第14話 戦闘シーンを割愛しないでほしい
ガレノスの砂浜に《棍棒》を両手で構えた白い《ビキニアーマー》のウィザードが1人。
相対するはレインボーフィッシュ。
マンボウのような姿の魚であるが、そのウロコは七色に煌めく。加工され、宝飾品として高値で取り引きされる。
「でやあ!」
そのスカイブルーの瞳を閉じて、大きく振りかぶった《棍棒》をそのレインボーフィッシュの頭部に目がけて振り下ろす。スイカ割りの要領である。レインボーフィッシュは《ビキニアーマー》の《魅了》スキルによってカイリに見惚れてしまい身動きが取れない。ぐちゃりという肉が潰れる音と、《棍棒》から手のひらに伝わってくる感触。カイリは「ひぇ!」と小さく悲鳴をあげて《棍棒》を手から離してしまった。
そのまま波打ち際に《棍棒》が転がり落ちるのと、クリティカルダメージを受けて一撃でノックダウンしたレインボーフィッシュの身体が消滅していくタイミングは同時である。
最強クラスのスキルである《会心率上昇》は伊達ではない。ギルド対抗戦では《即死》効果のあるスキルは無効の設定となっている(有効にしてしまうと《攻撃速度》の値が高ければ高いほど先に《即死》効果のあるスキルが使えてしまうので、純粋な力比べではなく速さ比べになってしまう)。ギルド対抗戦が賑わっている現在「実は《即死》効果のあるスキルより《会心率上昇》を付与した装備品のほうが価値が高い説」まであった。プレイヤーレベルの高い一般プレイヤーばかりを集めた“最強”を噂されるギルド†お布団ぽかぽか防衛軍†のギルドマスターにして全プレイヤー中最もログイン時間の長いルナが、(決して鑑賞目的としてではなく)大事に大事にとっておく
カイリはレインボーフィッシュを倒した。
倒したと書けば表現は柔らかい。殺したのだ。モンスターの命を奪った。ついさっきまで生きていたもの、と考えればコケムストリもレインボーフィッシュも大差はない。自らの手で仕留めた、という現実を鑑みればむしろレインボーフィッシュのほうが罪は重いはずである。
「こうやってわたしのレベルを上げていかないと、勇者にはなれないんですよね……!」
自分自身に言い聞かせる。自身で前線に出て経験値を稼がなければ望みの“勇者”になれないと知った今、積極的に戦っていく必要がある。モンスターに同情していてはいつまで経っても賢者のままだ。望みを叶えるためには罪を重ねなければならない。
こうやって死骸が消えてくれるのなら。
自らの犯した罪の証拠がなくなるようなものだと思えて、カイリの罪悪感は薄れていくのであった。
「あの子、運だけはいいニャ」
ルナと並び立って保護者のような顔をし、遠目で見守っていたレモンティーが呟いた。一般プレイヤーは敵に与えたダメージが画面に表示される。そのダメージの数値と『critical』のメッセージとでカイリが《ビキニアーマー》にエンチャントされている《会心率上昇》の恩恵を受けたことを瞬時に把握した。数値は物理ダメージが赤色、魔法ダメージが黄色、回復量が緑色で表示されるようになっている。これは通常のクエストやモンスターとの戦闘、ギルド対抗戦でも共通である。転生者はその数値を見ることができない。どうしても見たい場合はスマートフォンのカメラでモンスターや相手のプレイヤーを写すことで今の自身のステータスと装備している武器から算出した予想ダメージが確認できる。
カイリは《棍棒》を拾い上げると「モンスター、消えちゃいましたけど!」とルナに向かって叫んだ。
「そこにレインボーフィッシュのウロコは落ちていないかしら!」
「ウロコですかー!」
「虹色に光るウロコが必要ですのー!」
ウロコ……ウロコかあ……。カイリはその場で屈んでどれどれと探し始めた。サンゴの死骸が砕けて出来上がった砂はプラトン砂漠の砂とは触り心地が違う。小瓶があったら入れて持ち帰りたい。
「ありましたー?」
ルナに急かされて我に返った。
砂を今持ち帰らなくともレモン先輩の《テレポート》でいつでも来られるではないか。パラソルが咲き乱れるこのビーチ、テンションの上がらない人はいないだろうに。あのルナさんとレモン先輩の調子が変わらないのは思い立ったら即この場所に飛べるからに違いない。わたし、初心者ミッションが終わったら海水浴しに来るんだ……!
手のひらサイズの虹色のカケラを手にとって、掲げながら「これですかー!」と訊いてみる。
「何をやっているのかしらニャ」
一般プレイヤーのレモンティーにはこの一連のやり取りは奇怪に映っていた。
モンスターがドロップしたアイテムはそのアイテム名が画面上に表示される。アバターを近づけてキーボードのTを押下すれば画面上のアバターは屈んでそのアイテムを拾い上げる動作をして、アイテムはインベントリに保管される仕組みである。本人のインベントリがいっぱいになっている場合は『持ち物がいっぱいです』というメッセージが、自身に所有権がない場合は『他のプレイヤーの持ち物です』というメッセージがポップアップで表示される仕様だ。前者の場合はパーティーを組んでいるメンバーか、ギルドの倉庫か各都市にある銀行かにアイテムを預けなければそのアイテムは拾えない。アイテムは一定時間経つと消えてしまう。後者の場合はその場では拾えないので所有権を持つプレイヤーに拾ってもらい、そのプレイヤーと交渉しなければならない。
レモンティーが訝しんでいるのは明らかだったので、ルナはカイリに駆け寄ると「さっさと行きますわよ」と腕を引っ張った。
【あなたが無人島に行くとしてひとつだけ持っていくものはなんですか?】
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