第28話 リスポーンがあるらしい


 理玖はモバイルFPSゲームのプロではあるが、MMORPGに関しては素人である。

 パソコンのFPSゲームならまだしも、正式サービスが始まってからようやく1年のTransport Gaming Xanaduについては聞いたことも見たこともないような状態だった。もし、元FPSゲームのプロ選手で今はストリーマーとして活動しているような配信者がTGXを遊んでいたのならSNSで見かける機会はあっただろう。TGXはそのようなプロモーションをしていないのでゲームとしての知名度が低い。熱心なユーザーと、ユーザー同士のコミュニティによって運営が支えられている状態である。


「ぼくの自己紹介が遅れたね。ぼくは」


 マイペースなゲームマスターは自分の名前を名乗ろうとするが、理玖は「さっさとその特別ミッションを教えろ」と急かす。試合が始まる直前まで練習に練習を積み重ねておきたいのである。食事している時間がもったいないと感じるぐらいにはゲームに向き合っていた。熱意がなければ勝てない。世界大会に進めたとしても世界を相手に負けてしまう。eスポーツに理解のない人は「ゲームは遊び」と笑うだろうが、風当たりが強い分、普通のスポーツよりも精神力が試される世界である。

 パソコンよりも画面の狭いスマートフォンで戦わなければならない。細かな指の動きでキャラクターをコントロールし、ゴマよりも小さく表示される遠方の敵を発見して撃つ。1試合にかかる時間は最大で30分。これを1日6試合。その6試合で全てが決まってしまう。0円か1000万円か。世界を舞台にした戦いか、来年また頑張ろうになるのか。果たしてその来年はあるのかがわからないのがeスポーツの世界である。もしゲームがサービス終了してしまえば、二度とその挑戦権がなくなってしまう。


「行ったらきみも帰りたくなくなるかもしれないけどね?」


 ゲームマスターの言葉に「なんでだよ?」と食ってかかる理玖。これまでの転生者であるルナやカイリは、現実の世界に帰りたいとは思っていない。転生させた張本人であるゲームマスターは2人をこの“第四の壁”から観察している。ルナはカイリとの出会いで人肌恋しさがなくなってしまい、カイリは六道海陸とは別の人間として第二の人生を始めていた。


「これまでの練習が無駄になるかもしれないなら、出ないほうがいいんじゃないかね?」


 昨日までのスクリムの結果は悲惨なものだった。運悪く他のチームと鉢合わせになってしまったり、先回りされて一方的に撃たれたり。それでも理玖は「なんで部外者のオマエに言われなきゃなんねーんだよ」と反論した。スクリムはあくまで練習試合である。本番で結果を出せればそれでいい。逆に考えてみれば、相手の作戦を前もって学習しておける場だ。相手はうまくいったと喜んで、同じ作戦で来るだろう。そこを逆手に取ればいい。


「転生したら手のひらくるくるしちゃうかもね」

「しねーよ」


 ゲームマスターは理玖の返事を聞いて、ボールペンの芯を出し入れしてカチカチと言わせながら「そのぐらい意志が強いなら特別ミッションにもさっさと取り組んでくれるだろうし、プラスに考えようかね」と呟いた。

 履歴書のようなものが描かれているページを開く。ジョブの欄には“勇者”と記入した。王者、賢者ときて勇者である。ゲーム内ではナイトになる。

 ゲームマスターはふと閃いて、備考欄に『好きな武器』と記入し始めた。


「きみの得意武器は?」


 FPSゲームの選手の“よく聞かれる質問”のひとつである。FPSゲームにはアサルトライフルやサブマシンガン、ショットガンやライフルなど数十種類の銃器が実装されている。実在のものをモデルにしたものか架空のものかはゲームによってまちまちだ。反動制御のしやすさや弾の威力によって好みが分かれ、ゲーム内の役割によって持つ武器を変える選手もいる。


「HK416かな」


 HK416はモバイルFPSゲームで一番人気のアサルトライフルである。

 反動制御がしやすい。取り付けられるアタッチメントが多い。銃の見た目を変えられるスキンが1年に一度の周期で実装されている。


「それで、IGNは417だっけね?」


 好きな武器としてHK416を、TGXのゲーム内で使用する名前に417と書き込む。

 理玖は「416より上の417でシイナ。よく知ってんね。オレのファン?」と聞き返した。残念ながらファンというわけではない。

 ゲームマスターはちゃんと特別ミッションをクリアしてくれるような転生者を選ばなければならなかった。白羽の矢が立ったのが理玖で、理玖の身辺情報を集めていく過程で知り得たのである。


「京壱が黄色っぽくて、海陸ちゃんが青だから、理玖は赤でいいかね」


 理玖が「何が?」と聞き返すと、その髪が真っ赤に染め上がった。サイドが刈り上げになっている。髪色を勝手に変更されているが理玖は気付かない。ついでに別のページを開いて文字列を書き連ねて、勇者の専用装備となる《左目》を天からドロップさせた。本とボールペンは一旦床に置く。


「はい」

「はい、じゃねーわ」


 理玖のツッコミをスルーしてゲームマスターは《左目》を拾い上げ「コンタクトみたいなものだと思ってね」と右手に握らせる。

 理玖は手を引っ込めようとしたが手首を掴まれて無理矢理握らされた《左目》を「コンタクトか……」と薄気味悪さを感じつつ装着した。何度か瞬きしてみると馴染んだ気がする。その“馴染んだ”という感覚が余計に気持ち悪い。


「特別ミッションだけどね」


 他に決めるべき事項はないので本題に戻った。Character Creationはカイリの時より順調に進んだように思える。

 理玖は「おう。何すればいいんだ?」と乗り気だ。


「TGXに敵性プログラムが紛れ込んだから、そいつを倒してほしいんだよね」





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