第36話 訪問するニャ


 着いたのはトウキョーのアパートの3階。

 ここがキャンパスとは思えない。


「ここは?」


 みのりに返答せず、ゲームマスターは表札を指差した。

 見れば“六道”と書いてある。


「六道海陸の叔父の家。海陸ちゃんが生前最後に住んでいた場所だね」

「叔父さんに会ってどうするの」


 ゲームマスターはみのりの疑問の途中でインターホンを鳴らす。

 在宅していたようで、男性の「はい」というくぐもった声が聞こえてきた。


「出前です」


 ゲームマスターのその見た目で配達員は無理があるでしょう。ドアスコープの前に立つみのり。パーカーにスキニージーンズの女子ならまだ、ごまかせるはず。ドアを隔てた向こう側の人がのそのそと近づいてくる音が聞こえる。


「あの、頼んでないんですけど……」


 遠慮がちに開かれるドアの隙間からの男性の声。申し訳ない気持ちになるみのりと、底抜けに明るい声で「こんにちはー!」と挨拶するゲームマスター。対照的な2人の姿とその2人のどちらも大きなカバンを持っていなさそうな様子から、六道海陸の叔父――六道輝ろくどうてるはドアを閉めようとする。


「んっ?」


 その隙間に右手がねじ込まれた。ゲームマスターのものである。ゲームマスターは「ぼくは宮城創。こちらが元屋みのりちゃん。海陸ちゃんの友だちだから、お線香ぐらいあげたいんだよね」と申し出る。

 そうだった。六道海陸は死んでいる。両親が亡くなっていて叔父の家にいたというのなら、叔父の家に仏壇があってもおかしくない。友だちというのは便利な言葉だ。それなら出前と偽らずに名乗ればよかったのに、というツッコミは唾とともに飲み込むみのり。


「ああ、……それなら、上がってくれ」


 輝の警戒が解けたようだ。再び扉が開かれる。クマのような焦茶色のスウェットを着た大柄な男性だ。みのりは軽くお辞儀しながら「お邪魔します」と言って上がり、靴の向きを変える。変えている間にゲームマスターがスニーカーを脱がずそのまま上がろうとするので「ちょっと」とたしなめた。


「何かね」

「この国の一般的なおうちは土足厳禁なの」


 注意されたゲームマスターは「そういえばそうだったね」と思い出したようにスニーカーを脱いで、そのスニーカーの踵を揃えてみのりの靴の隣に並べた。小学生の容姿の通りに常識がないのか、あるいは知っていてわざとやっているのか。いたずらっぽく笑っているのを見ると後者のような気がする。


「狭くてすまない」


 輝は雑誌やら新聞やらを積み重ねて部屋の隅に置いている。そうしないとみのりとゲームマスターの足の踏み場がなかった。みのりは遠慮がちに「いきなり来ちゃったこちらが悪いので、すぐに帰ります」と謝る。


「ふーん……」


 ゲームマスターは新聞を拾い上げてどれどれと眺めていた。古い日付の新聞である。片付けを手伝う気は毛頭なさそうだ。輝は扉を指差しつつ「海陸ちゃんの部屋はそっち」と案内してくれた。ゲームマスターの腕を引っ張ってそちらに向かう。


「失礼します」


 友だちの部屋に入るのに「失礼します」は何か違うかもしれない。

 みのりは他に単語が思い浮かばなかったので「失礼します」と呟きながら扉を開ける。ゲームマスターは新聞を手にしたままその後ろに続いて部屋に入った。入ってすぐに目についたのが仏壇である。他にものがない。遺品整理があったのかもしれないが、それにしても殺風景だ。毎日ほぼMMORPGしかしていないみのりの部屋ですら本棚には参考書や漫画を並べているのに、そういった生前の趣味を感じさせるものが一切見当たらない。


 遺影に目を奪われた。

 カイリの外見設定はCharacter Creationの結果なので六道海陸と髪の色が異なってもおかしくないが、顔の作りはほぼ一緒だ。


「2Pカラーみたい……青くない……」


 みのりの感想である。カイリのほうが後発なので青い髪のほうを2Pカラーと表現するのが適切だろう。ゲームマスターの後に部屋へ入ってきた輝が「青といえば」と思い出したように自身のスマートフォンを操作し始めた。


「知らないメールアドレスから、海陸ちゃんに似た青い髪の女の子とネコの写真が送られてきて。この子について何か知らない?」


 輝からスマートフォンを渡されて「あっ!」と驚くみのり。

 カイリとレモンティーとで撮った写真である。

 当時はスクリーンショットだとばかり思っていたが、転生者について知った今ならわかった。

 この写真を叔父さんに送るなんて……。この子について、知らないわけではないがどう説明すればいいのだろう。

 思案するみのりの隣で「このメールアドレス、メモしといたほうがいいね」とゲームマスターが囁く。短いメールアドレスなので、英単語を記憶するような感覚で脳の記憶領域に書き込んだ。あとで連絡帳に登録しておこう。


「何か知ってるんだね」


 ゲームマスターはみのりから輝のスマートフォンを奪い取り「知っているけどきみには教えないね。これ以上、きみは六道海陸に関わらない方がいいしね」と言いながら輝に渡した。


「どうしてだい?」

「きみはきみの姪っ子に振り回されるより、きみの人生を生きたほうがいいっていう前向きなイイ話だね」


 みのりはしゃがんで週刊誌を拾う。

 その目次を見れば『一等地の一軒家が全焼! 残された一人娘は』といった見出しの記事が丸で囲まれていた。


(これって……)


 ゲームマスターは、ゲームマスターとしてではなく宮城創として、その能力【抹消】を発動する。出力を切り替えることで、平行世界そのものの【抹消】から人の記憶の一部分の【抹消】まで思いのままである。

 バチンッと感電するような音がして、みのりは週刊誌を落とした。


「さて、次こそは神佑大学に行こうかね」





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