空白

 わたしはどうやら普通ではなかったらしい。


 高校で初めてできたお友達からは距離を取られるだけでなく、ないことばかりを吹聴されてしまい、クラスで浮いた存在になってしまった。


 話しかけても無視されてしまう。


 授業で前の席の人と話さないといけないときだけ、リンちゃんはしぶしぶ応じてくれた。


 それだけ。


 元からバドミントンには興味がなかったから、バドミントン部には入っていない。


 他にこれといって入部したい部活動もなく、部活動をしていたらお祈りの時間までにおうちに帰れないので、自動的に帰宅部となった。



 授業を終えてそそくさと帰ってくるわたしに、ママは部活を勧めてくる。

 どこへ入部したらどうだとか、部活動に入ったほうが他の学年との交流ができていいとか。


 知らないよそんなの。


「どうして他の人は、唯一神・・・を信じないのでしょう?」


 あまりにも口うるさく言ってくるので、パパの仕事がお休みの日、三人でお昼ご飯を食べているときに聞いてみた。

 わたしが信じる唯一神・・・のこと。


「みんな、わたしのことをおかしい子だって言うんです。わたしは、勇者であり、いずれ救世主となり得る存在だと思っています。違うのでしょうか」


 わたしの言葉を聞いて、パパは眉をひそめました。わたしは勇者となり、市井の人々からは救世主と崇められたい。初めて言いました。これまでは、思っているだけで。言葉にしたのはこれが初めてです。


海陸かいりは医者になるんでしょう? 立派なお医者さんになって、パパの下で働きたいって言ってたじゃない!」


 ママがわたしの両肩を掴んで、ヒステリックに叫ぶ。

 それはママの理想であって、わたしの目標ではない。


 ママが、わたしに、医者もしくは看護師になってほしいのであって、わたしは医者にも看護師にもなりたくなかった。

 わたしがなりたいのは勇者だから。


 ママはママの望みをわたしに押し付けている。


「海陸。そうだと言いなさい!」


 ママは鬼のような顔をして、わたしをゆすった。

 そうだと言ってしまえば、そういうことになってしまうだろう。

 わたしがさっき口走ってしまったことはたちの悪い冗談ってことになる。

 本心では医者になりたいのに、現実逃避の一手として、勇者だの救世主だのとのたまっていると。


 要は、ここでわたしが、いつものように、ママに流されてしまえばいい。

 この場はおさまるだろう。


 本当にそれでいいのだろうか。


「わたし、学校でいじめられているんです。変な子だって、ハブられてて。だから、本当は、学校に行きたくありません。この世界を救う、救世主となるのに、学歴は必要ありません」


 ママがぎょっとして、おそるおそるパパのほうを見る。

 つられてわたしもパパを見た。


 妻と娘から視線を送られた、一切家庭に干渉しないパパは、当事者のわたしではなく、ママをにらみつけて「なんてことをしてくれるんだ」と𠮟りつける。


「この子のことは、おまえに全部任せていた。ミスは許されない」


 ミス。

 ママの手がわたしの肩から離れた。


「ごめんなさい……」


 ママは俯いて、謝る。

 わたしに対してではなく、パパに対してだ。


 ママは、ずっと、ママの理想とする六道海陸ろくどうかいりを育てようとしていた、んだと思っていた。

 だからわたしは、ママの見える範囲で、できるかぎり、ママの思う理想の六道海陸であればよかったのだ。


 半分は正解で、もう半分は、わたしには見えない場所にあった。


「この十五年間、おまえは何をしてきた?」


 パパの怒りの矛先は、ママに向いている。

 わたしの話をしているのに、わたしは蚊帳の外。


「この子は失敗作だ。――このオレに恥をかかせたいか?」


 話の流れから言って、わたしがイコールこの子なのだと思う。

 自分のことながらそこまで言うことないのにと他人事のように捉えてしまった。


 ママはその場にへたりこんで、何も言い返さない。

 ママが本心から、わたしの味方であったのなら、ここで、わたしをかばってくれてもいい。


 結局、ママにとってのわたしはそういうものだった。

 パパとママとのつながり、この家族をつなぎ留めておくだけの要素。


 パパはイラついて左手の親指の爪を噛みながら「こんなことになるなら、他の女と結婚すればよかった」などと言い出す。


「金と時間の無駄だよ、無駄。金は返してくれるよな?」

「え……?」

「この子とふたりで、どこででも働けるだろうよ」


 ママは目を丸くしているけど、わたしも負けず劣らずの驚きを表現できていたらいいな。

 自分で自分の顔は見られないから。


 ママからは、パパは尊敬すべき存在だと教えられてきて、実際のご本人と直接関わってはこなかった。


 会ってみたらこんな人か。

 どこをどう敬えって言うんだろう。


「……」


 ママがわたしを見た。

 悲しそうな顔をしている。


 わたしが言わなければ、こうはならなかった。

 でも、我慢して神佑高校に通い続けても、ろくなことにはならない。


 だからわたしは、


「わたしに悪を裁く力をお与えください、唯一神・・・


 祈った。


 この世界を救うのは、わたしのような、唯一神・・・を心の底から信ずる者。

 そして目の前にいる、この、人の皮をかぶった悪たちを、隅から隅まで消し炭にする。


「ふははっ!」


 男は笑い出した。

 わたしの祈りを遮るように「神などいない!」とほざく。


 これまでに、唯一神・・・がわたしにもたらしてくれたものは、まだ、何もない。


「ミカゲは、あってないようなもの・・・・・・・・・・!」


 うるさい。


「そりゃあ、風車宗治かざぐるまそうじが生きてた頃は、ちゃあんと機能していたけどさあ!」


 うるさい。


「今は、もう、オレ含めた幹部たちが、バカな信者を飼い続けるだけの機構! ご利益なんざありゃしないよ!」


 うるさい!


 わたしが信じ続ければ、神は応えてくれるんだ。

 毎日祈っていれば。


 ことあるごとに、神頼みしていれば。

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