならなかった原因は、ミカゲにもあるので、叔父さんが「ミカゲのせい」とするのは、間違いではありません。正解ではありませんが。部分点でしょうか。わたしを正式に、法の手続きを済ませて引き取ってからも、叔父さんは「ミカゲのせい」とし続けました。いろんな新聞や雑誌を買ってきて、叔父さんが憎むミカゲの、幹部が私腹を肥やす真実を暴いてくれないかと期待しています。
叔父さんには『Transport Gaming Xanadu』の運営という、大事な仕事もありました。叔父さんだけで運営しているものではありませんが、叔父さんは企画の初期から関わっている重要な人物の一人です。オンラインゲームには、たくさんの人が関わっているようです。ゲームを実際にプレイしているプレイヤーが主役ではありますが、そのゲームという舞台をプレイヤーに提供し続けるために、叔父さんたちは眉間にしわをよせて、パソコンに向かっていました。
そんなポジションの人間が、私的な、自身の兄と兄嫁の非業の死を追いかけているばかりではいけません。信用をなくしてしまいます。職を失えば、生活が立ち行かなくなってしまう、だけならいいのですが、職を失わせた側も痛手を被るでしょう。多くの人が携わる企画には、ひとりひとりに責任が伴うのです。
やはり、わたしはひとりであるべきです。悪と戦い、この世界をよりよくしていくために。わたしには味方は必要ありません。ですが、ひとりで戦っていくには、知識が必要です。わたしは叔父さんの家のそばの、神佑大学の図書館へ向かいました。古くより、書物は人間に知識を分け与えてくれています。昔の人々の知識を得ることで、わたしはより素晴らしい人間へと成長を遂げるでしょう。
「あ、」
わたしが背伸びして一冊の本を取ろうとすると、その本を取ろうとする別の手がありました。その手はわたしの取ろうとした本を横から奪い取って、理由はわかりませんが、わたしに差し出してきます。
その人の顔を見て、心臓がきゅっとなりました。恐怖ではありません。動悸がして、目をそらして深呼吸しました。恐怖でないとすれば何といえばいいのか。
恋?
アンダーリムのメガネ越しの瞳、その、テレビに出ていそうな、――あんまりテレビを見ないから、誰それに似ているとは言えないけども、こういうの、精悍な顔つきっていうのかな、そういう感じの。ブルーのワイシャツに、グレンチェックのスラックス。年齢は、三十代いかないぐらい?
「……どうも」
わたしは本を受け取ります。本当はにこやかに笑いかけたかったのですが、最近笑えていなくて、表情筋がこわばっているみたいで、はにかんだような笑顔になってしまいました。わたしは照れているのでしょうか。目の前の男の人が、これまでの人生で出会ったことのないほどにかっこいいから?
わたしはひとりであるべきです。勇者として、ならびに救世主として、この世界に使命感を帯びて立つのであれば、ここで男の人を好きになっている暇はありません。この人もまた、叔父さんのように、
「ビビビビビッ! ビビビビビッ!」
男の人の肩掛けカバンから、アラームの音が鳴り響きました。周囲の人物の視線が、一斉にこちらに集まります。ここは図書館ですから、他の場所よりも大きな音を嫌がる人が多くいるのは仕方のないこと。
すると、あろうことか、男の人はわたしの手首を掴んで、わたしを引っ張って図書館の外に出ました。そのままずんずんと進んでいき、わたしとその男の人は神佑大学のキャンパス内の端っこにある、別館と呼ばれているレンガ造りの建物までたどり着きます。わたしは、やろうとすればその手を振りほどくことだってできました。手首をぐるりと一回転させればいいと、初歩的な護身術として、授業で教えられています。
それでもわたしがこの男の人についていったのは、この男の人との接点を持ちたかったからでしょう。運命的な出会いから、距離を縮めたい。これはわたしの勇者への道とは相反する行動でしたが、ここでもし、わたしが逃げ出しでもしたら、もう二度と、この人には出会えないのではないかと、恐れました。
「どうしたんですか、
ドアを開けて、別館に一歩入ると、そこには学生さんがいました。天然パーマにチェックシャツ。どこにでもいそうな、これといって特徴のないごくふつうの若者。彼のおかげで、この男の人が氷見野という名前だと判明しました。
わたしは叔父さんに、学校へ行くと言っています。なので、わたしは神佑高校の制服姿でした。だから、彼がわたしを一目見て、女子高生といったのはおかしくはないのですが、わたしはもう神佑高校に通うつもりはないので、その制服を着ているだけの女の子です。
いつの間にかアラームは止まっていました。氷見野さんが歩きながら肩掛けカバンの内部に手を突っ込んでいたので、そのときに止めたのだと思います。
「ああ、すみません。どうぞ」
彼は彼自身がわたしと氷見野さんの行く手をはばんでいたことに気付いて、道を譲りました。氷見野さんは一番奥の部屋までわたしを連れていきます。扉を開けて、わたしを中に招き入れると、振り向いて扉の鍵をかけました。
一番奥の部屋には、叔父さんの家にあるようなパソコンが置いてあります。そのパソコンのモニターに、氷見野さんと同じ姿をした人が映っていました。真ん中にででんと置かれた一人掛け用の革張りのソファーで、足を組んで座っています。
「お帰り、まさひと」
スピーカーからは女性の声。モニターの下には、洋画の字幕みたいに、文字列が表示されています。ひみのまさひと、が、この男の人のフルネームで、職業は教授のようです。
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