第29話 ゲームのジャンルを変えるらしい

「敵性プログラム?」


 聞き慣れない言葉なので、理玖は聞き返した。いわゆるコンピューターウイルスのようなものを指している。TGXの内部に侵入し、オンラインゲームの世界を内部から破壊しようとしている存在である。運営側はこの存在にまだ気付いていない。気付けば削除しようとするだろう。


「きみより先にTGXの世界に転生している人が2人いて、そのうちの1人の命を狙っている」


 2人と言われて、理玖は「さっきの“京壱”とか“海陸”とか?」とゲームマスターのセリフの中にあった人名と思しき固有名詞を並べた。


「そうそう。その海陸ちゃんのほうが相手のターゲットだね」

「その敵性プログラムに海陸ってやつがやられたらどーなんの?」


 ゲームマスターはその仮定に対して「やられる前にきみには倒してほしいね。きみは生き返りたいんだよね? 海陸ちゃんがやられたってことは、きみが特別ミッションを失敗したってことだしね」と直接的には答えなかった。TGXへの転生は滅んだ肉体から魂を引き剥がしてデータ化している。

 仮に六道海陸が死ぬ寸前の時間軸に戻したとしても、六道海陸の死は避けられない。能力者である六道海陸の死は“正しい歴史”によって確定している。六道海陸がTGXの世界で生き続けているのは“正しい歴史”から抜け出して、六道海陸ではなく“カイリ”という別の存在として再定義されたからである。その“カイリ”の後を追いかけて六道海陸を破壊しようとしている敵性プログラムをゲームマスター並びに宮城創として、九重理玖という勇者に討ち取ってほしい。

 もちろんゲームマスターとしての力を使えば敵性プログラムなんて抹消できてしまうのだが、それでは面白くない。ゲームの世界で起こっている問題はゲームの世界で解決するべきだ。


 いつの時代も、囚われの姫を救うのは勇者の役割なのだから。


「ま。オレはプロゲーマーなんでね。やってやるよ」


 断るという選択肢はない。さっさとクリアして、さっさと現実に戻り、さっさと練習する。勇者シイナがやるべきはRTA(=Real Time Attack)である。練習できないと身体が鈍ってしまう。

 ゲームマスターは白い空間の壁にボールペンで扉を書き込むと「この先がTransport Gaming Xanaduの世界だね」と案内した。


「あと、これがきみの旅をサポートするスマホ」

「オレのスマホは?」

「木っ端微塵になったね」


 天を仰ぐ理玖。

 タクシーで撥ね飛ばされた時に自分のスマホを放り投げてしまったのか。そりゃそうだよな。人間、助からないとしても反射的に受け身は取ろうとする。ゲームマスターがポケットから取り出したスマホを受け取ると、起動させて入っているアプリを眺めた。理玖の主戦場たるモバイルFPSゲームは入っていない。がっくりと肩を落とす。


「それと、初期装備としてこれを渡しておこうかね」


 ゲームマスターが本に『HK416』と書き込むと、天から《HK416》がドロップした。白い床に鈍い音を立てて落ちてくる。ゲームでは見覚えのある形状のアサルトライフルに「本物!?」と飛びつく理玖。実銃を見るのは初めてである。


「触ってもいい?」

「触っても、というか、これからメインの武器として使っていくんだから大事にしてね」


 理玖は過去に一度だけチームメンバーと共にミリタリーショップへ行き、モデルガンを試し撃ちさせてもらった。安全装置を外したり単射とフルオートの切り替えをしたりなどは把握している。その時に構え方も教えてもらったのだが、それとなく構えたら「もっと脇をしめろ」と怒られた記憶しかない。


「これって弾は?」

「弾はその左目の能力で装備品が強化されているから、無限に撃てるね」


 ゲームマスターの返事に「やば。強すんぎ」と喜ぶ理玖。やる気は十二分にある。やらねばならない。

 最強の装備を携えて。

 いざ、Transport Gaming Xanaduの世界へ!


「じゃ、頑張ってね」




  *  *  *




 ここは和風都市と神樹都市の間に位置するカントの森。

 ――なのだが、ゲームマスターからスマートフォンについて教えられていないシイナにはわからない。


「死ね!」


 寄ってくるオレンジ色のクモたちにHK416の銃口を向けて5.56mmの弾丸をフルオートで撃ち込んでいく。

 ちなみにTGXの世界で銃器は実装されていない。遠くの敵を倒す手段は射程距離の長い魔法攻撃か、テイマーがモンスターを使役するか、サマナーに召喚獣を呼び出してもらうかの3択になる。いわゆる弓矢のような武器を用いるジョブがないのである。類似するMMORPGには存在するので、ユーザーの間では「将来的に実装されるのでは?」とささやかれている。


「クソ……倒しても倒しても出てきやがる……!」


 焦燥感から生まれくる額の汗を拭った。

 銃というものは弾丸を高速で発射する道具である。その弾倉には弾丸をセットしなければならないが、このHK416の弾倉には何も入っていない。何も入っていないのに引き金を引けば弾が出てくる。弾切れもなければ弾詰まりも起こらない。


 現在のシイナは【心眼】による弾数制限の撤廃と自身の生存本能が相まって『モンスターに当てれば当てるほどプレイヤーレベルが上がっていく』チートのような状態である。


 モンスターが近づいてくるカサカサとした足音と、銃声と、シイナの暴言。

 この噂は、和風都市ショウザンの新設ギルド・ユートピアの2人と1匹の耳にも届いた。





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