第15話 次の行き先を指し示してほしい


 中立都市ゼノン。

 7つの都市の中でただひとつ、スニーカ族とリフェス族のどちらの領地でもない。

 夏でも冬でもない中間の季節、秋空の下を歩くカイリ一行。



「ここでは何をするんですか?」


 カイリはレモンティーのなで肩を叩くと「自分で確認すればいいニャ」とそっけなく返されてしまった。渋々スマートフォンを取り出して“初心者ミッション”を確認する。ヤマダという名前のNPCに話しかけなければならないらしい。


「なるほどなるほど」


 一般プレイヤーが初心者ミッションを遂行する場合、キーボードのMを押下してその都市のマップを開くと次のクエストの対象NPCの居場所に赤いマークがついている。転生者はスマートフォンを取り出さねばマップが見られないので、カイリはうっかり落とさないように左手でスマートフォンを握りしめるとマップを見ながらスタスタと歩き始めた。


「このクエストは何も問題なく終わるでしょうし、私たちは別のところで待機しておくわね。終わったら個人メッセージで連絡をちょうだい」


 ルナが思い出したように提案する。

 初心者ミッションの内容がレモンティーを手助けした頃と変わっていなければこのクエストはいわゆる“お使い”クエストである。ヤマダから手紙を預かって、黄金都市ピタゴラのNPCのカナモリに渡して証明書を受け取り、ヤマダに証明書を手渡せばクエスト成功となる。カナモリから証明書を受け取った時点でピタゴラのクエストもクリアとなるので一粒で二度美味しい。

 ピタゴラへの移動は《往復ワープチケット》というアイテムを使用すると手っ取り早い。今回のこのクエストの場合のみ、手紙を預かってからもう一度ヤマダに話しかけるともらえる。非売品であり、現状はこのクエストでしか手に入らない。

 この《往復ワープチケット》を使わなくてもゼノンとピタゴラの間のカールトンネルを通り抜けることで2つの都市を行き来できるのだが、このカールトンネルは出口を間違えるとピタゴラではなく神樹都市セネカに到着してしまう。セネカを訪れなければならないのはまだ先である。

 カイリは「わかりました!」と返事をしてから「でも、最初のクエストも簡単って言われてたのに超大変だったんですけど……」と不満をこぼした。


「アンタねぇ」


 レモンティーが毛を逆立てて威嚇しながらカイリの鎖骨を肉球でぐりぐりと押す。ルナは「まあまあ」と仲裁に入りつつ「ヤマダから手紙をもらったら、もう一度話しかけるのを忘れないようにね。《テレポート》の代わりのアイテムがもらえるから」とカイリにアドバイスした。


「お姉様はカイリに甘すぎニャ」

「そうかしら?」


 的確な指摘にしらばっくれるルナを見てレモンティーはため息をつきながらも「マァ……お姉様、目的地はどこニャ?」と自身の役目を果たそうとする。もしカイリがお姉様の友人ではないのだとすれば肉球ぐりぐりでは済まされない。うまいこと言いくるめて出現するモンスターが軒並み《即死》効果のある攻撃を打ち込んでくるダンジョンに2人で《テレポート》して自分だけ安全な場所に帰る――置いてけぼりにしていただろう。


「ライプニッツ大橋で」

「了解ニャ」


 ルナとレモンティーの姿がかき消えていく。

 1人取り残されたカイリは「初心者ミッションですもんね」と唱えた。レモン先輩が冷たいのではなく、ゲーム側が用意したゲームを始めたばかりの人のためのいわばチュートリアルを手伝ってもらえている時点でわたしは恵まれているのだと考えなければならない。このままルナさんにおんぶにだっこの状態ではいけないのである。両手で頬をパチンと挟んで気合を入れ直す。


「えーと、ヤマダさんのおうちは……」



 マップと街並みを見比べながら歩くこと3分。

 マップ上では赤いマークの赤い屋根の家がヤマダの家である。


「お邪魔しまーす」


 相手はNPCなので返事はないが、それでも言ってしまう。

 ヤマダはベッドに仰向けに寝そべっていた。


「あの、初心者ミッションのクエストを受けに来ました」

「おお……冒険者よ……。老いぼれの頼みを聞いてはもらえないか」


 そのために来たのである。カイリは「もちろんです!」と答えた。するとヤマダはやれやれと上体を起こし、家のど真ん中のテーブルを指差す。


「そこに手紙があるじゃろ。黄金都市のカナモリに渡してほしいんじゃ」


 ひとつひとつの動作が緩慢で、言葉のひとつひとつはゆっくりと発せられる様子から、カイリはこのご老体が自分の足では動けないようになってしまっているのだと判断した。これまでテレス、パスカル、ガレノスと巡ってきたが、どの都市にも郵便ポストのようなものはない。電話もない。ここゼノンでも見当たらなかった。この世界で暮らしているNPCたちが自分の想いを他人に伝えるには直接会いに行くか、都市と都市とを動き回る冒険者に手紙を託すしかないのだろう。


「わかりました!」


 もとより断るつもりはない。カイリはテーブルの上の手紙を手に取ると、瞬きする間に手紙が消えてインベントリに保管される。レインボーフィッシュのウロコもルナに腕を引っ張られている間に消滅したので落としてしまったのではないかと慌てたものだが、ルナから「拾ったアイテムは消えたように見えてインベントリに移動しているから大丈夫よ」と教えられた。今度は慌てずに済んだ。


「それと、あの、チケットってお持ちではないですか?」

「危険なダンジョンがあるからの。ランプの下にあるチケットを持っていくといい」


 会話は絶妙に噛み合っていないが、言われた通りにベッドサイドのランプ付近を見れば《往復ワープチケット》があった。拾い上げてからスマートフォンを呼び出し、インベントリを開いてアイテムの詳細を見てみる。チケットだけ手に入れても使い方がわからないのでは意味がない。


 > 入場門の管理官に《往復ワープチケット》を見せることで、管理官が指定の都市まで《ワープ》させてくれる。


「なるほど……?」


 マップを開く。ゼノンの東側に“入場門”はあった。これまでレモン先輩の《テレポート》で移動していたので入場門にはお世話になっていない。それぞれの都市の雰囲気に合わせたデザインとなっており、門をくぐればモンスターは出てこない仕様となっている。逆に門から一歩でも外へ出てしまえばその先はモンスターが出現するダンジョンである。

 カイリは考えた。チケットがなくても行けるのではないか、と。危険なダンジョンとやらでモンスターと戦いながら経験値を稼いで、その黄金都市まで行こうじゃないか。ガレノスでレインボーフィッシュを一撃で倒した経験が自信を後押ししていた。ルナさんからもらった《ビキニアーマー》と《棍棒》は現在のカイリのプレイヤーレベルに不相応なほど強いのである。


 次回、カールトンネル攻略編!







【あなたの今一番行きたい場所はどこですか?】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る