そして 勇者は 訪れた
第30話 巷で噂のチーターらしい
春のうららの和風都市ショウザン。
設立したばかりのギルドには、市長から3LDKで二階建ての古民家が与えられた。
古民家と言えば聞こえはいいが、障子は破れており襖は穴だらけ。畳もできることなら張り替えたいところ。レモンティーから出世払いでお金を借り、ギルドマスターとなったカイリはギルドメンバーであるルナやレモンティーと力を合わせてこの本拠地の修繕に取り掛かっている。ギルド・ユートピアの初仕事は掃除であった。
「ふぅー……」
何とか2人と1匹が座れるスペースを作り出し、全ての窓を開け放って空気の入れ替えを行う。
かれこれ3時間は作業していたので、一旦休憩を取ることにした。
「なかなか骨が折れますニャ」
「ほこりをまとめて外に追い出す魔法って実装されていないんですか?」
手を抜こうとするカイリに「あったらとっくに使っているニャ」と呆れるレモンティー。そんな1人と1匹のやりとりを横目で見つつ、ルナはスマートフォンで気になる話題を追いかけていた。全体チャットのログによれば、カントの森で赤毛のスニーカ族が暴れているのだとか。近づくと銃声が聞こえてくるらしい。
TGXは剣と魔法のRPGである。銃声なんて聞こえてくるはずがない。もしボイスチャットが実装されているのなら、ボイスチャット越しで他のゲームの銃声が入ってくるようなことはあるかもしれないがボイスチャットは実装されていないのでその可能性はゼロである。
「ねぇ、カイリちゃんにレモさん」
「なんですか?」
「ちょっとカントの森まで出かけてみない?」
レモンティーは「ああ、赤毛のを見に行くのニャ?」とルナの目的にいち早く気がついた。
察しの悪いカイリは「赤毛?」とキョトンとしている。
「チーターかもしれないニャ」
「チーター? あの動物の?」
同じ文字列だがイントネーションが違う。チーターとは不正行為(=cheat)を行うプレイヤーのことである。どんなゲームにも言えることだが、TGXでもチーターはBAN対象だ。問答無用でアカウントが削除される。これまでに運営側が把握している不正行為はレアアイテムのドロップ率を上げるものや、魔法攻撃によるモンスターへのダメージをカンストさせるもの、モンスターを倒した時に得られる経験値を10倍にするものなど、ゲームを有利に進めていくためのものが多い。†お布団ぽかぽか防衛軍†時代に、ギルド対抗戦で相手にあり得ないダメージを叩き出された試合もあった。その時は強制的にギルド対抗戦が終了し†お布団ぽかぽか防衛軍†が不戦勝扱いとなった。
「ゲームに実装されていないはずの武器を使うチーターなんて、どういう仕組みなのかしらね?」
データがゲーム内に存在しないものを使う。そんなチートがあり得るのだろうか。運営が将来的に銃を実装しようとしていてその隠しデータを引っ張り出しているとか、他のプレイヤーが知らないような隠しコマンドをログイン画面で入力すると使えるようになるとか。ルナは誰よりもTGXをやりこんで誰よりもTGXを愛している自信がある。そんなルナも知らない要素を知っているその赤毛のプレイヤーに興味がある。本人に会って話を聞いてみたい。
「チーターかぁ」
カイリはチーターの姿をしたプレイヤーを想像している。リフェス族はネコだからチーターっぽい姿のプレイヤーがいてもおかしくない。強そう。森の中にひそむチーター。しかも赤い。
「行ってみるニャ!」
レモンティーが立ち上がり《テレポート》を試みる。
カントの森はショウザンの近隣ダンジョンなので歩いても行ける距離にあるが、メイジの《テレポート》があるならその《テレポート》を使ったほうが早い。
あっという間に入り口へ到着である。
「噂によるとレッサースパイダーの出現スポットの近くだとか」
「お姉様、詳しいニャ」
レモンティーに茶化されながら左手にスマートフォンを取り出してマップを表示する。レッサースパイダーは体表がオレンジ色で腹が紫色といった非常に派手な配色をした30cmほどのクモだ。集団で行動するモンスターで、1体見つけたらあと10体はいると考えていい。範囲攻撃のスキルレベルを上げて10体まとめて倒せるようになれば経験値稼ぎにもってこいの場所である。有名な狩場なのでレモンティーもすぐに把握して《テレポート》した。
「クソ! 雑魚どもがよおお!」
カイリは鼓膜を震わせる暴言に「ぴゃっ!」と飛び上がってルナの後ろに隠れる。お目当てのチーターとご対面だと、ルナとレモンティーは各々の武器を構えた。うろたえてはいない。屈んで歩幅を狭くしてゆっくり近づいていく。カイリも前に倣った。
(あれ……?)
暴言の主との距離を詰めていくにつれて、カイリの首はどんどん斜めになっていく。どう見ても人間の姿である。ネコでもイヌでもない。
カイリは白っぽい肌に肩甲骨までの長さの青髪の女の子。
ルナは褐色の肌にプラチナブロンドの髪の美女。
視線の先に見えてきたのは真っ赤な髪で両サイドを刈り上げにしている日本人っぽい男の子。
「3人目ってことかしら」
ルナが呟いて、カイリは「おお!」と感嘆の声を上げた。
一般プレイヤーのレモンティーは怪訝な顔をしている。
【あなたに親友はいますか?】
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