第35話 調査するニャ
レモンティーこと元屋みのりは考えていた。
カイリがルナに話した内容は、ルナからみのりへと伝わっている。
(神佑大学、ね……)
オープンキャンパスにも行ったことがない。高校の卒業生が通っているわけでもなく、同級生でも合格した人はいなかった気がする。みのりの現在の偏差値ではこれからゲームにかまけることなく勉学に打ち込まなければ届かないような、模試ではE判定を食らってしまう大学である。
不登校児のルナはピンときていなかったが、みのりもまた、レベルの高い大学の“博士”のことなんて知る由もない。
TGXのログイン画面を閉じて、検索エンジンで最寄りの駅から神佑大学へのルートを調べた。神佑大学は国内3カ所にキャンパスを構えており、どのキャンパスに向かいたいのかを訊ねられる。キャンパスによって学科が異なるので、別の場所に行ってしまったら交通費も時間も無駄だ。
「好奇心はネコを殺す、ってことわざは知らないかね」
(え……?)
お小遣いとお年玉を貯めて買ったゲーミングチェアの後ろから、聞こえるはずのない声がする。ここは自分の部屋で、父親も母親もこの時間は仕事中。兄弟や姉妹もいない。
それなのに男の子の声が聞こえてくるのは何故?
「受験には必要のない知識だね」
みのりはゲーミングチェアを回転させて振り返った。
上はしましま模様のティーシャツ、下は黒いジャージといった服装の少年が仏頂面で立っている。無造作にあちこちに跳ねた黒髪はウルフカットと呼べば聞こえがいい。みのりは脳内に浮かんできたこの少年の呼び名を「ゲームマスター?」と呼んだ。
「正解。おんなじ服で現れたほうが、みのりちゃんにも読者にもわかりやすいと思ってね」
宮城創ことゲームマスターは顔をほころばし「現実の人間は毎日の別の服を着ているのに、どうしてフィクションの登場人物はおんなじ服をしているんだろうね?」と続けた。
「という疑問もあって、今回の実験の舞台としてゲームの世界であるTransport Gaming Xanaduを選んだんだよね」
語りが止まらない。ここが人の家という自覚はなさそうである。足元を見たら薄汚れたスニーカーを履いたままだ。靴ぐらいは脱いでほしい。
「どこから入ってきたの?」
扉が開けばわかる。玄関のベルを鳴らされたわけでもない。窓は閉まっている。両親が閉め忘れていなければ、他の部屋の窓も閉まったままのはずだ。
「ぼくは《テレポート》を使えるからね」
自らの胸に右手をあてて、自分の力を誇示するように堂々と「ぼくは“第四の壁”に存在していて、無量大数ある虚構の平行世界の好きな地点に降り立つことができる。どこにもいないからどこにでも行ける。だから、元屋みのりの部屋に現れることなんて容易い」と理解し難い説明をしてくれた。
「……人間じゃないってこと?」
「それは人間の定義から話さないといけなくなるね」
長くなりそうだ。
ゲームマスターは「宮城創のステータスとしては、2006年6月6日生まれの双子座。性格は、――人間の性格って、一言では表現できないものだよね。人となりを自由に語ったところで、例えばぼくが『とっても温厚な性格』と言ったとして、もしぼくを全く知らない人が『
「そのとってもクレイジーなサイコパス野郎がわたしの部屋に何をしに来たの」
突然の来客で、自分語りが長い奇妙な少年でもあるが、みのりは取り乱すことなく平静を保てていた。もし見るからに不審者であったなら心臓バクバクで動けなくなってしまっていただろう。小学生ぐらいの見た目だからこそ、いざとなったら反撃できそうな気がしている。新しい言葉を覚えたばかりの子どもが、その知識を誇らしげに話している姿に似ていた。
「みのりちゃんは六道海陸の過去を調べたいんだよね?」
どこかで見ていたかのような的確さ。実際、ゲームマスターは転生者の動向を“第四の壁”から見物しているので『かのような』ではない。
ズバリと言い当てられた。
時すでに遅しではあるが、片手でマウスを操作し検索エンジンを閉じる。
「どうしても気になるなら教えてあげてもいいけどね」
協力してもらえるらしい。シイナの話ではこのゲームマスターがシイナに敵性プログラムの討伐クエストを発注したのだ。ゲームマスターから敵性プログラムのヒントが得られるというなら、願ってもないことである。もっとも、まだこれは仮定の段階であり、その敵性プログラムが本当にカイリの生前に関わっているかどうかは断定できない。
もったいぶって考え込むポーズをしているので「けど?」とみのりは続きを促す。
「みのりちゃんは、六道海陸の友だちではなくカイリちゃんの友だちだよね?」
友だち。
まだ出会って間もないけれど、友だちといえば友だちと言ってしまっていいか。
「後悔しないと誓えるなら、教えてあげるね」
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