第37話 突撃するニャ
神佑大学のトーキョーのキャンパス。
正門から歩いて小一時間ほどの場所に、別館が建っている。
「さ、最初からさ、この建物の前に《テレポート》できなかった?」
普段パソコンの前からほとんど動かず、食事とトイレと風呂と睡眠のためにしか家の中を歩き回らない元屋みのりは息切れしている。
対して、ゲームマスターは「ぼくの隣で歩くの、そんなに嫌かね?」とせせら笑った。顔は似ていないが、並んで歩いていると姉弟と思われるのか、正門からここに至るまですれ違った人から不審な目で見られていない。
「で、ここは」
みのりは煤けたれんが造りの建物を指差す。
立ち入り禁止のロープが張り巡らされており、これ以上は近寄れない。
「氷見野雅人博士の研究室があった場所だね」
「博士」
この世に博士と呼ばれる人は何人もいるだろう。しかし、ここに連れてこられたということは、カイリの話していたという“博士”がその氷見野雅人博士ということか。みのりは出発する前にスマートフォンと財布と交通系ICカードの入っている定期入れだけを入れたショルダーバッグからスマートフォンを取り出して、氷見野雅人について調べる。
「ネットに載っている情報はデタラメばっかりだけど、わからないことを調べるクセがついているのはいいことだね」
呆れまじりの声である。検索するよりゲームマスターに聞いたほうが詳しいだろうけど、この喋りたがりには一つ聞いたら百まで答えそうなので検索してしまった。みのりは特に気になる情報として「火災により亡くなっている」という点を口に出す。
六道海陸の周辺人物で亡くなっている人の死因、全部火事説。
偶然にしては重なりすぎだ。
「そう。その現場がまさにここだね」
改めて建物を見た。この煤は火事の名残り。れんが造りだから全焼はしなかったと。
「中に入ってみるかね?」
「え?」
みのりは戸惑いながら立ち入り禁止のロープを見る。ゲームマスターは「こんなの気にしなくていい」と言って跨いで行った。周囲に人がいないことを確認してから、同じように跨いでついていく。
「鍵かかってるみたい」
扉には南京錠。おそらく事務室か警備室みたいなところから鍵を借りなければならない。しかし、そんなものは《テレポート》が使用できるゲームマスターには不要。ゲームマスターが人差し指をピンと伸ばすと、次の瞬間にはゲームマスターとみのりの身体は建物の中に移動していた。
「やば」
建物の内部があまりにもほこりっぽくて「やば」と感想を述べてしまった。長時間滞在したら肺がおかしくなってしまいそうだ。ハンカチを持ってきていたら口を塞げたのに。
「この奥の部屋に“知恵の実”がいる。……なんかきつそうだから《テレポート》するね」
目がしばしばする。目薬を持ってくればよかった。足りないものが多すぎる。ダンジョンの攻略には事前準備が肝心だってのに、後悔しても遅い。
ゲームマスターは《テレポート》を再度使用して、突き当たりの部屋に移動した。薄暗いのですぐに照明をつける。別館は扉には鍵がかけられ、入り口には立ち入り禁止のメッセージがあるものの電気は通っているようだ。高校の実験室のような作りの部屋である。
高校の実験室と違うのは、教卓の上にゲーミングPCのようなどでかいパソコンとディスプレイが鎮座している点だろうか。
ディスプレイの左右にはスピーカーも設置されている。
「どこだっけね」
ゲームマスターがスイッチを探しているので、みのりは「勝手に電源入れていいの?」と問いかけた。
立ち入り禁止の場所に勝手に入ってその建物の中にあるパソコンを勝手に操作するのはまずいのではなかろうか。
「いや、……電源、ついてるな」
みのりはランプが緑色に点灯していることに気がつく。ディスプレイがついていないだけで、パソコンは起動していた。画面には何も映されない。だが、パソコンの内部は動き続けている。誰も入ってこないはずの場所で動いているパソコン。
ここにきて初めて悪寒がした。
「じゃあ、このボタンを押せばいいんだね?」
ゲームマスターはみのりの返事を待たずにディスプレイのスイッチを押す。
点灯した。
画面の中には何もない。
ただ、白い空間が映し出されている。
「……?」
何らかのソフトが起動しっぱなしになっているのかもしれない。
とはいえ、自分のパソコンではないので操作することは躊躇われる。
「本来ならここに“知恵の実”がいるはずなんだけど、今はTGXの世界にいるね」
ゲームマスターはみのりと向かい合い、しれっと「博士の仇打ちをしに行っている。理玖くんが倒すべき敵性プログラムってのはこの“知恵の実”のことだね」と言ってのけた。
「仇討ちって……」
「氷見野雅人を殺したのは六道海陸だからね」
【あなたに憎むべき相手はいますか?】
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